『魔王島、海辺。皇子の責務(2)』
オレはガックリと肩を落としつつも、他に何か手はないのかと遠回しに皇子を見る。
「第二皇子からすると絶好の機会か。しかしオレが言うのもなんだが魔王様のいる島だぞ? 少しは慎重になるとかないかな?」
「弟からすれば首狩り作戦にこだわる必要はない。大量の兵をもって押しつぶしにくるだろうし、ここで動かないほど愚鈍ならオレはここまで追い詰められなかっただろう」
この島には国を脅かすという神託にある四天王の一人がいて、さらには政敵である皇子や元協力者で事情を知っている聖騎士がいる。まとめて始末するには絶好だ。
大義名分がある状況下で第二皇子が動かないはずがない。
しかも少数精鋭である必要もない、か。
「魔王とてこの島が荒らされるのを良しとはしまい。ゆえに我が軍と戦争状態となれば、わが国の民でもある兵が犠牲になるだろう。それも一方的な戦いで」
「……まぁ、確かに」
どれだけの軍勢だろうと、この島での戦いである限りオレが負ける事はない。
そもそも戦いたくないので戦いにしない。
船で来るしかないのだから島の全ての外周にアホほど高い壁を作ればそれで終わりだ。
土木工事でそれをやろうとすれば絶対に無理だが、オレの唯一の取り得のスキルはそれを簡単に実現させる。
もしディードリッヒのように空から来るとしても、一国の大軍をというのは無理だろう? 無理だよね?
転移だって奇跡というぐらいだし、大量の人員を送り込む事は不可能のはず? だと思いたい。
だが、もし何かしらの手段で島の中が戦場となった場合は本土決戦となる。
万が一そうなっても、やはりオレの勝ちはゆるがないだろうし、島の住人であるダークエルフ達も自分の生活を守るために戦うだろう。
オレだって島の仲間を守るためなら手加減や容赦をする気はない。
そこからは、本土防衛戦とは名ばかりの圧倒的な殺戮の始まりだ。
皇子もそんな未来を想像していたのだろう。顔色が悪い。
そしてこんな事を言い出した。
「どちらにしろ我が国が魔王と敵対した今、オレは皇子として民や兵の為にこうせねばならない」
皇子が剣を抜いて。
オレに刃先を向けた。
……なんで?
「弟はあくまで政敵であるが、それに従う兵士たちは大切な臣民だ。ならばその犠牲を生み出さない為には、ここで魔王を倒さねばならん。お前を倒した後は自刃するなり、反逆者として弟にあえて討伐されるなり考えるさ」
「……そうだな、魔王。こうして政戦に負けた今としても、オレ達には国を守る義務があり、それを誇りとしている。命を救ってくれたことには感謝する」
聖騎士も剣を儀礼的に構えて感謝を示した後、オレにその切っ先を向けたのだった。
ええー。
「おや? また何か始まりましたな」
「ふむ。もはや何がどうなって、誰が誰を裏切っておるのやら把握できんよ。人間の心というものは移ろいやすいな」
さすがに雇用主が剣を向けられているのは看過しなかったのか、骨とコウモリの親玉たちがゆっくりとこちらへ歩いてくる。
実力だけは一級品の二人だ。
剣を構えた皇子と聖騎士に緊張が走る……というより、オレ相手だけでも勝てないとわかっているのだろう。
二人の魔族が近づいてくるのをあえて待っているあたり、ここで死ぬ覚悟をしているというわけだ。
オレは二人を見る。
緊張感はあるが、どこか憑き物が落ちたような表情だ。
「……皇子。同情するよ。生まれながらに偉い人っていうのは大変なんだな」
「そうだな。だがこの末路はオレが弟に敗北した結果だ。自業自得というほど自虐はせんが、納得して受け入れるよ」
「バラン。一度はお前を裏切ったオレだが、せめてこの先は永遠にお前の兄である事を誓う」
「ありがとう、兄貴」
二人が笑いあい、そして握っている剣に力をこめたのがわかった。
玉砕すら成り立たない、ただ、ここで死ぬ為に剣を構えている。
いやだなぁ、戦いたくない。
オレが二人をどうこうしなくても、さすがにスケさんやキューさんがそれを良しとはしないだろう。
それに今ならば皇子も聖騎士も、せめて最後は国の為に戦って死ねるという、本人も納得できる名誉を抱えて死ねるのだから。
サキちゃんがオレの手をとる。
「魔王様、止めてください!」
「サキちゃん……しかし、これは……」
涙をうるうるさせている美少女の嘆願に応えてやりたいが、どうにもできない。
オレは罪悪感を抱えつつも、サキちゃんにどう言い繕ったものかと考えていると。
「もったいないですよぉ。二人も……王族で、あんな、顔がいいのに……」
うん、サキちゃんはちょっと黙っていようね。
こんな子だったかなぁ。
いや、オレに対して打ち解けてくれたんだと前向きに考えたい。
「ふうー……良しッ! では行くか。すまないな、魔王。最後に少し手をわずらわせる」
「世界は広いな。そこそこやれる方だと自負していたが。最期にまだまだ未熟だと知って逝けるのは剣士としては僥倖か」
くそ、覚悟を決めやがった。
いい笑顔になった二人の剣士が体を沈め、こちらへと斬りかかろうとした瞬間。
「はーい、そこまで! そこまでです! 間に合ったかしら!?」
大声が響いた。
そちら見れば今まで聞いたこともないほどに声を張り上げつつ、森の中から現れたシンルゥが走り寄ってきていた。
そう言えばお花摘みにいっていたんだっけか?
えらく長かった気がするが、ここに突っ込みを入れるのがマズイというのはオレでもわかる。
しかし、そうなるとわからない事がまた一つ。
「シンルゥ?」
戻ってきたシンルゥは、肩には何か大きな袋を抱えていたのだから。




