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『ツッチー、大地に立ってから七年後(3)』

「私が商会を構える港街の領主がこちらの島に興味を持ちまして。その支配者であらせられる方と、どうにか面会できないかと頼まれたのです」

「領主? つまり、えらい人?」

「ええ。この島の近隣ではもっとも大きな港街……とはいえ人間の大国の辺境領地ではありますが、そこの領主です」

「ふうん?」


なんかヘンな話を持ってきたもんだな。


ディードリッヒの意図がよくわからん。


これが利益を奪い合うようなビジネス相手で、互いの腹の探り合いをするような仲だと面倒なのだが……。


ディードリッヒにはさんざん世話になってる身だ。


できるなら少しくらい恩を返しをしてやりたいし、率直に聞いてみる。


「その領主とオレが会って……なんか頼み事されるんだろうけど、それをきいてやるとディードリッヒは儲かるのか?」

「儲かる? ……は? ああ。ええと。儲かる、かも?」


大丈夫か? これで商人とか、本当に大丈夫か?


いや、そもそも、そういう話じゃないのか?


「あれ? ディードリッヒが儲けるためとか、そういう話じゃなくて?」

「はい。私の利益というより、魔王様の新たな領地にいかがと思いまして」


……ううん? ますますよくわからん話になったきた。


ちなみにディードリッヒは会った時から変わらずオレを魔王と呼んでいる。


領地を持つ魔人を魔王と呼ぶ慣例があるのは、むかーし妖精にも聞いたが、こんなちっぽけな島で魔王様って呼ばれるのもちょっと恥ずかしいからやめてと言っているが、まったく聞いてくれないのだ。


あ、だからもっと領地を増やしてみませんか、というお誘いなのか?


だとしても。うーん。


そもそも領地って簡単に言うけど、それって人間の大国と戦争しろって事じゃない?


このイケメン、澄ました顔でとんでもない事を言い出してないか?


「領地……? とか特に欲しいと思わないかなぁ。気を使ってもらっといてなんだけど」

「左様でしたか。差し出がましい事を申し上げました」


ディードリッヒが、えらく恐縮した顔で深く頭を下げた。


「いやいや、そんなかしこまらないでくれ。けど、その領主さんとやらはなんでまたこんな島に興味を持ったんだ?」

「はい。自分の命も投げ出してでも、というほどの困窮に陥っておりますので……少し甘言を囁けばあとはいかようにも」


ああ、そういう事情があったのか。


『がっはっはっ、悪の魔人ツッチー参上! 人間どもめ、覚悟しろ!』とか、やらされるわけじゃないんだな。


裏から、こっそり、実利だけ頂こうという、領地というよりは裏取引の相手のような。


「あくまで商売上のつきあい相手というなら……って、あれ?」


ふと、疑問に思った。


まず確認すべき事があるじゃないか?


「この島の”支配者”に会いたい、なんて言い方してたけどさ? つまりオレが魔人って事もその領主に話した?」


支配者、なんて言葉はただの島民に使うはずもない。


「……さ、左様でございます! ですが、無論! 領主が口外しない事は私の命をもって保証いたします!」


ディードリッヒがの顔色が……小麦色のダークエルフな肌でも青くなっていくのがわかる。


いや、勝手な事をしたんだろうけど、そこまでなるくらいなら事前に相談すればいいんじゃなかろうか?


「うん、それはディードリッヒがそう判断したなら間違いはないと思うけど……次からは事前に頼むな?」

「はっ! 大変ッ! 申し訳なくッ!」


なんかタイミング的なものもあったんだろう。


でなければ、ディードリッヒがこんな重要な事を独断専行するとは考えにくい。


けれど、やっぱり知らない相手に自分が住んでる場所とか一方的に知られるのは怖いよね。


現代日本人の防犯リテラシー思考かもしれないけど。ま、終わった事は仕方ない。


「なるほどねぇ。つまり魔人と知って、なお取引したいって事は、そうとうな苦境なんだろうなぁ」

「はっ。しかし魔王様に興味がないとおっしゃるのであれば、お気に掛ける事もないかと」


それもなんか薄情だな。


あと、そこまでなりふり構わないくらいの事情ってのも気になるし、協力を断られた八つ当たりとばかりに討伐隊を差し向けられたりする可能性も……まぁ、ディードリッヒが大丈夫というからには、そんな事はないだろうし、そんな余裕もなさそうだが。


「領地拡大には興味はないけど、会うだけ会ってみるか」

「左様ですか? そうであるならば、領主を私が直接、こちらへ連れてまいりますが」


確かにオレが行くというのは怖い。


人間の街など、魔人にとっては敵地だろうからな。


しかし、来てもらうとなると問題もある。


「あーうん。そうだな、そうした方がいいか? けど、お出迎えするための立派な屋敷とかないぞ?」

「なにをおっしゃいますか。今、できたばかりのご新居があるではありませんか」


ディードリッヒが、ペンキ塗りたてのピンクの家の壁を見る。


……え?


こんな家に、お偉いさんを迎えるのか?


あばら屋とは言わないが、この中世ファンタジー風味っぽい異世界で、四角いピンクの家とか先鋭的すぎない? 


「いいのか? こんな土壁でできた家に? 色とかスゴイぞ?」

「もったいないくらいでございます」

「……せめてお出迎えの為にディードリッヒに調度品とか用意してもらった方がいい?」

「不要でございます。魔王様はただいつものように、泰然と構えて下されば」

「いや、ホントに? 無礼者とか言われない? オレが用意できるものって、果実と水くらいしかないぞ?」

「まさに過分なご配慮かと」


まぁ、ディードリッヒがそう言うのなら。


「では、明日の夜でよろしいですか?」

「明日?」


フットワーク軽いな。


というか、先方からの希望とはいえ、コッチで日時や場所まで決めてしまっていいものなのか?


「はい。ご都合が悪ければ別の日でももちろん結構ですが。追い詰められた領主が色々と早まった真似をする前の方が好条件をつけられると思いますので」


あー、そこまでせっぱつまっているのか。


だから事後承諾で話をつけてきたんだな、港町の利権を手に入れられる好機をオレが喜ぶと思って。


「わかった。じゃ、明日の夜にしよう」

「かしこまりました。では、私はこれからすぐに街に行き、領主に支度をさせておきます」

「ああ、よろしく頼むな」


そういってディードリッヒは顔にペンキをつけたまま、いつもの翼竜にのって空へと消えていった。


服までもペンキまみれの主人を乗せる事を、ちょっとイヤがった翼竜が気の毒だった。


「ふーむ。できるだけ熟れた果実を選んで用意しておこう」


オレはせめて食べ物や飲み物くらい用意しようと、新しいネックレスをつけてはしゃぐ妖精を連れ立って、熟れた果実を採りに行くことにした。


とはいえ、簡単に見つかるのだが。


特に家の周囲の果実が熟れてなかなかに美味い。


魔力のしみ込み度が高いだからだろうか?


なんにせよ、美味しい果実が食べられるというのは、今も昔もありがたい事である。

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