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メル・モルト・ダンジョン・アタック  作者: UMA20
第一章 第一節 邪念怨龍騎士 バグラアーマード
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第七話 悪意蔓延

 


「────え?」


 理解出来るはずもない。

 ロミアは確かに避けたはずだった。

 しかし身体は引っ張られ、気付いた時には地面の冷たさを味わっている。

 寝ている場合ではない。目の前には敵がいて、その敵を現在進行形で迎撃中なのだ。

 今すぐ立ち上がって、攻撃を──。


「──ぐ……か、はっ」


 何年振りかに、ロミアは血を吐いた。

 懐かしい喉に絡みつくような生命の感覚。

 気持ち悪さは折り紙付きで、今すぐ喉を引っ張り出して水で洗浄したくなる程の不快感。


 それだけではない。

 上半身が焼ける様に熱い。

 頬には夜で冷えた地面の感触を確かに感じているというのに、身体は反してマグマの様。


 判断がつかない。


「ミザ、オマエ──ッ!!!」


 アマンダの怒号が、揺らぐ意識に割り込む。


 ──何に叫んでいるのだろう。


 ロミアにはその判断がつかない。

 このタイミングで怒る必要性がどうにも感じられない。


「──あ」


 そこで漸く気付く。

 視界に広がる草原に不釣り合いな、赤。

 頬の感触に闖入する暖かな液体。

 それが紛れもなく、自身の身体から溢れ出た鮮血と判断するのに要した時間は、本人が数分と感じているのに対し、実に一瞬の話だった。


 ミザは嘲笑気味の視線をアマンダへと送ってから、下を見て笑った。


「ふ……ふ、ふふはははははっ!! まさか、この迷宮ダンジョン無刻印ノン・マーカーを連れてくる愚か者がいるとは、な。驚いて思わず思い出してしまった……。小汚い君が、私に話しかけて来た、あの時の記憶を」


 ミザの視線の先。

 倒れ、虚な目で見てくるロミアを見ながら、遠い記憶と照らし合わせた。

 長くボサボサの髪、右胸についた大火傷、腰巻以外は裸の、乞食のような見窄らしい青年が、パーティーに入れてくれないかと言ってきたあの時と。


 髪は短くなっている。

 服もとりあえずは着ている。

 しかし、その身から何も感じさせない無刻印ノン・マーカー特有のオーラの無さこそ、彼が彼たる証拠だろう。


「あぁ……喜ぶと良い。君はその価値のない命で、私と言う世界の財産を救ったのだ。誇りを持って逝くといい。だがまぁ……」


 先程までの好意的な笑みはどこかに消えて、泥沼を思わせる粘着質な嘲笑をミザは浮かべて言った。


「どうせ、私はまた忘れているだろうさ。君 程度のことなんて、ね」


 ミザはそのままロミアを跨いでいった。

 斬撃を放ち、隙が出来た首なし騎士(デュラハン)から少しでも逃れるために。


 ──あぁ、そういう事か。


 身体が動かないのは、斬られたその痛みから。

 右肩から腰までをバッサリと裂けた身体からは、血溜まりが出来る程の鮮血が垂れ流されている。

 真っ二つに斬れていないが、コレは致死量に到達していてもおかしくない。


 朦朧とした意識下の中、ミザは笑みを消し怒りの形相で男冒険者を睨んだ。


「まだ空間転移は出来ないのか!」


「も、申し訳ありません! どうやら術式の起動自体が、不可能になってまして……」


「なに……? コレもまた、首無し騎士(デュラハン)の能力というのか」


 狼狽に顔を歪める男冒険者を見て、ミザは再び目を細めた。


「全く、化け物め」


 そうして何かを覚悟したように、微笑む。

 額に汗を垂らし、開かれる目には決意が宿っていた。

 しかし、ミザの進む道のりはあまりに険しい。

 最強の敵に加えて──


「ミザッ! オマエまさか、五体満足でこの場から逃げれるなんて淡い妄想抱いてないだろうな──ワタシは! 今! 人を殺せる自信がある!」


 最強の味方が敵に回っていた。

 ミザに向けられる殺意の視線。

 アマンダは手を翳し、その前には嵐を凝縮したかなような、暴風の弾丸が出来上がっていた。


 息は荒く、瞳孔が開いている。

 もうアマンダには、正常な判断は出来ない。

 だが、英雄ブレイブたるアマンダを敵に回しても尚、ミザは顔色を変える事はなく、自然な立ち姿で言った。


「そうか……、好きなだけ恨めば良い。君のような子供が……それも堕神族ダークエルフが、英雄ブレイブになれた事は驚きだったし、無刻印ノン・マーカーを仲間に選ぶ愚かさも、予想外だったよ」


 獰猛な獣のように唸りを上げるアマンダ。

 もういつ、撃鉄が落とされてもおかしくはない。

 そのアマンダを前にして、ミザは更に激情を膨らせて言う。


「だからこそ、私は。

 万全を期して立ち向かった私は……! 

