『魔王島、赤く染まる白浜(3)』
優柔不断でアワアワしている間にも、眼前の召喚陣からは巨躯が這い上がってきている。
それはただの竜ではなく、ところどころが腐食していた。
シンルゥの言う通り、ドラゴンのゾンビなんだろう。
二本あるツノの一本は根元から折れているし、鋭い相貌だがその両眼は白く濁っている。
鱗もところどころ欠けたりはがれてりしており、その下からのぞく肉も腐って崩れかけている部分が多かった。
溶けたような腕で、あがくようにして魔法陣という穴から昇ってくるドラゴンゾンビ。
鈍重ながらも、恐ろしい力を持っている事は間違いない。
聖女が勝どきをあげる。
「アンデットは生者の存在に敏感よ! 勇者! アンタは隠れてコソコソするのが得意みたいだけど、そんな事ではアンデットの鼻からは逃げられない! この島の全ての生き物はコイツに全て食われる運命よ!」
ついにドラゴンゾンビが胴体の半ばまで魔法陣から這い上がってきている。
やがてその下肢もあらわに、という所だった。
――ブチッ
という音ともに魔法陣が消えた。
「なっ!?」
聖女が困惑の顔で声を上げる。
前触れもなく、鈍い大きな音とともに、唐突に掻き消えたのだ。
『グ゛ガ゛ガ゛ガ゛゛゛゛゛゛゛!!!』
その鈍い音の正体は、召喚されている途中だったドラゴンゾンビの体躯が切断された音だった。
絶叫のような咆哮をあげながら、召喚された上半身と二本の前足を振り回し、痛みにのたうち回っている。
動くたびに輪切りにされた腹の断面から腐った臓物が流れ出し、周囲に血と肉片と腐臭をまき散らした。
「そんな!? 完成した魔法陣が途中で消失するなんて!?」
驚愕した聖女が召喚に失敗したドラゴンゾンビを見ている。
一方で、シンルゥと老司教が物知り顔で納得していた。
「魔王様の力が満ちているこの島の地に魔法陣なんて敷いても、まともに機能はしないと思っていましたけれど。なるほど、召喚陣ですとああなるんですね」
「ふむ。ダークエルフの商人がダンジョンコアを設置しようとした時も盛大に爆発しておったしな」
ああ、なんか島で爆発が起きて何事かと思ったら、直後にディードリッヒが赤いカード持参で謝りにきたアレか。
あの時は本当にやばかった。
爆発とかじゃなくて、思いつめたディードリッヒを止めるのに必死だった。
魔王様の島を破壊してしまいました、この命でお詫びを! と大騒ぎだったよ。
確かにデカい大穴が開いていたが、そんなものは一秒で直せる。
ディードリッヒをなだめる方が、よほど時間がかかったのを覚えている。
「しかし、ワシもこの島の秘密はおおまかには予想しておったが、そなたはずいぶんと詳しいようじゃな? それもワシの技を見抜いたその目によるものか?」
「女性の秘密を暴こうとするのは紳士にあるまじき事ですわよ?」
「神に仕える身ぞ? 紳士なんぞ、最も縁遠いわ」
あの二人には魔法陣が消えた理由がわかっているようだ。
話の節々から察するに、オレの魔力が染みこんでいるこの島では地面に接する系統の魔法は動作不良なり爆発
するなり消失するなり不具合を起こすという感じだろうか。
それよりも。
『ガガ゛ガガガ゛゛゛゛゛゛゛゛゛!!』
召喚陣が消失したためハーフサイズで呼び出されたドラゴンゾンビは、今も元気にのたうちまわっている。
どうするんですかね、これ。
姿が見えなくても逃れられないという話だが、ハーフドラゴンもそれどころではないのだろう。
姿を隠したままのオレたちはおろか、シンルゥと老司教を攻撃しようという様子もない。
自分の身が引きちぎられた痛みでのたうちまわり、その巨躯の中身を白浜の砂と水とともにまき散らしている。
あちらこちらへ体を転がすようにしているため、はみでた中身もあっちこっちに飛び散っている。
いつもは陽を照り返す美しい白浜だが、今は腐った内臓の欠片と膿と血で赤黒く染まっていた。
控えめにいってスプラッタだ。
魔王の決戦シーンにふさわいかもしれないが、こちらの意図しない演出は困る。
オレは平和主義者だ。こんな地獄のようなシーンはいらない、誰か早くなんとかしてくれ。
そう願うような気持ちでシンルゥを見るが、しかし。
「半分とはいえ、あの巨躯ですからね。私の剣ではなんともなりません」
「ワシとてすでに精魂尽きてしまった。もはやこれまでかのぅ?」
まるでピンチに陥っているようなセリフで、わざとらしくこちらに向かってつぶやく二人組。
……君達、オレの姿って見えてないんだよね? また足跡とかそんなアレか?
確かに砂浜で足跡がつきやすく、オレ、サキちゃん、キューさんの足跡が入り混じっている。
唯一、スケさんはローブを引きずっているので逆に足跡を消している状態だ。
あー、これでもだいたいの位置はわかるか。
オレは試しにちょっと横に移動してみる。
さらには反復横跳びよろしく、右に左に華麗なフットワークを決めてみる。
「ああ、私の剣では、どうにも、ならない、でしょう、ね?」
「老い先短いこの命、せめてな、安らかに、逝きとう、ございましたなぁ?」
二人の顔も右に左に同時に動き、オレに張り付くようについてくる。
オレの足元を見ている気配がない。
絶対に見えてるぞ、こいつら。
視覚じゃない、何か別の感覚とかで。
「まぁ……このあたりでネタバラシかな。サキちゃん、お疲れ様。隠形を解除してくれる?」
「は、はい!」
サキちゃんが握っていたオレのすそを放し『――、――、――』と何事か唱えると、皆を包んでいた蒼い輪郭が消え去った。
そして絶叫。
またも聖女の悲鳴だ。
そろそろノドとか痛めそうな勢いだ。
「なんで……お前たちまで! なんでこんなところに!」
そりゃあ、叫びたくもなるだろうねぇ。




