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『魔王島、夕暮れの海辺で迎える結末(3)』


オレの問いかけにニッコリと笑って何も言わなくなるシンルゥ。


普段の行いとか性格とか知らなければ、美人の笑顔なんだけどねぇ。


絶対なんかあるよなー、聞きたくないなーと思っていたら老司教がボソリと言った


「……すでに『求心依存』のほつれに付け込んでおったか。今の主は貴様か? その目は主人不在の有無も見抜くか」

「人聞きの悪い。あれだけ『充足』していた聖女が『絶望』しておりました。弱きを守る勇者として手を差しのべた結果ですよ?」


何やら聞き捨てならないようなやりとりが聞こえた気がするが、これは当人に聞いてもまともな答えは帰ってそうにない。


オレはいまだ体を硬くしてガタガタ震え続ける聖女に優しく声をかける。


「聖女さん」

「は、はい、はい、何でもします、何でもいたします! だから食べないさせないで! 私を食べさせないで!」


……お腹の傷、本当に事故かなぁ?


オレの疑問にシンルゥが先んじて答えた。


「船で怖い思いをしたのかもしれませんね。私はあまり船の内部を見た事がありませんが、残された様々な痕跡は……あまり気持ちの良い物ではありませんでしたし。聖女様もそれを知れば魔王様がそれを為した、と勘違いするかもしれませんね?」

「あ、そういうことか!」


唐突に理解した。


逃げ込んだ船の内部の情景はオレですら人間同士の共食いがあったとわかるほどだ。


しかしそれを知らない聖女からすれば、この島にそんな船がある以上、オレがそう仕向けたと思っても無理はない。


そんな中に逃げ込んでしまい、気が動転して、なにかしらのトラブルがあって、大ケガをしてしまった、と。


そしてシンルゥに助けられたものの、気が付けば自分も魔王によってそんな恐ろしい目にあわされていたのでは? と勘違いしているわけだ。


多分、今回のややこしい話の中で、一番、しっくりときた話だ。


だったら簡単だ。


「聖女さん。落ち着いて。オレは何もしないし、お腹のケガもオレが治した。もう大丈夫だ」

「お腹……ああ、私の腹! 腹の中身がすすられて……」


思い出したように自分の体をさする聖女。


法衣の腹部に大穴はあいているが、そこからのぞく自分の素肌を見て驚き、実際に手で何度もさすって本当にケガがないのか確認している。


「そ、そんな……あれは夢だったの……」

「そうだ。悪い夢を見ていたんだよ。あ、でも大ケガは本当だ。結構危なかったよ。コレでなんとかね」


オレはだいぶ量の減った霧吹きを見せる。


「それは?」

「エリクサーだよ。君も言っていた神霊草……マンドラゴラの事だろうけど、あれから作った薬」

「エリクサー……神霊薬ですって!? ……そんなものを私なんかに!?」


あれ?


教皇やら教会が必要な量を確保したとか言っていたから、聖女の手にも何本かあるのかなと思っていたが。


「使った事ない? こんな危険な島に乗り込んできたのに持ってきてないの?」

「と、当然よ! い、いえ、当然です。一滴ですら私のような者に与えられるものではありません。例え死の病に犯されようとも、魔王の住まうと言われる島に乗り込むとしても! 教会の秘儀たる製法により絞られたエリクサーを賜るのは王族や教皇、もしくは国と国との政治的な取引などだけです!」


老司教がうんうんと深くうなずいている。


シンルゥは、あ、夕焼けキレイ、などと呟きまったく興味もないだろう景色を眺めている。


さすがにそこまで貴重なものだったとは思わなかった。


美容の為に何度かシュッシュッした事、聖女には黙っておこう。


「じゃ、ついでに。気分的に何か晴れやかになった感覚はない? 具体的に言うと、洗脳が解けた、とかさ」

「洗脳、ですか……?」


聖女が自分を見ている皇子と聖騎士の視線に気づき。


「……ああ、なるほど。エリクサーの力はすごいですね。お二方とも、お顔のケガだけではなく、第二皇子の魔眼からも解放されたんですね?」


魔眼。


聖女の口から、オレ達が知りたかった真相の片鱗が漏れ出した。


「生憎、私は生来その手の術はききません。だから抜擢されたという事もあるのですが……」


シンルゥが聖女の肩を抱きとめる。なんかえらく親密になってるね?


「『求心依存』ね。ただただ教会に尽くし、言いなりになる事で洗脳や魅了の類を打ち払った」


聖女はシンルゥの言葉にうなずく。


「は、はい、お姉さまのおっしゃる通りです。かつて大聖女様と呼ばれた御方がお持ちだった神の御業と私は教えられて、とても光栄で……呪われた腐食手もきっと神の試練だと、きっとお役に立てるためのものだと言われて、お仕えしてしてきました……」


つらつらと自分の過去を語る聖女。


シンルゥや老司教の予想通りだった。


「『求心依存』により私に洗脳系の術はかかりません。第二皇子様の赤い瞳にとらわれると自我が揺らぎ、意識の改変がなされます。あくまで自分の意思で第二皇子様の求める事を為そうとするようになります。そうなってしまうと客観的な判断ができなくなり、作戦に支障が出る事もありますから、そういう意味でも私は使いやすかったのだと思います」


ふーん、第二皇子の魔眼の力はそういうものだったか。


意識の改変、正確な判断ができなくなる。


聖女の言葉に色々と思い当ったのだろう。


黙って聞いていた皇子と聖騎士が苦渋に顔をしかめている。


三人で魔王の首を狙う作戦とか、どう考えてもマトモじゃないからな。


「私は教会に拾われるまで野良犬でした。拾われたその後は教会の命令に服従するようしつけられました。逆らうことなど考えられないくらいに厳しく。けれどそれで逆に私の『求心依存』は満たされました」

「難儀な事ね」

「は、はい。ですが今やそれも失われ私は……私は何に尽くせばいいのか……あ、お姉さま、お姉さまの先ほどの言葉は本当に……?」


カタカタと震えだす聖女。


シンルゥが呪いというだけあって『求心依存』は思った以上に良いものではなさそうだ。


教会という依存先がなくなっただけで、戦闘時あんなに強気だった聖女がここまで情緒不安定になっている。


聖女は周りを傷つけつつ、自分もまた傷つきながら生きてきた人なのだろう。


「ふふふ。安心なさい。私は貴女を妹として守ると約束したでしょう? 私の恩人である魔王様の為にお手伝いしてくれるのならばね」

「は、はい! お姉さまの為ならば、な、なんでも致します、お姉さまに尽くさせてください! だから捨てないで!」


さらっと聖女の凄惨な過去が垣間見えたり、躊躇なくその弱みに付け込んで何やらいかがわしい約束をたてに聖女を味方に引き込んだ極悪勇者を目にしたが、今はそれより確認すべき事がある。


自我に影響する。


第二皇子の魔眼とやらは、そういうものと判明したわけだがこれまた厄介な事だ。


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