 多くの人間から期待される私はぁッ……!! 

 こんなところで負けるわけにはいかないのだよッ!!!」


 ミザは両手剣を思い切り振り上げて、地面に深々と刺しながら叫ぶ。

 真に力ある言葉を。


「“炎上結界”!!」


 剣が突き刺さった瞬間、剣を中心にガラスが割れるように地面に赤いヒビが出現する。

 徐々に割れていく大地は、まるで生き物のようにアマンダの足元に到達し、一瞬の内にアマンダを囲った。

 そしてそれは、準備完了の合図。


大地炎壁ゴル・ガイアールッ!!!」


 ミザの叫びと共に超高熱の炎が地面から噴き出した。

 炎が揺らめく事なく間欠泉でも噴き上がるように直立に燃え盛る炎の壁。


「──なッ!? あ、熱ッ!!」


 だがそれは側から見た景色であり、中に直接的な被害はない。

 それでも周りを超高熱の炎が囲っているのだから、皮膚に感じる熱量は絶大。

 汗は身体中から一斉に噴き出し、口の中の唾は一瞬で渇いてしまった。

 とても魔術を維持してられるだけの集中は保たず、暴風の弾丸は放たれる事なく解除された。


「チッ……六階位……くらいか! 一丁前に位の高い魔術だ!」


 しかしながら、アマンダは英雄ブレイブ

 この世界で百人もいない魔術師の一人だ。

 その彼女がやられっぱなしと言う事は絶対にあり得ない。


 すぐさま右手を地面へと押しつけて、力を込める。

 すると手のひらから放たれた風の波動が地面を這って炎壁にぶつかり、結界を揺らす。

 アマンダの見た目では数回打ち込めば充分に破壊出来る強度。


「早く……早く!!」


 アマンダは焦っていた。

 このままでは確実にミザに逃げられる。

 それではロミアの仇すらとれはしない。

 どころか、先に首なし騎士(デュラハン)の手によって殺されていてもおかしくない。

 そんな事は絶対に許さない。


 必ず、この手で、ワタシが──


 ---


 アマンダが閉じ込めた炎壁の出来の良さに、ミザは見惚れていた。

 炎魔術に加え、少しだけ闇魔術の要素も組み込んだ強力な結界。

 本来一日は閉じ込めておける結界だが、相手は英雄ブレイブだ。

 数分で破壊されてもおかしくはないが、少なくとも数分稼げる(・・・・・)可能性があればそれで充分なのだ。


 ミザは手のひらを空へと向ける。

 そこには黒いモヤが発生し、徐々に渦巻きながら収束していく。

 黒い小さな玉となり、小石程程まで収縮した次の瞬間。淡い閃光を放ち、モヤは爆発し晴れた。

 そして、ミザの手のひらには無かったはずのヘルムが出現していた。


「空間転移不可は人体にのみ作用する……か」


「先生!」


 確認するようにひとりごちれば、背後で立ち昇る炎壁の一つから声が上がる。


 男冒険者の声だった。


「も、申し訳ありません……僕が持つヘルムが消えてしまいました! ぼ、僕の不注意でどこかに落としたのかも……」


「大丈夫。ヘルムは、私が持っているよ」


「……え? で、でも一体どうやって……」


「魔術だよ。万が一の時の為に、実験しておいたんだ。空間に魔術が作用する類であれば、オリハルコンと言えど、転移が可能ではないか、とね」


「さ、さすが先生。世紀の大発見ですね! 僕達と考えることが違います! で、でも……僕達を閉じ込めるのと、それは何の関係が……」


 男冒険者が感じ取った違和感は正しい物だ。

 疑問に思うのは当然で、指摘するのも間違いじゃない。


 ──ミザはアマンダだけでなく、自身を除くその他全員を結界に閉じ込めた。

 首なし騎士(デュラハン)は勿論、仲間も、倒れるロミアさえも。


 だから、突然噴き出した炎に囲まれて男冒険者が狼狽するのも仕方ない話なのだ。

 信じるミザが何の理由か自分を閉じ込めた。

