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『魔王島、夕暮れの海辺で迎える結末(2)』


オレが腕を組んで、むむむ、としていると老司教が聖女に礼を言っていた。


「『求心依存』について有益な情報ありがたい。しかしずいぶんと気前が良いの? 気でも迷うたか?」

「母がお世話になったので」

「アレはワシの返礼じゃ。礼に礼を返すでない。ややこしくなる」

「生憎、私は司教様に礼を言われる記憶がございませんでしたし、一方的に貸しを作られたようで実は業腹でした」


言葉はキツイが何やら互いが珍しく感謝しあっているような雰囲気だ。


本当に珍しい。なるほど、今日は血の雨が降ったわけだ。


ところでオレにも疑問が一つ。


老司教の口ぶりからして、このジイさんは少なくとも『求心依存』を持っていないようだ。


なら、なんで第二皇子の洗脳にかからなかったのか? 


強固な精神力でうんぬんと言われていたが、本当にそうなんだろうか? うーん。


シンルゥが今も言っていたようにすでに強い洗脳下にある場合、他の洗脳にはかからないと言っていた。


つまりこの老司教、実はとっくに洗脳済みで最期の最期にオレを裏切る……とかないよね?


「……むーん?」


オレがつい疑惑の眼差しを向けると、老司教は話を進めろと催促されたと勘違いしたらしい。


「ほほほ。さて、話を戻そうかの。この聖印であるが……魔力がこめられておらんとすればただの装飾品。聖女の娘がどう吹き込まれていたのかはわからんが……と、なれば」

「やはり」


どうやら二人の結論が出たようだ。


「見捨てられましたか」

「いいや、使い捨てられたのだろうて」

「ふふ、相変わらず罪深いですわね」

「罪を重ねて得られる信仰がある、そう思う者が少なくないのは確かじゃな。酔っておるのじゃよ、他者を犠牲にして、それを悼む事に」

「自分の都合よく神の名を使っているだけでしょうに」


さっきまでなごやかな空気だったのに、また険悪になってきた。


オレが口を出してもいい事がないので笑顔を深くしあった二人をよそに聖女の様子を見る。


少なくとも外見上は傷がなくなった聖女は、心なしか呼吸の大きさやリズムが正常に戻った気がする。


さきほどまではまさに虫の息という感じだった。


本当に危なかったんじゃないだろうか。


「さて」


さきほどから胸元でゴソゴソと落ち着かない妖精に呼びかける。


「よし。もう大丈夫だ、出てきていいよ」

「う、うん」


胸元で状況をうかがうようにゴソゴソしていた妖精に声をかける。


「どうだったの? あ、本当に聖女なのね。服が真っ赤だけど生きてるの?」


会話のやりとりは聞こえていたらしい。


「さっきまで血じゃないものも出てたんだよ?」


あえて内臓とは言わない。


「ツッチー、ご苦労様……」


しかし治癒は成功したと思うが、まだ目を覚まさない。


かと言って、皇子や聖騎士と同じようにサキちゃんに聖女を膝枕してくれと頼むというのも違う気がする。


なにより当のサキちゃん本人がすでにオレから離れている。


サキちゃんは剣をおさめた皇子と聖騎士に、さりげなく近寄っていた。


再び状況が変わって敵対した時の用心の為……ではない。


『こ、これで、私たち、戦わなくていいんですよね?』と、怯えたように、それでいて露骨な上目遣いで二人にたずねている所から理解できる。


サキちゃんは、二人を落としにかかっているのだ。


対する二人も自分たちを介抱してくれた、少なくとも見た目は少女のサキちゃんに強く出られないようだ。


さりとてサキュバスいう事で用心はしているようだが、はた目からは紳士らしい対応をしている。


シンルゥと老司教は今も何事か小声で話し合っている。


気になるが話の内容を聞くと余計に心労が増えそうなのでオレは近づかない。


骨とコウモリの親分どもは、少し離れた所に並んで座り込み、ぼーっと空を眺めていた。


なんとなしに会話が耳に入ってくる。


「朝から騒ぎに騒いで、そろそろ夕方ですなぁ」

「ふむ。晩餐までに戻らねば、メイドがうるさいのだがな」

「塔にも連れ添っていたダークエルフの婦人ですな」

「ああ。仕事はワインを注ぐだけで良いといっているのだが、どうにも色々と構ってくるのだ。私としても正直、助かっているのだが……時折、些細な事で叱られるのには辟易している。例えばいつの間にか決められた食事や入浴の時間を守らなかったりした時などだ」

「ほうほう。それは俗にいう、尻に敷かれるというものでは?」

「やめてくれたまえ。彼女は美しくも聡明で魅力的な女性ではあるが、私はもうしばらく独身でいたい。せめてこの不死たる人生に晩秋を感じるまではね」


ほー。


あのダークエルフのメイドさんと仲良くやってのるか。


ま、それはいい事だ。


職場恋愛、おおいに結構。


上司としてもご祝儀その他もろもろを準備する甲斐性くらいは持ち合わせているつもりだ。


それにもし結婚ともなれば今回の仕事の報酬の一部として約束している島の居住権、つまり今後は島で暮らす予定のキューさんが、ダークエルフたちに対して何かしらの脅威があれば自発的に協力してくれるだろうしね。


幹部たちのそれぞれの事情を垣間見ていると。


「ツッチー!」

「ん?」


妖精が声をあげる。


同時に聖女が、伏せていた体をゆっくりと起こしていた。


「う、うう……」


聖女が腕を立て体を起こし、頭を上げる。


赤い髪のすきまからのぞいた瞳がオレを見た。


「……ひ!」


途端にオレから離れようとして、這いずり、逃れようとする。


「大丈夫よ」


優しい声がした。誰の声だよと思ったら、聖女を優しく抱きとめたのはシンルゥだった。


え?


「お、お姉さま! た、助けて!」


え?


……お姉さま?


「大丈夫。この方は私を救ってくださった、この島の支配者ですよ? もし貴女も私と同じくツッチー様に服従するならば、きっと貴女を守ってくださいま……」


シンルゥにしがみついていた聖女が、最後まで話を聞かずに慌ててオレに向かって跪いた。


震えた涙声で、なんでもします、従います、と繰り返している。


状況と展開についていけないんですが。


シンルゥは一体何をしたんだ?


「シンルゥ?」

「誓って私は何もしておりません。難破船の中で聖女様を見つけたのですが、その時にはすでに大怪我を負っていましたので、血止めも兼ねて布で巻いて運んできたわけです」

「血止め……簀巻きじゃなかったのか」


一切の身動きができなくなった、お手本みたいな見事な簀巻きだったと記憶しているが。


「傷口だけでなく全身を圧迫して拘束しなければ、痛みで目が覚めた時に暴れてしまい、命とりになるか判断しました」

「なるほど?」


理にはかなっている。


他にもやりようがあったのではないかという疑問の余地もあるが。


「ただ、どのようにしてそんな……まるで何かに食い破られたかのような大怪我を負ったかはわかりませんが、少なくとも私が彼女を見つけた時には、危険な物はおりませんでした。大方、船の内部で転倒して破片などが突き刺さったとかそういった事故でしょう」


確かに壊れた船内には、剥がれた床板や壁の木片が飛び出していたりしたと思う。


あれからずいぶんと時間もあっているし、そういった破損も増えているかもしれないな。


「そっか。シンルゥ、ありがとうな。聖女の身柄を確保できたとなれば、なんとかなりそうだ。しかしお姉さまだなんて、ずいぶんと気の変わり様じゃないか?」


そんなオレの疑問にシンルゥは言葉ではなく、いつもの笑顔を返してきた。


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