『魔王島、海辺。さらに裏切られる者(2)』
皇子の言う通り聖女が裏切った。
いや、もともとそういう予定だったのだろう。
「ぐっ!?」
矢とは違う裂かれる痛みにうめく聖騎士。
宝物庫フロアで手に入れた例の魔剣包丁は、さすがに切れ味抜群らしい。
「念のため、もう一本どうぞ」
「ぐっ」
さらにもう一本を逆の右足につきたて、聖騎士が両ひざから流す血で白浜を赤く染める。
いくら聖騎士といえあの刃渡りの包丁を柄まで差し込まれれば、もはや立つことはかなわないだろう。
「第二皇子からのお言葉です。一度裏切った者は、二度、三度と裏切る。よって不要、と」
「お、お前とて……こんな秘密を抱えて、始末されないとでも?」
瞬時に状況を理解した顔になった聖騎士が呪うような声で聖女に問いかける。
「貴方が私を始末しようと思っていたように? おあいにく様。私はもとより教会の子飼いですし、なにより貴重なヒールの遣い手ですよ?」
かがみこんでいた聖女が立ち上がり、まさに見下すようにして聖騎士を侮蔑の目で見ている。
「国に戻れば教会内での地位が約束されていますし、それを使い、民衆の支持を第二皇子へ向くように工作もします。ただの裏切り者の貴方とは、能力も段取りも準備期間も今後の待遇……教会からの扱いも違うんですよ」
おお……またなにか事情が変わってきたんだが。
「弟は父王より神威を借る教皇を重視したか。今後は王室よりも教会が頂点となるだろう」
混乱しているオレと違って、落ち着きはらった皇子。
「真実を知る裏切り者の数は少ない方が良いですから。それが王族に近しい者となると後々厄介でしょう。聖騎士と聖女、どちらを残して使うかとすれば聖女でしょうね。皇子の顔を焼いた腐食手は暗殺にも拷問にも使えますし、聖女という立場も隠れ蓑としては絶好です」
シンルゥもこの事態に驚いていない。
「え、え? ツッチーどういうこと?」
「いや、オレもよくわからない。聖女が一番、悪者だった、のかな?」
そういうシンプルな話でもないんだろうが、説明を求められとそう言うしかない。
困惑するオレと妖精。
そんな中で、聖女が再び腕の長い手袋をとった。
腐臭と異臭が鼻をつく。
そしてゆっくりと聖騎士に近づく聖女。
ああ、今回もそうなるのか。
「ぐぅ……っ」
聖騎士の悲鳴ではない。その声は近くから聞こえてきた。
聖女の腐った腕を見て皇子が吐いたのだ。
完全にトラウマだ。気の毒すぎる。
「ぐ、がぁぁぁああああ!」
そして響く絶叫。
今度こそ聖騎士の声だ。
あれほどの男でも耐えられない苦痛とか想像もしたくない。
「ああ、聖騎士様のお顔が……ッ!」
サキちゃんの声で視線を戻せば、聖女が手袋をはずしたその手で聖騎士の顔をつかんでいた。
じゅうじゅうと肉の焦げるような音と異臭が周囲に広がっていく。
……グロすぎる。
いかん。
ちょっと離れていよう。
あんなのものマジマジと見ていたらオレもトラウマになる。
妖精にも見せたくないと思っていたが、すでにしっかりと目を自分の手でふさいでいた。
サキちゃんはミーちゃんの時と違って、この現状をどうにかできないかと視線をあちこちに回してアワアワしている。
他の魔族組は平然としていた。
あとシンルゥも平気……少なくとも表面上は平静な感じだ。
こちらは常に油断しないという雰囲気だが、それでも正視できるってのは修羅場慣れを感じる。
「貴方を義兄と敬愛していた皇子とおそろいですね。神に仕える身として、聖騎士殿の罪悪感が少しでも薄れますよう願います」
クスクスと笑う聖女と、絶叫しながら両手を泳ぐようにして宙をかきむしる聖騎士。
ようやく手を放すと、聖騎士が自分の顔をおさえてのたうち回る。
「生まれの違いだけで、人の価値……どころか、人を人とすら思わない者どもめ! 神罰よ、これは神罰よ!」
涙ながらに、しかし笑いながら、聖女は顔をおさえてうずくまった聖騎士の頭を踏みつける。
「この手を悪魔の手とののしり、私を生んだ両親を処刑したのはお前らと同じ貴族の領主だ! そしてこの悪魔の手を使えると言って拾ってくれたのは教会! 教会だけが私を救ってくれる! 教会だけが私を!」
髪をかきむしる聖女だったが……その髪がズルリと落ちた。
長い銀髪の下から現れたのは短い赤い髪。
銀髪のウィッグだったそれを拾い上げて聖女が笑う。
「聖女に赤い髪はふさわしくないからと用意されたコレが……この髪の元の持ち主が本来の聖女候補だったっていうんだから笑えるわ! まっとうな聖女より、こんな腕を持った女の方が使えるそうよ! そうよ、私は教会に認められている! 教会は私を必要としているの!」
……聖女、大丈夫か?
いや、人に過去ありき、とは言うがちょっと想像外だった。
だからこんなにも皇子や聖騎士を憎んでいたのか?
「ぐぐ……」
聖騎士はくぐもった声をあげるだけで返事をしない、いや、できないんだろう。
一方、オレの隣では、なんとか吐き気をおさえこんだ皇子だがその顔色は土気色だった。




