表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/130

『ツッチー、大地に立つ』

頬に伝わる、ひんやりとした土の感触で目が覚めた。


「……ここは?」


肌に張り付いていた湿った土を払い落とし、オレは立ち上がる。


「木? 林? 森?」


そこは木洩れ日がわずかに差し込む、深い森のようだった。


見上げてなお、先が見えないほどに背の高い木々。


一方で、足元には見た事もないような草花が茂っている。


「……ッツ」


足裏に痛みが走る。


小さな石を踏みつけたらしい。


「裸足どころか……裸かよ……」


さきほどの白い部屋での光景を思い起こす。


戦女神がどうの、第二の人生がどうの、死因は事故だの……。


一度に理解できない事が起きすぎて混乱していたが、足の痛みがこれを現実と思い知らせてくる。


「なんなんだよ、これ。どこなんだよ?」


周囲を見回す。


何を探しているわけでもないが、何かがないかと視線をめぐらせた。


すると。


「……あ、あの、土の……魔人様ですか?」

「ん?」


ふわりと頭上から蒼い粉が舞い散った。


粉を鼻で吸い込んでしまい、オレはくしゃみをする。


「ぶえっくしっ!」

「あ、あ、あっ、ごめんなさい!」


震えるような細い声の主がオレの目線のあたりで、その淡い色の羽根をはばたせる。


――そう。


それは四枚の美しい羽根を持つ、手のひらほどの大きさの少女だった。


普段であれば驚き逃げ出したかもしれない。

だが、あいにくそれよりも大きな驚きの連続で感覚がマヒしていた。


だからこんな事を言い出したのだろう。


「その羽根って本物?」

「え、あ、はい……」


身じろぎするその姿は、まるでおびえているようだった。


「綺麗な羽根だね。ほんのり薄桃色というか……」


ピンクというわけではない。近くでよく見れば白い。


これは何かによく似ている気がする……ああ、そうか。


「桜の花びらにそっくりだ」

「……え? サクラ……? ですか?」

「ああ、桜、知らない? 春になると咲く花で……」


自分の言葉に詰まる。


こんな世界に飛ばされ、桜など二度と見られないかもしれない。


オレは混乱する中でも、必死に正気を取り戻すように頭を振る。


まず、最初の疑問から解いていく。


この羽根を生やした少女はなんだ?


愛くるしい姿からも恐怖を覚える事はなく、オレはあらためてたずねる。


「それで……君は?」

「あ、うん、えっと、はい。戦女神様より土の魔人様のお世話を申し付かった妖精です。ど、どうぞ、よろしくお願いします」


深く頭をさげて、上目遣いでオレを見ている。

敬っているというより恐れている、そんなこわばった表情だった。


「妖精……」


確か戦女神と名乗った女が、そう言っていた。


サポートとか案内役、そんなものをつける、と。


「そ、そうなんだ。オレも何が何だかわからないけど……よろしく……」

「こちらこそ、よ、よろしくお願いします。あの、それでなんとお呼びすればいいですか?」


土の魔人、というのは理解しているのだろうから、名前をたずねられているのだろう。


オレは自分の名前を思い出そうとするものの、まったく思い起こせない自分に愕然とする。


「う、うう……」


オレは、本当に記憶を消されてしまったのだろうか。


「あの、魔人様……大丈夫ですか? 土の魔人様……」


魔人、魔人と連呼しないで欲しい。


オレには名前がある。


いや、あったはずだ。


くそっ、思い出せない。


脳裏に浮かぶ名前は別の名前だけだ。


「……ツッチー。あの戦女神とやらはそう呼んでいたよ。もっとも搾りカスとも呼んでくれたけどね」


オレは本当の名前を思い出す事を諦めた。


けれど魔人と連呼されたくない事もあって、苦々しくツッチーと名乗った。


悔しい事に、口にしてみるとその名前はとても馴染んでいた。


「し、しぼり、かす? ええと、ツッチー様ですね。どうぞ末永くお願いいたします」


頭をさげる妖精。


そう、妖精だなんて名乗るふざけた生き物がいる、そんな世界に裸で放り出されて。


「なんだってんだよ、くそ!」

「ひっ……」


ただ、ただ、途方に暮れた。


それが異世界での初日だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お読み頂き、ありがとうございます。
感想、評価、ブックマークで応援頂けると喜びます。
過去受賞作が書籍化されました!

主従そろって出稼ぎライフ!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