 幾ら頭を捻ったとしても答えは出ない。

 つまり何をしようとも、自身の死へのカウントダウンを遅らせるに過ぎない事を──男はまだ理解していなかった。


「君は……君達は生き残ったメンバーの中でも、純粋な性格だったね。いや、本当に」


 静かに、思い返すように語るミザの言葉はどこか、哀愁漂う優しい物だった。

 しかしそれは、愚かな動物を見下す傲慢な人の態度に過ぎないものだ。

 ミザのパーティーメンバーは最後まで、ソレに気付く事はなかった。

 誰一人として。


「よく言っていたじゃないか。“先生の為なら、何でもする(・・・・・)所存です”と」


「ま……まさか! 先生、そ、んな……嘘ですよ、ね……? 嘘ダァァァァッッッ!!!」


 炎壁の奥、見えない筈の男の表情が目に浮かぶようだった。

 触れもしない炎の壁に向かって、叫び続ける怨嗟の訴えは──ミザの心に届く事はない。


「喜びなさい。君達は、私が生きる為の、糧となるのだ」


 ミザは踵を返し、両手剣を腰にぶら下がる鞘へとしまう。

 ヘルムを脇に抱え、ミザは静かに“爆走ゴル・アクセル”と唱えた。

 背後から真実を否定するように、叫び声が夜の草原に木霊する。


「私は、君達のようなパーティーメンバーを組めた事、非常に嬉しく思うよ──まぁ」


 足裏から噴射する炎は足元の草を一瞬にして焼き払った。

 炎の勢いで少し浮かび上がったミザはそのまま身体を前方へと傾けて、一瞥も振り返らずに言う。


「もう名前も、覚えてないけれど、ね」


 足裏を爆発させての超加速。

 鳥よりも速く、海を泳ぐ魚よりも俊敏。

 背後で燃え盛っていた炎壁は、既に遠く彼方だ。

 もう、叫び声は聞こえない。



 ──もう、そろそろ良いだろう。



 “爆走ゴル・アクセル”による超加速は見事、戦場離脱を可能にした。

 ミザの背後にはもう、煌々と立ち昇っていた炎壁でさえ視認できない。

 それを一瞥して確認しながら、ミザは足裏の炎を調節。

 徐々に衰えさせながら、バランスを崩さないよう細心の注意を張り巡らせる。


「速いのは申し分ないが……幾分、減速に失敗すると危険を伴うのがたまに傷、かな」


 緩やかな減速に成功。

 もし成功していなければ、自身の速度に翻弄され地面に頭から転倒し、全身打撲では済まない傷を負っていたことだろう。


 自身の炎でついた灰を払う。

 身体には傷一つなく、周りには誰一人いない。

 背後に永遠と続く草原の黒い焼け跡が、夜の闇の中淡く燃え、一人逃げた事を責め立てる。

 チリチリと、火花をあげている地面を見つめ、ミザは思い切り踏み潰した。


「問題は無いさ。私はいずれ、英雄ブレイブになる逸材。その私がこんな映えない場で死ぬわけにはいかない」


 首尾良く首無し騎士(デュラハン)から逃亡出来たのだ、道草を食っている暇はない。

 ミザはすぐさま、金の小鐘を取り出して魔力を込める。


 そして、振った。


「────なに」


 鳴らない。


 確かに魔物から逃げ果せた筈。

 最早、自身の道を揺るがす障害など何一つない──はずだった。


 ──死神が迫っている。


 背後の遥か遠くがやけに明るい。

 草原に刻まれた逃亡の轍。

 それを一寸の狂いなく、なぞって追いかけてくる者が見える。


 青白い炎を纏う、首が無い馬だった。

 鎧のみで、身体を構築するのは魂を思わせる青白い炎。

 草原を駆け抜けるのが心地良さそうに跳ねながら、こちらへと向かっている。

 ──首無し鎧馬(コシュタース)に跨った、首無し騎士(デュラハン)が。


「──化け、物め……!」


 その姿を死神と例えず、何に例えよう。


 首を返せ。

 それは、私のものだ──!


