『魔王島、海辺。皇子の責務(3)』
布袋を肩に担いだまま、シンルゥがオレたちの所へ走り込んでくる。
皇子や聖騎士が剣を抜いている事すら気に掛けない様子で、息を切らしたまま彼らを見て笑った。
「そこまで、そこまでです! ああ、良かった。皇子様方、思いのほか生きる事に未練があおりだったんですね? 潔く死ぬ覚悟をされて、すぐに戦い始めていたら間に合わないところでした!」
シンルゥの言葉に一同、一瞬考え込む。
ここまでの流れを見透かしたように語り、なおそれをウジウジしていたと言われた二人は苦渋に満ちた顔になる。
確かに悪く言えばその通りなんだが……わざわざそんな言い方をする必要なくない?
「お、おかえり? シンルゥ。それでその袋は……なに?」
オレはあえて話題を変えるべく、シンルゥが背負っていた布袋……どこかで見た事あるような? 布を見る。
「袋ではありませんよ。窓にかかっていた日よけ布を拝借して、くるんでもってきたんです。ちょっと中身がこぼれ始めてましたから」
そう言ったシンルゥの服は至る所が赤黒く染まっている。
特に布袋をかついでいる肩は、したたるほどに濡れていた。
ただの赤い水、なんてわけがない。
「シンルゥ、それ、血か?」
おそるおそる聞くと。
「ああ! ひどい! この服とても気に入っていたんですよ!」
「いや、そんな事より……」
「もう。あとでディードリッヒさんに必要経費ということで弁済して頂こうかしら」
そうぼやきながら、シンルゥが肩の荷物をオレ達と皇子たちの間に投げ落とした。
いつの間にか経理扱いされているディードリッヒだが、それはともかく。
「魔王様、これで万事解決です。お手元のエリクサーがまだ残っていれば、ですが」
「うん? ああ、まだ残ってるぞ、大丈夫」
霧吹きを振ってみれば、チャポチャポ、というくらいには残っている。
「ではそれにお願いできますか?」
「それ? これ?」
オレが足元に転がった布にくるまれた何かを指さす。
「はい」
シンルゥも笑って、それを指さす。
「イヤな予感しかしない」
「ツッチー、アタシ、目、ふさいでた方がいいかな?」
「そうしておいて。大丈夫だったから声かけるから」
「うん、お願いね」
そうして、両手で自分の顔を隠す妖精。
良し。
では御開帳だ。
オレが布……ああ、これカーテンだな。
しかし、どっかで見た事あるなぁとさっきから記憶を探っているが、どうにも思いだせない。
何重にもぐるぐる巻きにされたそれのはしっこを持って、転がすように中身を出そうとする。
そうしてゴロゴロしてると、ついにカーテンにくるまれていたそれが姿を現した。
「うえっ! おいおい、これ、大丈夫なのか!?」
聖女だった。
転移したはずだった聖女、それが白い法衣を真っ赤に染めて、力なく転がっている。
顔色は血の気を失って青くなっており、指先はピクピクと痙攣している。
「おいおいおいおい!」
「あら。さきほどまで意識はあったのですが」
聖女の赤く染まった法衣の腹部はざっくりと裂かれており何かしらはみ出ている。
絶え絶えとなっている呼吸のたびに、そこからさらに鮮血があふれ出す。
「おっ、これっ! これでいけるのか!」
何をどうすればいいのかわからず、ただ闇雲にエリクサーを吹き付ける。
もはやどこから手をつけていいのか分からなかったので、とにかく腹を中心に何度も何度も。
それを見たシンルゥに止められる。
「あ、魔王様」
「な、なんだ?」
「その勢いで使ってしまうと無くなってしまいませんか? ほんの少しで結構ですから私にも残しておいてくださると嬉しいのですが」
「ええ!? シンルゥもケガしたのか?」
まさかシンルゥが聖女に遅れをとった? と驚きながらシンルゥの全身を見る。
特にケガを負っているようには見えない。肩の血も聖女のものだろうし。
どこを負傷したのか、問いかけようとシンルゥを見るが。
「神の御慈悲をもう一度、賜れれば、と」
シンルゥが自分のほほをさすさすと撫でた。
よほど美容効果があったらしく味をしめている。
その際、手についていた聖女の血がシンルゥのほほを赤く染めた。
血まみれになった笑顔でオレを見てくる、いや、こわいこわい!
しかしここは毅然とした態度で断らなければならない。
がんばれ、オレ!
魔王様はひるまない!
「い、いや、そんな余裕ないぞ!? 治療に足りなくなるかもしれないんだから!」
「あら、残念ですね。ではそれもまた今度、ディードリッヒさんに……」
ディードリッヒ、すまん、あとはまかせた。
心の中で謝りつつ忠実なイケメンに丸投げだ。
オレはそれ以上、シンルゥの言葉に耳を貸さず聖女を見る。
服は赤く染まったままだが、裂かれてあらわになっていた腹部が白い肌をのぞかせるようになった。
何とかなったようだが、むしろ何があったんだ?
「シンルゥ? 聖女はどうしてこんな……そもそも転移したんじゃなかったのか!?」
オレは事情の説明を求めるべくシンルゥに問いかけた。




