『魔王島、海辺。さらに裏切られる者(3)』
「皇子? 大丈夫か?」
背中をさすってやったら、それがどうも逆効果だった。
「……うぇ……お……ぇぇ……ッ」
ようやく落ち着いていた皇子が、再び口をおさえてえづきだした
「ごめんごめん!」
やばい、オレが思うよりはるかに深刻な心の傷になっている。
「ツッチー、あたしも気持ち悪い……」
「妖精はオレの服の中に入ってちょっと休んでろ。見るな見るな」
「うん……あとで起こしてね……」
正視していなかったとはいえ、彼女にもキツかったのだろう。
妖精は襟元からよろよろとオレの服の中に入っていく。
サキちゃんは……ん?
残念がっている? という顔だ。
そういえばさっき悲鳴をあげた時も、聖騎士様の顔が! って言っていたような気がするな。
あっ、理解した。
残酷な仕打ちを見てどうこうではなく、イケメンの喪失、それは世界の損失、といわんばかりの顔。
この子も魔族だったが、その中であってもなかなかに業が深そうだ。
骨と吸血鬼は、逆になごんでいる。
「昔を思い出します。私のダンジョンに挑んできた冒険者たちにも、ああして裏切りの幻惑罠を仕掛けておいたのがよく効きました」
「ほう。貴殿、幻惑の類もたしなまれるか」
「火球やら氷槍やらで襲撃者を相手取るのにも飽きましてな。自滅させる為の術というのに凝った頃がございまして」
「多才であるな」
「時間だけは無限にありました故」
穏やかな性格と思っていたが、元人間のスケさんも今や立派な魔族であるようだ。
オレは魔族でも最強格と言われる魔人であるが、ハードウェア的にはともかく心情が人間のままなので彼らの感性はちょっと理解できない。率直に言えば、正直、ドン引きだ。
そんな事を考えていると、なんとか持ち直した皇子がつぶやく。
「魔王……向こうを見ろ。意外と少ない。手練れのみ集めてきたか」
皇子が指す方向には、森から現れた射手たちが歩いてきている。
その数、わずか三人。
彼らは銀髪のウイッグをかぶりなおしていた聖女の前まで来ると、弓を置きひざまずいた。
「聖女様。お迎えにあがりました」
「ご苦労様。ああ、彼にトドメは不要です。兄を裏切り、殺した男は長く苦しませろというのが第二皇子の御意向ですから」
うーん、どいつもこいつも。
「あら……ふふ、うふふふ! 魔王様、あちらを御覧ください。とっても面白い物が見えますよ」
今度はシンルゥが船の方を指し示す。
えらく上機嫌だが、この状況でテンションがあがるようなものなんて……。
「はぁ!? アレって!? おいおい、どういう事? やばくない!?」
船からも隠れていた射手が三人、姿を現した。
ただし射手ではない、四人目を連れてこちらへと歩いてくる。
それは白い杖をついて歩く、よく見知った老人。
ナイフを腹につきつけられており、捕らわれているようだ。
彼らもまた聖女の方へとやってくる。
聖女は拘束されている老人へ、みずからが首に下げている聖印を両手で握りしめて祈る様な挨拶をする。
「司教様、皇子の出迎えの為とはいえ、このような島までお越しいただきまして恐縮です」
「バランタイン皇子の出立直後、急に勅命などと言いだしワシを迎えに出すとはおかしいと思ったが……急ぎ足でやってきた年寄りにこの扱いは無体ではないかの?」
老人は自分の腹につきつけられたナイフを見て、ため息をつく。
聖女が深く頭を下げて詫びた。
「申し訳ありません。国と教会に篤い奉仕を捧げる司教様にこのような仕打ちはどうかとも思うのですが……王、ならびに教皇様いわく、神薬草の出どころがわかった今、皇子たちとともに、ゆっくり休んで頂くよう仰せですので」
そう。
捕らわれていたのは、ウチの老司教だった。
この島に来る予定はなかったはずだが……と、すると計画がバレてとっつかまったのだろう。
大丈夫なのか、これ。
「なるほど。此度の事、深くを知る者は全てこの島でまとめて始末し、真実ごと封印するという事か」
「ありていに言えば左様です。特に第二皇子は魔眼の届かない貴方の精神力を疎んでいましたよ?」
「過大な賛辞ではあるが、そういう事にしておくかの。それはさておき……」
勝利を確信して微笑んでいる聖女に対して、老司教は苦々しい顔になる。
「第二皇子、そして王と教皇。ふむ、あの餓鬼と若造どもめ。もう少し頭を使うかと思ったが、こんな無様な手段をとるとはな。気が小さいのか、それとも逸ったのか」
悪しざまな言いようにオレは意外に思う。
いつも余裕しゃくしゃくの老司教からはなかなか聞けない言葉だ。
「おや、貴方の口から負け惜しみを聞けるとは思いませんでした。意外にも悔しがるのですね? 貴方ほど達観された方であれば、淡々と負けを認めるかと思っていましたが」
聖女もオレと同感だったらしい。
勝利の微笑みがますます深いものになる。
「負け惜しみ? いや、ただの愚痴じゃよ。そもそも負けておらんからな」
苦々しい顔をしたままの老司教は、笑いを浮かべる聖女に向かって当たり前のように否定した。
むしろ挑発しているようにしか思えないが……ああ、この余裕はオレ達の援助や救出をあてにしてるからか?
それにしたって剛毅というか、胆力があるというか。
「こんなセリフ、吟遊詩人の歌に出てくるような己の負けに気付いていない愚者のようで吐きたくないのですが……この状況で、負けていない、ですか?」
余裕のあった聖女の声に、少しだけ怒気がふくまれる。
「予想する中、残念な結果であるのは違いない。しかし、ワシの手の……はしの方とはいえ、掌の上の出来事じゃよ」
微妙な表現だが、完全に予想外でもなかったらしい。
「左様ですか。では、続きは永遠の夢の中でどうぞ」
聖女がくいっと首で合図をすると、控えていた二人の騎士が老司教を二人がかりで押さえつける。
白杖が砂浜に転がり、老司教は屈強な騎士に両側から捕らえられて身動きすらとれなくなった。
え、これ、どうするの?
ジイさん本当に大丈夫なの? 実は強がりなの? 助けていいの?
いや、コレ助けないとダメだろ!?
オレはどうやって助けるかと考えを巡らせた。