 そう訴えるように、首無し騎士(デュラハン)の首の根本から、青白い炎が噴き出す。

 既に右手には漆黒の剣が構えられている。

 このまま接敵し、勝てる可能性はほぼ──ゼロ。

 ミザ自身理解していた。

 それでも──逃亡の手段も尽きたのならば。


「こんなところで私はァァァァッッッ!!!」


 夜闇に叫ぶ。

 純白と紅の剣を振り上げ、全力の魔力を乗せて立ち向かう。

 しかし、その勇姿を見届ける者は誰もいない。

 彼の周りには誰一人、いないのだから。


 ---


「とりゃぁぁぁぁっっ!!!」


 拳に魔力を集め産み出した、凝縮された暴風を思い切り地面へと叩きつける。

 強烈な振動と共に、暴風が周囲へと拡散される。

 鬩ぎ合う炎と風。

 しかし遂に炎が押され始め、バァンという轟音と共に結界は破壊された。


 ──一分と経たずに破壊された炎壁。

 アマンダは灼熱に囲まれ、結界破壊の為それなりに魔力を消費したにも関わらず、汗一つかいていない。


 通常一日は保つ結界。

 見立てでは五分は保つと予想された結界が、一分と経たずに、破壊された。


 彼女は彼女で、化け物じみていた。


「……舐めた真似されて、しかもバッチリ逃げられるなんて。ワタシもまだまだかな」


 さすがに多少は疲れたのか、姿勢を正し首をくるくる回すアマンダ。

 怒りは大分鎮静化していたようだったが、


「──ロミア!!」


 目の前で倒れているロミアを見て、事の重大さを思い出した。

 怒りに我を忘れかけていたアマンダだ。

 仕方ないとも言えるが、アマンダ自身その不甲斐なさに心の中で罵倒する。


 ──ばか! なんでワタシはアイツを倒す事ばっか考えて、助ける事を忘れてる!


 すぐに駆け寄り、俯せになっていたロミアの身体をひっくり返した。

 ロミアの身体を包む程広がっていた血溜まりは、なぜか固まっていたがそこまでアマンダの気は回らない。


 なぜなら、ひっくり返した先にあったのは、


「随分焦った顔、してますね」


 ロミアの意外と平気そうな顔だったからだ。


「このバカ!」


「あいてっ。顔引っ叩かないでくださいよ。僕、これでも重傷ですよ?」


「重傷のヤツがニヤニヤするな! するならもっと苦しそうにしろ!」


「………………う、うぁ〜〜っ、し、死ぬぅー」


「今更遅いわ! 演技臭いし!」


 腕を上げて呻き声っぽいものをあげたロミアだったが、再びアマンダのビンタが炸裂。

 殴る蹴るの痛みは鍛えているので慣れているロミアだが、意外とビンタの皮膚全体に広がるじんわりとした痛みは辛かった。


 しかも二回続けて同じ場所を叩かれたならば、自ずと痛みも増す。


「にしてもオマエ……どうして」


「この傷ですか? これくらいは慣れてますから(・・・・・・・)。森で鍛錬してたので、魔獣の爪で切り裂かれるなんてよくありました」


 よくあった。

 慣れている。


 そんな言葉で片付けられるような傷ではなかった。

 肩から腰に掛けてを、剣で思い切り斬られたのだ。

 血溜まりも身体全体を覆うほど広がっているのだから、致命傷だったのは間違いない。


 だからこそアマンダは目を疑った。

 その傷が──もう塞がっている事に。


「呼吸法ですよ。傷を塞いで、治癒能力を高める……。さすがに治すことは出来ませんが、死を遠ざけるくらいなら出来ます。それに斬られる瞬間、筋肉もしめたので意外と深くないですよ、傷」


