『魔王島、赤く染まる白浜(4)』
「魔王!? そんな! お前は死んだはず! なんで、なんでよ!?」
老司教を救うべく現れたシンルゥだけでも困惑しただろうに、倒したと思っていた魔王様と愉快な仲間たちが突然現れたのだから。
しかも。
「聖女よ。いや、教会の毒犬よ。お前はここで終わりだよ」
「お、皇子まで……それにその顔!?」
みずからの手で焼いた皇子の顔だが、いまや一筋の傷もない。
「な、なぜ貴方が魔王と共に!?」
「飼い主に噛みついた駄犬に説明すると思うか? ああ、いや違うのか。本当の飼い主である教会には忠実だったんだな」
これは相当に根に持ってますね。
イケメンフェイスは平静を浮かべているが、吐く言葉がいちいちキツイ。
「……ふふ、犬? 犬ですって!? そうよ? だから何? お前たち船を出せ! あんな出来損ないでもこんな島をめちゃくちゃにするには十分よ! 生きる者全て、あの腐竜に喰われておしまいだ!」
聖女が笑いながら船に乗り込む。
さて。
船を止めるのは簡単だし、オレ達が顔をさらした今の状態で帰してしまうのもマズい。
だが皇子としてはどうしたいのか?
それ次第でどう動くのかが変わってくる。
色々な疑問を浮かべてて皇子を見ると、オレの考えを察したらしくすぐに返答がかえってきた。
「聖女を生きたまま確保したい。あと……兄貴も息があるなら治療を頼みたい」
「身内だからか?」
あれだけ手ひどく裏切られて、なお助けたいと言えるのはすごいな。
「いや、この状況ならこの島に来た時と同じように三人で帰る方が後々の展開が有利だ。もちろん、二人はオレに寝返らせて、だが」
計算だったか。
しかし、そんな事。
「できるのか?」
「やるさ。だがそれも二人が生きてなければならん。頼めるか?」
「お安い……いや、お安くないな。高くつくからな? いつかちゃんと返せよ?」
恩着せがましいくらい言っておかないと、あとで覚えてないと言われそうだしね。
「次期国王が約束するよ。国と民の命、それ以外ならなんでも融通しよう」
「何度も言わせるなって。この島の平穏だけ保証してくれればいい」
そんな重い物はいらない。
「欲のない事だ」
「身の丈に合わない望みってのは、いつか自滅するんだよ」
何気なく言ったオレの言葉に、なぜか皇子が沈黙する。
そして何かを覚悟したような顔になった。
「……その言葉、心身に刻んでおく」
「いや、別に含むところはないからね? なんか深読みしてない?」
と、あまりおしゃべりばかりもしてられないな。
オレは視線を皇子から船へと向けた。
まずは聖女が乗り込んだ船をなんとかしないといけない。
完全に海に出られるとオレの能力範囲外になってしまうので、岸に近い今のうちに、そーれ、と。
「きゃあああ!」
聖女の悲鳴と、国教騎士団の慌てた様子がここからでもはっきりわかる。
浜に半分のりあげていた船の下の砂浜を一度低くし、重力で砂浜側へ船引き込んだ後、下の砂を高く盛り上げてやった。
本当は円柱みたいな形にして上に押し上げたかったが、水を含んだ砂は扱いにくい。
なので確実に持ち上げるために、子供が砂場でつくる山のようにした。
そのてっぺんで船がグラグラと揺れている。
昔やったよね。砂の山に木の枝を立てて、それを倒さないように交互に砂をとっていく遊び。
今の子は知らないか?
木の棒のごとくされた船から国教騎士たちがあわてて出ようとした為、さらに船がバランスを崩す。
「お、お前達、動かないで! 船が、船が! いやぁぁああ!」
身を乗り出しかけていた国教騎士たちが船から放り出されるが、聖女だけはあわてて船にしがみついている。
「お、やばい、ほっ、はっ、よっ!」
あわや船ごと転がり落ちるかと思ったが、なんとか砂の操作をして船を固定する。
転がり落ちた国教騎士達も無事なようだが、落ちた場所が悪かった。
「うわぁあああ!」
最初に叫んだ国教騎士がドラゴンゾンビに喰われた。
彼が勢いよく転がり落ち、さらに砂浜をゴロゴロと転がった先、その目と鼻ほどの距離にドラゴンゾンビ(ハーフサイズ)がのたうちまわっていたのだ。
これは……運が悪すぎる。
「ひぃ!」
「い、いやだぁぁ!」
慌てて逃げだそうととしたのが逆にドラゴンゾンビの気を引いてしまったのか、あとの二人の騎士もまたあっけなく食われてしまった。
「喰われたけど……すぐ出てきそうだな」
食道はともかく、胃の辺りから真っ二つにされているなら、ポロっと出てきそうだ。
丸飲みであれば万に一つだが生還の可能性もある。
しかしこのドラゴンゾンビがよく噛んで食べるタイプであれば絶望的だ。
そしてオレはその結果をわざわざ見て確かめたいとも思わない。
「ツッチー、あたし、また気持ち悪くなってきたんだけど……」
「なんか今日はグロい光景ばっかりだな。オレもキツくなってきた。けど、色々と展開が急で危ないかもしれないから服の中にいるより外に出ていた方がいいよ」
「うん、わかった。でも、危なくなったらツッチーが守ってくれるものね?」
寒気がするほど恐ろしいドラゴンゾンビを横目にしながら妖精がオレにたずねかけた。
「当然」
オレは笑顔で即答する。
「ふふ、うふふ! そうよね、今までもずっとツッチーがいてくれたものね!」
妖精が笑顔になって、オレの肩に座った。
そして落ちないように船長服の大きなえりをつかむ。
いつもの定位置だ。
「さて、あの腐れドラゴンがあっちの方にいる間に聖騎士を治療しよう」
オレは霧吹きエリクサーを取り出して、顔をおさえたままうずくまり、微動だにしなくなった聖騎士に向かって駆け出した。




