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『ツッチー、大地に立ってから五年後、初めての来訪者(5)』

ディードリッヒが、自分がどうやってこの島にやってきたのかを思い出したらしく、顔を青くして平身低頭になる。


「……そ、そちらは私が責任をもって弁償させていただきます」

「いや、素寒貧なんだろ? 果実の売り上げで買ってきてくれればいいって」


気を使わせたというか、意地悪をしたような言葉になってしまったが実際に必要なので仕方ない。


逆にこれ以外は特に必要にせまられるものもないのだが……。


ふと妖精を見れば、ずいぶんとソワソワしているようだ。


何か欲しい物でもあるのだろうか?


「何か欲しい物ってある?」


妖精にそう聞いてみると、ソワソワからモジモジになった。


「な、なんでもいいのかなぁ?」

「言うだけ言ってみれば? ディードリッヒも無理なら無理って言うでしょ?」


何を恥ずかしがっているというのか。


もじもじしている妖精を見て、微笑みを浮かべたイケメンダークエルフがすぐに助け船を出してくる。


「レディ。私の力の及ぶ限り手を尽くしますので、お望みのものをお教えください」

「じゃあ、あの……お菓子、とか」


……菓子、か。


食べ物まで頭が回らなかった。粗食に慣れすぎた弊害か。


「いいじゃん、オレも食べたい。運ぶ手間や時間を考えても、焼き菓子とかなら腐らないんじゃないか?」

「え、いいの、ツッチー?」


キョトンとする妖精。


「むしろなんでダメだと思ったの?」

「だって、アタシ。ツッチーがお魚食べてた時、文句ばかり言ってたし……」


そんな事もあったか。


「アレとコレとは話が別じゃない?」


完全草食の妖精からすればゲテモノ食いに見えるだろうし、嫌悪感がわくのも仕方ない。


どちらかと言うと、悪いのはオレだろう。


せめて彼女の目の届かないところで食べるという気遣いはすべきだった。


「……ありがとね、ツッチー!」

「よせよせ」


コホン、とディードリッヒが咳払いをする。


いや、別に恥ずかしい事をしてるわけじゃないが。


同居人とのコミュニケーションだぞ?


「焼き菓子をご所望と。それを肴というわけではありませんが、酒類などはいかがですか?」

「酒か、ふーむ?」


もともと飲む方ではなかったから、今の今まで欲しいとも思わなかったが。


一応、ちらりと妖精を見ると。


「え、お酒……え、え、ええ、お酒?」


のん兵衛を発見。


菓子の時よりもよほど挙動があやしくなっている。


「なんだ、酒が好きなのか?」

「え、えっと。うん」


ちょっと迷っていたものの、オレが聞くと即答した。


オレが妖精の好みを否定しないと信用してくれた結果だといいな。


「ふーん。じゃ、酒も追加で……」

「あ、でも。果実酒がいいの。麦酒とかは飲めないから……」

「なるほど。それは納得」


花の蜜を吸ったり、果実を食べている延長みたいなものだろう。


「かしこまりました。焼き菓子、果実酒。まずはこちらをお持ちいたします。家具や衣類なども、可能な限りすぐにお持ちいたします」


ディードリッヒがベッドの上で深く頭を下げる。


すると、やはり体のあちこちが痛むのだろう。


顔をしかめて、それでもなお、頭を下げ続けていた。


「無理すんな、もう今日は寝ろ。詳しい話は明日でもできるし。ああ、もし乗ってきた竜が目覚めたら様子を見てやってくれ。エサがいるか? さっきの果実でよければ、家の裏手にいくらでも実ってるから好きに採っていいぞ」

「あれほどの果実が……いくらでも?」


ディードリッヒが唖然とした顔になる。


「なんだ? 険しい山や谷から採ってきたとでも思ってたか?」

「……実はその通りです。採取に関しては私一人では無理だろうと、人を雇って連れてくるつもりでした」


ああ、そういう可能性があった。


これは明日、色々と打ち合わせをする必要があるな。


「それはちょっと避けたい。あまり知らんヤツを島に入れたくないんだ。そのあたりも明日、条件をつめよう。とにかく今夜は休め」


外に出ようとしたオレ達をディードリッヒが呼び止める。


「あの! こちらが魔王様のお住まいでは?」

「そうなんだけど、ケガ人をあんまり動かすのもな? この程度の家なら一秒で立てられる。すぐ横に新しく建ててオレ達はそっちにいるから、何かあれば呼んでくれ」

「一、秒、で……?」


まだ何か言いたげだったディードリッヒをそのままにして、オレ達は家を出た。


そして一秒でまったく同じ家を建てて、中に入る。


住み慣れた間取りだから作り直す時にイメージするのが簡単なのだ。


「……お菓子にお酒かぁ!」


がまんできないとばかりに、妖精が新居の中をぐるぐると飛び回る。


「そうやって言われるとオレも楽しみになってきた。ウチの果実、ずいぶんと高く評価してるみたいだからし、いい値段で売れるといいな」


こんなド田舎ですらない離島で金なんかもらっても役に立たないが、ディードリッヒが果実を金に換えてくれて、なおかつオレ達の必要な物を買ってきてくれるなら、それはとてもありがたい。


「いや、アタシも主食にしてたけど……考えてみたら故郷にもこんな魔力の詰まった果実はなかったから、高く売れるわよ、きっと!」

「そうしたら、お高い菓子やら酒が楽しめるかもな」

「うん、楽しみ! 今日は空から災難が降ってきたと思ったけど、幸運の使いだったのね!」

「いや、あの時はけっこう必死で走って逃げたし、大変だったよ?」


走って逃げなければ超至近距離に落ちていただろうし、余波と衝撃でケガくらいはしていたかもしれない。


「色々あって疲れたし。オレ達も今日は寝るか」

「毛布とかなくなっちゃったから、土のベッドも久しぶりね」


やわらかい土を盛っただけのベッドの上に転がるオレと、その腹の上に転がる妖精。


ああ、確かに久しぶりの感覚だ。


「おやすみ」

「おやすみなさぁい」


こうしてオレ達は有り余る果実を換金して、さらにお使いもしてくれる都合のいい御用商人を手に入れたのだった。

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