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『ツッチー、大地に立ってから七年後。領主の苦悩(2)』

庭のテーブルの上には昼に集めておいた果実と、ツッチー特製雨水ろ過給水塔産の天然雨水をグラスでご用意しておいた。


氷とかも作れるといいんだけどね。ま、冷たいお水は体を冷やすという事で。


……しかし、あらためて見ても、領主なんて呼ばれる立場の人を迎えるような応接ではない。


なんかちょっと恥ずかしくなってきた。


「すまないな。こんなものしか用意できないが」


オレが席を指してすすめると、ディードリッヒがまた深く頭を下げて着席し、領主さんもそれにならって礼をしてから着席をする。


「これが……ディードリッヒ殿が扱われる果実の出どころでしたか」

「ええ。魔王様が支配されるこの島だからこそ採れる貴重なものです」


テーブルの前の果実を見た領主様が、ふるふると手を震わせながらその一つを持ち上げていた。


「素晴らしい。魔術素養のとぼしい私ですら、魔力の充溢を感じるほどです」


そこまで感動するほど貴重なのか?


ディードリッヒが結構な数を売りさばいているはずだと思うが?


確かに以前、流通量はコントロールするような事は聞いていた。


もしかしたら、いまだ価値が落ちないように、出荷量を調節してるとか?


ま、そのへんはまかせているし、何かあればディードリッヒが言ってくるだろう。


感動やまぬといった雰囲気の領主様に対して、ディードリッヒがこの果実がいかに貴重かとえんえん語っている。


節々に、感謝しろ、といわんばかりの態度だ。いや、ハッキリ言っている。


普段のディードリッヒからはあまり想像できない居丈高な態度だ。


しかし相手は領主、つまり偉い人。


ナメられないようにという商売上必要な演技かもしれないし、それをオレがぶち壊すわけにもいかないので黙って聞いていると。


「おわかりですか? つまり魔王様あっての果実であり、その恩恵のおこぼれにあずかりたいというのであれば、すべてを魔王様に捧げるのが筋であるという事を」

「わかっている。魔王様におかれましては、悪魔に魂を……というのは失礼な表現かもしれませんが、少なくとも私が捧げられるものであれば、魂なりなんなりと……」


黙って聞いている場合じゃなかった。


このイケメン、残念じゃないのは顔だけか。過激思想が過ぎる。


もちろんオレには他人様の魂をどうこうという事はできないし、できたとしてもちょっと遠慮したい。


「ディードリッヒ、冗談もほどほどにな。領主さんが本気にしちゃうからね? はっはっはっ」


領主さんのオレを見る目がだんだんと恐慌じみてきたので、ディードリッヒの思惑がどうあれ、全部冗談だよ? という雰囲気に無理やり変える。


ディードリッヒもうなずき、口を閉じた。


「えー、それでご用件は?」

「はい。あらかたはディードリッヒ殿にお伝えしておりますが……この島の果実をどうか我が領地にも恵んで頂けないかと思い、お願いに参った次第でございます」

「……ふむ?」


ディードリッヒが売りに回っているはずでは? という疑問を視線にのせて我が御用商人のイケメンを見ると。


「魔王様。私は確かにお預かりした果実を売る事で利益を得ておりますが……」

「ますが?」

「その販売先や融通先の大半は亜人種に限っております。それもどちらかというと魔族側に近しい……というよりも、人間から迫害を受けているような種族に。つまり私のようなダークエルフや獣人種が主な客層です。また金銭での取引ではないですが、精霊種とも物々交換にて取引をしております」


ほうほう。ま、ディードリッヒにも思う所はあるだろうからな。


「そうなのか。人間には商売してないの?」

「商取引はしておりますが、魔王様の果実は商っておりません」

「なんで?」

「当然の話です。私は魔王様に全てを救われた者であり、忠実なる下僕にございますれば。人間は魔人の敵です。魔王様が遅れを取るなど露にも思いませんが、魔王様の敵である種族に、魔王様の忠実なる下僕の私が果汁の一滴たりと売り払うはずもございません」

「……ああ、なるほど?」


今のちょっとした会話の中に、色々と聞き逃せない要素が詰まっていたな。


まず一番気になる所から突っ込んでおこう。


「ディードリッヒはオレの下僕なのか?」


そういえば、さっき翼竜から降りてくる時の挨拶でも言っていたな。


聞き違いと信じてスルーしたオレが甘かった。


「はっ! 粉骨砕身、末永くお仕えできるよう精進する次第でございます」

「まぁ、その……アレだ。オレとしては互いに利益を共有できる商売友達だと思っていたけどね」


遠回しに下僕とかやめない? と提案してみる。


「畏れ多くも、もったいないお言葉です」

「……うん、ま、ディードリッヒがいいなら、それでいいかな?」


ディードリッヒのこちらを見る目がグルグルしていたので諦めた。


なんか狂信者じみてきているが、こんなヤツだったっけ?


色々とおかしい事になっているディードリッヒの目を見ないようにしつつ、事情をたずねる。


「で。えーと。オレの敵だから商売はしない、というわけなのに、なんで領主さんを連れてくる話を持ってきたんだ?」


そもそもこの話を持ってきたのはディードリッヒだろう。


「はい。領主殿がさきほど述べたように、全てを捧げて魔王様の下僕となってお仕えする、というのであれば多少なりと魔王様のご温情を与えるのもよろしいのでないかと。こちらの領主殿が治める人間の港町は規模こそさほど大きなものではありませんが、海を隔てて様々な物を流通させています。魔王様の支配下とすれば、色々と便利遣いができるものかと愚考いたしました」


興奮気味に語るディードリッヒのセリフが長い。


つまり港町の領主を下僕……お友達とする事で、色々と便利になるかもね? 的な提案か。


今の生活が気に入っているから、さほど魅力的ではないんだが領主さんの態度も気になる。


魔人といわれるオレを前にしてなお、もう神でも悪魔でもいいから助けてくれ、そんな顔だ。


「ディードリッヒの話はわかった。色々と気を使ってくれて礼を言うよ」

「もったいお言葉です」

「それはそれとして、領主さんがウチの果実をそこまでして欲しがる理由は?」


オレはディードリッヒから領主さんへ視線を移す。


「はい。少々、長いお話になりますが……」

「領主殿。簡潔かつ明瞭に。魔王様の貴重なお時間を無駄に……」


ディードリッヒが問答無用で領主様をイジめるのでフォローに入る。


「ディードリッヒ、そう急かすもんじゃない。まるでオレが余裕のない魔王みたいじゃないか?」

「……ッ!? そ、それは大変、申し訳……わ、私はそのようなつもりでは」


すげぇオロオロしだした。


本当に大丈夫か? と思ったが、大人しくなったので良しとする。


これで落ち着いて領主さんの話が聞けるな。

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