『魔王島、海辺。さらに裏切られる者』
「さて」
一呼吸おいて、聖騎士が船だけを残して無人となった船着き場を見る。
「オレは船の様子を見てくる。聖女はここで待て。グールなんぞと言って脅かしてしまったが、騎士達がグールに遅れをとるとは思えんし、もしそうであるならグールの群れだろう。そんなものに襲われたら、あんなに綺麗なままではいない。今も騎士たちをむさぼり、一晩は骨をしゃぶっているだろうからな」
「ひ……」
聖騎士の生々しい説明は、多分、実際に見た事があるのだろう。
説明を聞き終えたオレの感想は、グールこえー、に尽きる。
しかしグールって以前、どこかで聞いたよな?
いつだっけ?
「……ねぇツッチー」
「ん?」
妖精がついついとオレのほっぺをつつく。
「グールで思い出したけど……島にある壊れた大きな船、探検した時のこと覚えてる?」
「……ああ、覚えてる。そして思いだした」
あの時、人が禁忌を犯すとグールになる事があると教えてくれたのは妖精だ。
「……大丈夫よね? この島にグールなんていないよね?」
「い、いないはずだ。今、聖騎士も言ってたじゃん? 生きた人間がいると襲ってくるって。島にはたくさんのダークエルフもいるし、誰もそんなのものに襲われてないから大丈夫……」
え?
大丈夫だよね?
「……」
「……」
恐怖で沈黙するオレ達にシンルゥがすすっと近寄ってくる。
そして皇子に聞こえないように小声で。
「お二人ともご心配なさらず。この島にはお二人が不安に思うようなグールなんていませんよ」
ぱぁっと明るくなるオレと妖精。
シンルゥは島のあちこちを見て回ったりしてくれているので、まず間違いない。
「そっ、そっかー。そうだよなー!」
「そ、そうなんだ、ありがと、ルゥ!」
「ふふふ」
不安が払しょくされた瞬間というのは、なぜこうも生を感じられるのだろうか。
そして再び視線を聖騎士に戻す。
周囲を警戒するように、抜いた剣をかまえつつも船に近寄っていく。
砂浜に踏み入ると足がとられて、歩みが遅くなる。
それでも船へと近づき、森と船、その中間あたりまで聖騎士が進んだ時。
オレ達が隠れている森とは違う場所から……矢が射かけられた。
「あ」
目標は聖騎士だ。
「伏せていたか!?」
それに気づいた聖騎士が剣で矢を打ち払うものの、船からも何人もの射手が現れ、聖騎士に矢を放つ。
完全な挟み撃ちを受けた聖騎士が、降り注ぐ矢を防ぎきれることはなく、数本の矢を受けてついに倒れる。
「……兄貴」
事態にのまれていたオレは、皇子の呟きに意識を取り戻す。
「お、皇子。どうするんだ、これ?」
慌てるオレに対して、皇子はやけに落ち着いていた。
「……聖女は?」
そして聖女を探して視線をさまよわせる。
「あ、そうだ! 聖女は!?」
「お二方。聖女はあちらです。ふふ、教会側が上手だったというわけですね」
シンルゥが指さす先には、聖女が特に慌てた様子もなく歩き始めた所だった。
身を隠していた森から出て、倒れた聖騎士へと向かっていく。
「え、あぶな……」
「危なくはないさ。あの射手たちは今は軽装だが国教騎士団だろう。教会が自助目的として独自に指揮権を持っている兵たちだ」
「……ええ? それっていいの?」
つまりは国からの命令にも従わない兵力ということではないだろうか?
三権分立っぽく、それぞれが互いを監視する自浄作用を求めているからの存在、というわけではなさそうだし。
「皇子の立場からすれば面白くないさ。王室、教会、冒険者組合。それぞれが力を持っているからこそ、危うくも成り立っているのが我が国だ」
三つ巴ながらも、シンプルにパワーで拮抗しているわけだ。
健全な理由というより、互いが自分の利益や権力を確保しようという腹の中が見えているが。
そんなややこしいお国事情を話しながら、皇子が聖女の行く先を見る。
「魔王よ。聖女についていってもいいか?」
「あ、ああ、行こう」
皇子だけで追いかけるわけに行かない。
どういう事情なのかを知るためにも、オレたちは透明のまま近寄って状況を観察したい。
オレがやや早歩きになって先頭に立ち、サキちゃんがオレの袖につかまりつつついてくる。
肩には妖精、両サイドに皇子とシンルゥ。
「また何やら面倒な事になっていますな」
「人間というのは実に嘆かわしい。生き急ぎる事と命を粗末に扱う事は違うと思うのだがね」
「元人間の立場からすれば、それに違いはさほどありませんな」
「ふむ。それはそれで興味深い」
あいかわらずマイペースな幹部の二人も、最後方から隠形圏内を保ちつつノタノタついてくる。
今日の自分の仕事を終えて、あとは定時のベルを待っているような古株の職人みたいだ。
二代目社長とかだとヘタにものが言えない、腕はあるが扱いにくい人たちである。
頼むから隠形の範囲からはみ出るなよーと思いながら、聖女のもとへと急ぐオレ。
聖女は聖騎士の近くまで来ると、立ったまま見下ろして安否を確認する。
矢は腕や足などに矢が何本か刺さっているが、頭と体は剣と鎧で守られたらしく、命に別状はないようだった。
「聖騎士様、ご無事ですか?」
「ぐ……聖女、これは……」
「ご無事でしたか。では、念のため」
倒れている聖騎士の側にかがみこみ、聖女が聖騎士のヒザに深々とナイフを突き刺した。




