『魔王島、夕暮れの海辺で迎える結末(5)』
「ええと……その」
オレの質問に、聖女は困った顔をしてしどろもどろに答える。
「……なにぶん、あのようになる事は想定外でして……普通であれば腐竜のようなアンデットは体内の魔力を使い切れば崩れてしまいますし、そもそもあれだけの損傷を受けていて、今だ健在……どころか再生治癒してしまうというのが到底理解できません。死者はマナを取り込む事で生前の姿を取り戻すように再生はしますが……アレはもはや別の何かです」
本当にわからないらしい。
と、ここで妖精が意外な事を口走る。
「ねえツッチー。最初は暴れていたけど、もう大人しくなったしさ。置いておいてあげれば?」
「……えええ? 大丈夫か?」
犬や猫の子を拾ってきたわけじゃあるまいし、また暴れまわらないとも限らないだろう。
どうしたものかと判断に窮していたが、シンルゥと老司教が軽々しく言い放った。
「ああ、きっと大丈夫ですよ」
「左様ですな。むしろ良い番犬になるかと」
この二人の言うことは信じたくないんだが、逆にこの二人がここまで断言するという事は何かしらあるんだろう。
「本当だな? 信じるぞ? 暴れまわったら責任とれよ?」
ちょっと脅してみるか。
責任という言葉を投げられると人は皆、慎重になるものだ。
「ええ。勿論。ということは管理者としてのお仕事を頂いたというわけですね。では、腐竜が暴れないよう管理しておけばお手当も頂けるということですか?」
「なるほどなるほど。ではシンルゥ殿。我ら二人で、誠心誠意、魔王様にお仕えして、この難しい仕事を為しましょうぞ」
あれ?
そういう話だったっけ?
「え? そうなるの?」
「そうなるのでは?」
「そうならぬはずもありませんな」
そうか。
確かに島の防衛機構として管理しようとして人を使うならそうなるのか?
「うーん。お手当といっても、オレ、お金の絡みはノータッチだからなぁ。悪いけどディードリッヒに相談してくれる?」
「わかりました」
「ではそのように致しましょう」
なんか飼育手当とか危険手当とか色々つきそうで高額になりそうだが、ディードリッヒなら妥当な金額を算出してくれるだろう。
多分。
すまんディードリッヒ。現場の意見を尊重するタイプの主人を持った災難を恨んでくれ。
いつもありがとう。
「今度こそ本当におしまいかな……ふう」
「うふふ、ツッチー、本当におつかれさま!」
「ああ、本当にね。疲れたよ」
というわけで。
完璧な準備を整えて迎えたはずの大決戦。
しかし始まってみれば、予定外のトラブルまみれとなり、更に何度もどんでん返しをされた挙句、ようやく一件落着となった。
今後に関しても、見通しは立っているようだった。
少なくとも皇子は今後の立ち居振る舞いに関して、何かしらの考えを持っているようだ。
裏切り始末されるはずだった聖騎士が生還し、聖女もまた皇子に従い凱旋してくるのだ。
同じく始末するよう命じていたはずの老司教も、自身が指揮する国教騎士団を連れずに一人で戻ってきたとなれば、どういう経緯かも察せられる。
計画していた第二皇子サイドはさぞ困惑するだろう。
さらにはバランタイン皇子のその後をサポートするのはシンルゥだ。
腕も弁も立ち冒険者組合からは評判や信用もあり、何より目的の為にはあまり手段を選ばないという、味方にすれば頼もしい勇者様だ。
よしんば暗殺者が登場するような静かな荒事になったとしても、サキちゃんという隠密に長けた子を第一皇子に侍らせれば暗殺は避けられるだろう。
逆に暗殺も可能だろうが、それをすれば明らかに第一皇子に疑惑が向けられる。
第二皇子が暗殺という手段をとれるのは、洗脳術があるからだ。
だが事態が悪化して表立った争いともなり、なりふり構わなくて良いというのなら、スケさんやキューさんを派遣する事もできる。
少なくとも、最終的に力に依っての戦いになれば、皇子の負けはなくなったと思う。
だが、それはあくまで最終手段。
オレとしては、平和的かつ静かな解決を希望し、第一皇子には王になってもらって、取引通りこの島の平穏をもたらして頂きたい。
「じゃあ、オレ達も休もうか。みんなもお疲れ様。今日のところはこれで解散です。ゆっくり休んでください」
みんなが口々に、お疲れさまでしたー、と言いながら、それぞれの家に帰ろうとするところで。
「だけどキューさんだけは残業ね」
背中を向けていた吸血鬼がマントの後ろ姿を硬直させた。
「……なんと無体な。一仕事を終えてワインをかたむける至高の一時は我が最高の享楽。このために生きていると言っても過言ではなきその時間を無下にするというのは、主といえど」
スケさんとこれから飲みに行こうとしていたキューさんを呼び止めたら露骨にイヤな顔をした。
不条理な残業を押し付けようとする雇用主に対して、正当な権利を主張するべき反骨精神は立派だ。
だが、こちらにも言い分はある。
「残業です。言葉を変えればペナルティともいいますが、心当たりは?」
「いかに難題、いかに難関であろうとも、その残業、立派に果たして見せましょうぞ」
黒いマントをバサっとひるがえすキューさん。
ちゃんと思い出してくれたようでなにより。
「大変結構。とはいえ別に大仕事じゃないよ。今から港町で待機しているディードリッヒの所に飛んで行ってもらって小型の船を用意するように言ってきてくれる? 時間は明日か明後日の朝一でこっちに向かってくれればいいから。一応、目立たないように接触してね」
飛竜よりも速いし、もし港町に第二皇子の監視役なんていたら厄介だ。
その点、キューさんなら目立つことなく夜の中でも移動できる。
「承りました。では早速、行って参りましょうぞ……ちなみにこの残業でさきほどの失態は?」
本人もけっこうやらかしたと自覚しているようで、この程度のお使いでは埋め合わせできるとは思っていないのだろう。
だがオレとしては終わり良ければ全て良し、という達成感もある。
要するに機嫌がいい。
「ま、全部チャラで」
「さすが我が主、その寛容さはあの夕陽よりも偉大にて!」
そう言いながらキューさんは無数のコウモリになって、夕陽に向かって飛んで行った。
オレはああいう調子が良い人というのは嫌いじゃない。なごむからね。
今度こそ本当に解散となる。
皆がそれぞれの帰路につく。
皇子と聖騎士が、いまだ怯える聖女を気遣いながら三人用の家に入っていった。
確かにあの状態の聖女を一人にするというのは危険かもしれない。
「……しかし、聖女はどうしてあそこまで追い詰められてたのかな」
シンルゥの説明に理解はしたが、ちょっと説得力には欠ける気がする。
難破船で本当は何があったのか。
うっすらと影が見える難破船を見る。
まるで向こうからもこちらを見ているような視線を感じるが、気のせいだろう。
あの船は崩れると危ないということで、だいぶ前からディードリッヒから島の住人全てに近寄らないように注意してもらっている。
もし獣なんぞが棲みついていも近寄らなければ大丈夫だと思うが。
そうして、少しぼっうとしていたかもしれない。
「ツッチー? 帰らないの?」
……ま、いいか。
「いや、帰ろうか」
オレは肩に座る妖精の髪をなでて歩き始めた。




