『魔王島、海辺。皇子の責務』
意識を取り戻した聖騎士はサキちゃんに膝枕されたまま呆然としていた。
見下ろしているのはオレとオレの肩にいる妖精、そして皇子だ。
骨とコウモリの親玉は野次馬すらする気もなくなったようで、少し離れた場所に座り込んで完全に部外者と化している。
厳しい魔王様としては心の査定メモ帳にマイナスを打ち込むしかない。
さて。
「目が覚めたか? 二つの意味で」
オレは遠回しに紅い瞳を持つ第二皇子とやらの洗脳やら魅了やらが切れているかの確認をする。
皇子の時も爛れた顔にエリクサーを吹きかけた時に正気に戻っているので、タイミングとしては合っていると思うのだが。
「兄貴。まだオレに剣を向けるか?」
その問いかけに聖騎士がハッとする。
自分の胸中の変化に気が付いたのだろう。
「そうか、バラン。オレはお前を裏切ったんだな」
「ああ、そうだ。兄貴」
「まだ兄と呼ぶか、このオレを」
「本心ではなかったんだろう? 弟に何をされた?」
聖騎士は霞みかがったような記憶を探るようにして口を開く。
「……わからん。ただ、今考えれば、いつからかお前に対しての不信感や嫌悪感、そういったものを抱くようになっていた。逆に第二皇子の為に動かねばという意思が生まれた。それが次第に高まっていき、今回の計画……つまりお前の暗殺計画が立てられ、それに協力するように王から勅命を受けた。その時は確固たる自分の意思で参加した……それは覚えている」
自分の記憶をたどるように話聖騎士だが、どこか自信のない口調だ。
己の言動を自分で疑問視している、そんなようにも見える。
「やはり父もか。それで今は? 今もオレに対してそういった感情を持っているか?」
「いや、今は……」
聖騎士が否定に首を横に振った、その時。
「あはん!」
重たい雰囲気の中、サキちゃんの嬉しそうな声が漏れた。
首を振った聖騎士の金髪が太ももを撫で、くすぐったかったらしい。
色々と台無しである。
聖騎士はようやく自分の状態を確認したのか、あわてて頭を持ち上げて振り返る。
そこには頬を赤く染めてサキちゃんが可愛らしくも艶っぽさを演出するように、足を斜めに崩したポージングで座りなおした姿があった。
「……失礼した。バラン、彼女は?」
「話すと長いがオレも介抱してもらった。優しい女性だ」
「……サキュバスに見えるが?」
少しエッチな衣装をまとうサキちゃんからその正体を見破り……いや、見破るというほどはないか。
ともかく、言外に皇子の正気を疑っている聖騎士。
それはそうだろう。
自分が今まで第二皇子の洗脳だか魅了だかを受けていたのだ。
それがようやく解けたと思っていたら、今の今までその手の精神攻撃を得意とするサキュバスに身をゆだねていたと知ったのだから、色々と警戒しないはずもない。
「兄貴。彼女に我々を害するつもりはない。そもそも彼女の主たる魔王が我々を助けてくれたのだからな」
「……そうだったな、そのあたりも色々と説明をしてもらいたい所だが……」
聖騎士がオレをチラチラと見る。
そう、色々と説明をしたい所なんだが。
「その前にまず、転移した聖女をどうするか決めて欲しい。すでに国に戻ったとすると色々と厄介だと思うぞ?「転移?」
オレの言葉に聖騎士が疑問符を浮かべた。
ああ、顔とか目とかえらいことになっていたから、見えてなかったな。
皇子とオレでかいつまんで説明してやると、話を聞き終えた途端に聖騎士が叫ぶ。
「まずいぞ、バラン! もし聖女がこの島での事を報告していたら、オレ達が戻ったとしても魔王にたぶらかされたという名目で討たれる!」
ようやく共通の問題意識を持つ仲間ができた。
大丈夫としか言わないシンルゥや老司教は置いておいて、まずは当事者たちの意見を確認しよう。
まず最高責任者である皇子の意思を確認しよう。
「皇子はどうしたいんだ?」
「……まさかあんなものがあるとはな。ここに至って、オレの目論見は完全に破綻した」
……ええ?
ちよっと? あきらめるの早くない?
「望外だったが兄貴も正気に戻った。できれば聖女も同様にしてこちらに引き入れ、国に戻ってからの政戦で決着をつけたかった。聖女がこちらに取り込めないのであれば、ここに留めるなり……したかったが」
聖女の処遇に言葉を濁すあたり、人類の裏切り者を自称するわりに甘いかな。だが嫌いじゃない。
「魔王の助力があれば確実に勝てる戦いになる。だがそれは我々と魔王とのつながりが知られなければの話だ。転移なんぞという切り札を隠していたとは、あの女、たいした演技派だったな」
失意にうめく皇子と、悔恨極まりないという表情の聖騎士。
いや、それ以上に絶望しているのがオレなんだが。
「魔王よ。いずれ弟は準備を整えてこの島にやってくる。オレと兄貴の始末、そして魔王を討つためにな」
「……やっぱりそうなる?」
もはや確定した未来だった。




