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『副船長、独白:遭難、そして飢える日々』


王の姉の病を治すため、神霊草を求めた船出だった。


海を越えて魔界に乗り込み、難関辛苦の果て、人の顔のごときマンドラゴラを見つけた時は、凱旋の先にある名誉と出世に夢が膨らんだ。


だが、それがどうだ。


とうとう船長と副船長である自分の二人だけになった。


食い物と陸地を求めて、船から海に飛び込んだ仲間たちはどうなっただろうか?


確かめるまでもない。


釣り糸を垂らす事すらできないほど、肉喰い魔魚にまとわれつかれているというのにバカな奴らだ。


命令や計画が悪かったせいだと言って船長に銃を向けた奴らは、オレが全員返り討ちにした。


船乗りとして『遠目』や『夜目』だけではなく、水の『精霊手』を持つオレに対して、それがどれほど愚行であるか理解しつつも、そうするしかないほど追い詰められていたのは極限まで飢えていたからだ。


だが飢えていたのはヤツラだけではない。


すでに船上の食料を食いつくしていた船長とオレもまた、勅命を果たす為に禁忌を犯すのは自然だった。


そうして続けた航海だが、故郷どころ陸地すらも見えない。


船長はやがて病にかかる。


船上では尽くす手もなく、病状は悪化していった。


余命を悟った船長はこの帽子をオレに渡しながら船を頼む、船長をゆずる、と言った。


そして、どうか自分を食って生き延びろ、と笑って。


銃口を自分のこめかみにあて、そのまま頭を撃ち抜いた。


もう何人もの友や手下の死体を食ってきたオレだ。


オレは泣きながら、まだ温かい船長の腕にかじりついた。


吐いた。


何度も吐いた。


仲間を食うのは初めてではない。


だというのに、船長の肉に歯をあてるだけで、狂いそうになる。


それでも船長の遺言、最後の命令に従い食らう。


腕だけを食らって、そのまま休んでもらった。


もうこれ以上、この人を食ってはいけない。


せめて人の形を残したままでいて欲しかったからだ。




***




それからまた海に揺られる日々。


一人ではろくに船を動かす事もできず、ただ波と風に運命をまかせるだけの地獄が続く。


それでもなお、陸地は見えず。


意識も朦朧とした中で気づく。


船が大きく揺れていた。


嵐だ。


だが、もうそれをどうにかできる人員もいない。


殺して、食って。


考えられる限りの禁忌を犯して生き永らえた先が、この結末か。


船長から譲られた船長帽を抱きしめたまま、荒れる船の中で転がりまわる。


あちこちに体をぶつけ、頭をぶつけ、また意識が薄らいでいく。


先に逝った船長にあの世で再会したらこう言おう。


アンタの肉は固くて食えたもんじゃなかったよ、と。




***




意識が戻ったのは、砂浜だった。


船が真っ二つに割れている。


漂着した衝撃でオレはここに放り投げだされたようだった。


何もかもなくしたオレに残されたのは拾ったこの命と胸に抱えた船長帽、そして陸に打ち上げられて真っ二つになってしまった船だけだ。


ああ、しかし、なんだろう。


とても喉が乾く。


ずっと腹が鳴く。


水が飲みたい。


肉が食いたい。


たまたま踏みつけた草。


たまたま目についた花。


たまたま生っていた実。


なんでもいいから口に入れた。


その瞬間、頭の中が壊れそうなくらいの衝撃。


痙攣する自分の体。


そして体中に溢れる、何かの力のような脈動を感じる。


……ああ、覚えがある。


確かこれはケガをした時、教会の聖者様にヒールをかけてもらった時の魔法の力だ。


つまり、この花や果実には魔力が含まれていた。


それだけじゃない。


何か、暖かいものに包まれる感覚がある。


それはオレの体のすみずみにまでいきわたり、まるで優しく支配してくれるような。


そんな心地よい感覚の中で、オレはまた意識を失った。




***




一匹のグールが森を走っている。


霞みかがった意識の中で、食えるもの、食えないものを見つけ出していく。


花を食い、虫を食い、鳥を食い、魚を食い。


けれども満たされない。


満腹になりはちきれそうな腹は、今も空腹に鳴っている。


果汁を飲み干したばかりのノドもカラカラに乾いている。


肉が食いたい。


血が飲みたい。


人の、人の、人間の肉と血が欲しい。


だが、いない。


この島に喰っていい人間はいない。


いない、いな、い。


ああ、あそこに。あんな近くに。


船長の服を着た誰か……いや、あの服を着ているのなら船長だ、船長がいる。


船長はだめだ。


もう、これ以上、食べてはいけない人だ。


オレの食った腕がもとに戻っているのは、きっと神のご加護があったのだろう。


肩に乗る妖精もだめだ。


船長の友達だ。


浅黒いエルフの商人もダメだ。


汚れた種族だが船長の今の右腕だ。


オレの代わりに陸での副長になってくれた男だ。


島に住まうようになった他のダークエルフどももダメだ。


皆、皆、皆、船長を慕う、船長に従う仲間だ。


あのヒゲの領主も、いつも笑っている女冒険者も、白髪の老いた聖者様も。


みんな船長の仲間だ。


ダメだダメだ、もう仲間は食ってはいけない、食いたくない。


誰も食えない。




腹が減った。




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