『ツッチー、大地に立ってから七年後。領主の苦悩』
次の日の夜。
オレは普段、明るい時間にやってくるディードリッヒが我が新居の位置を見失わないように、家の周囲にかがり火をたいておいた。
かがり火といっても、土を盛り上げて円柱を作り、頂点部分に深めのくぼみを作って、そこに枯れ木やら葉っぱやらを詰め込んで火をつけただけのものだ。
見た目からして粗末だが、光源がまったく無いよりマシだろう。
準備というほどでもない準備を終え、星空を眺めて待つ。
すると、満月をバックに今では見慣れた翼竜のシルエットが浮かび上がる。
「……うーむ、カッコいい」
無人島で地味な生活をしているが、やはりカッコいい。
まさにここはファンタジー要素があふれる世界である。
「なにがカッコいいの?」
翼を広げた雄姿に見とれていると、オレの右肩に座っている可愛らしいファンタジー要素が首をかしげている。
「いや、竜とかさ。カッコよくない?」
「ええー……そうかな? いびき大きいし、独特の匂いもあるし。アタシはあんまり好きじゃないなぁ」
所詮、オレは異邦人か。
現地の方とは意見の相違があってもご愛敬だろう。
ちなみにあの翼竜、ウチの島の果実を喜んで食べる事からわかるように草食である。
竜、イコール、恐竜、イコール、肉食というイメージだが、あの見た目でなかなか温厚な生き物だ。
もちろん肉食で凶暴な竜もいるが、そもそもそんな危ない竜に乗ったりできんよね、という話。
「お待たせいたしました、魔王様の忠実なる下僕、ディードリッヒ、ただいま参りましてございます!」
オレ達の前にゆっくりと着地する翼竜の背から、ディードリッヒが声をあげた。
いつもより丁寧にしようとしすぎて、微妙に間違っていそうな言葉遣いをしたのは、後ろの人物への印象付けだろう。
翼竜の鞍にはディードリッヒと、初めて見る顔の中年男性が乗っていた。
かがり火に照らされたその顔は、控えめに言ってもおびえている。
ディードリッヒからどう聞き及んでいるかは知らないが、オレは魔王様であるらしいからな。
具体的どう怖いのかはさておき、あれくらい真っ青な顔になる程度には怖いのだろう。
鞍から素早く降り立ち、オレに深く頭を下げるディードリッヒ。
以前は開幕から跪こうとしていたので、だいぶフランクになった、と思いたい。
「魔王様じきじきのお出迎え、誠に……」
そうして毎度のやりとりを律義にするディードリッヒ。
今日は特に演技がかっている。
正直、めんどくさいのでやめてと言っているが、まったくやめてくれない。
「他にお出迎えできる人もいないしな」
「そうね」
苦笑するオレと妖精に対して、ディードリッヒが、では、とにじり寄る。
「お望みでしたら、いつでもメイドなり下男なりをご用意……」
「あ、いやいや、悪い。そういう意味で言ったんじゃない。妖精と二人、気ままな生活が性にあってるから」
ちょっとした冗談や軽口にも、すぐに対処しようとするのも生真面目ゆえの悪癖か。
住人が増えてもオレにメリットとかない上、余計な面倒ごとも増えそうだから、遠慮したい。
衣食住が確保できた今、妖精と二人、のんびりだらだら過ごすのも悪くない。
そう思っているが、ディードリッヒの後ろに控えている顔色の悪い領主様が、どんな用件で来たかにもよる。
少なくともこんな顔色になってまで魔王様に会わなければいけない、切羽詰まった理由があるわけだ。
そんな今夜の主賓が、慣れない動きでヨタヨタと鞍から降りる。
彼は地面に足がつくなり、オレに向かって駆け寄ると数歩の間隔をあけて深々と頭を下げた。
「本日はお忙しい中、お時間を頂き……」
なんか営業先でアポとった相手に会うみたいな挨拶だな。
……なんでハッキリとした記憶はないのに、こういう事は思い出すのか。
それはともかく、もっとこう、貴族ゥ! とか、領主ゥ! みたいなノリを期待していただけに、ちょっと残念。
オレがしょーもない事を考えて黙り込んでいたせいか、領主さんの顔色がさらに土気色になった。
あわてて、オレは笑顔を浮かべる。
「ああ、いやいや。お忙しいも何も。お天道様と日々を過ごして、お月さまに添い寝してもらうだけの日々だ。そんなに縮こまる必要はないさ」
ま、こちらが頼まれごとをされる側だからね。
あんまり丁寧すぎても領主さんが恐縮するだろうし、かといってあんまり上から目線っていのもオレのキャラじゃない。
このあたりの口調と態度が適当じゃなかろうか。
「左様でございますか。素敵な過ごし方かと存じ上げます」
額の汗すごいな。無理におべっか使わなくてもいいんだよ?
領主さんはパッと見では三十代の中ごろに見える。
そして心労か疲労か、はたまた両方か、結構な痩せ具合だ。
身長が高いのもあいまって、さらに細く見えてしまう。
いいモン食べて、ぶくぶく太っているというのがオレの中の領主様イメージなんだが、そういう余裕すらないという事か。
一方で、その金髪はまだまだ豊富である。
早い人だとこのあたりの年でもう……う、なくしたはずのオレの記憶が悲鳴をあげている。
はい、この話やめ。
「ま、こっちはそんなわけで時間はたっぷりあるが、そちらはずいぶんと余裕のないご様子。挨拶はこのくらいにして話を聞こう」
オレは新居に招き入れる……事はせず。
家の前にあらかじめ土を操って作っておいた椅子やらテーブルの方へ案内する。
どうせ外も中もたいして変わらないから、開放感のある外でお話する事にしたのだ。