「呼吸法って……、そんなその場しのぎの回復術がここまで効果あるなんて──」


 傷の回復を早める呼吸法があり、極小数の名のある武術家であれば使える──という事くらいはアマンダも理解している。

 だが、眼前で起きている回復は異常だった。

 数分前に出来た傷がもう、塞がっている。


 回復用のポーションを使ったならばいざ知らず、呼吸だけで傷の回復をするなど──反則じゃないのか。


「鍛錬の成果ですね。兎に角僕は回復と受け身、それと突きを練習してましたから。まぁ、慣れ、ですよね」


「…………そう、か。まぁ、無事だったなら、問題はない、のか」


 死んだ──と、そう直感した。

 アマンダはロミアが漆黒の剣でバッサリと斬られたあの瞬間、鮮血が噴き出し身体が糸の切れた人形のように崩れていくあの瞬間に、死んだと感じたのだ。

 思ったのではない。

 感じた(・・・)のだ。


 それは冒険者として、持つべき感覚の一つ。

 生死を目で見て判断する事だ。

 仲間が死んだと判断出来たなら無駄な救助に行かなくて済むし、生きているなら即座に行動出来る。

 敵の死んだ振りも見過ごすことはない。


 その能力が抜きん出て高いアマンダが、死んだと感じる程の傷。

 それを治すロミアはきっと、想像以上に普通じゃない。


 だが、ロミアが普通じゃないとして何になるのか。

 死んだと思った人間が死んでいなかった。

 それで充分だろう。

 本当に──死んでしまっているよりか。


「ちくしょうぉっ!!」


 やっとアマンダが平静を取り戻した中、ドンっという音と共に、背後から慙愧ざんきの叫び声が上がる。

 地面へと拳を叩き付ける、男冒険者のものだった。

 女冒険者が駆け寄っていく。


「ち、ちょっと……」


「お前は直接聞いてないからそんな冷静なんだ! アイツ……あの野郎俺たちの事最初から囮にするつもりだったんだ!! くそッ!!」


「先生がそんな事するわけないじゃない! 目を覚まして!」


「目を覚ますのはそっちだろ!? 結界はられて、気が付けばミザも首なし騎士(デュラハン)もいない! ここから逃げて、追われたのさ! ザマァみろってんだ、あはははははっ!!!」


 男冒険者は狂ったように笑う。

 いや実際、信じていた者に裏切られてしまった彼ならば、狂ってしまってもおかしくはない。

 もう彼を治す(みちびく)者はいないのだから。


「そういえば俺も思い出したぜぇ……、お前、塔の前で媚び売ってた無刻印ノン・マーカーだよなぁ?」


 ふらつきながら立ち上がる男冒険者は肉体だけでなく、精神も不安定だ。

 見下みおろすように、見下みくだすように、下卑た下品な顔で、男冒険者はロミア達を指差した。


「お、お前みたいな非人がヨォォ……どうぅぅして、こんなとこいんだよぉ……!! テメェら見たいなゴミ屑は、俺ら刻印者マーカーの目に付かないように、せこせこいそいそと虫のように生きてりゃいいんだヨォっ! それが何でこんなとこいんだヨォって!!」


「…………」


「おッカシイだろ? 何の力もない無刻印ノン・マーカーがここに来れる理由なんかねぇじゃねぇかヨォっ!? それなのになんだよ……英雄ブレイブ? はっ! ただの堕落した、小汚ねぇエルフじゃねぇか! 無刻印ノン・マーカーなんて連れ回して、実力を盾にした無能がさぁっ!!」


 女冒険者は横にいながら反論をしない。

 男冒険者がまくし立てる罵倒の数々をただ傍観していた。

 それもそのはず。無刻印ノン・マーカーとはそれだけで差別の対象であり、一生付き纏う呪いだ。

 だからこそ、どれだけ男が悪辣な態度でロミアを責めようともロミアは動じない。

 この十年で差別されるのには慣れてしまった──しかしながら、この場には慣れていない者がいるのも事実だった。


「オマエ──“ディスクリム”の国出身だな」


 アマンダは未だ傷の痛みで横たわるロミアを支えながら、見下ろしてくる男冒険者を鋭く睨む。

 だが、


「ひひっ……だからなんだよ」


 男冒険者は問題ないと言わんばかりに吐き捨て、腰から剣を抜いた。


無刻印ノン・マーカーが非人なのは、世界共通だろ? 俺の国が特別差別してるわけじゃあない。たまたま、うちの国の王様が無刻印ノン・マーカーが嫌いだっただけサァ」


「先に言っておく。それ以上近付けば、ワタシはオマエを殺すぞ」


「へへへっ。超人エヴォルの冒険者には見捨てられ、これ以上階層を登ろうにも到底敵わない敵がいる……、それで次は? 英雄ブレイブが敵かっ!? アハハハ! いいじゃん、お前がただのクソ餓鬼かそうじゃないか、俺が再試験してや────ゔ」


 本当に後一歩。

 じりじりと忍び寄ってきた男冒険者が、後一歩でも踏み込めば即座にアマンダは首を跳ねるつもりだった。

 ──だが、その役割は皮肉にも予想外な者に奪われた。


「げ、ご、あ──」


 アマンダの頬に鮮血が飛び散る。

 突然の事態に、対処が出来ない。

 目の前では男冒険者が膝から崩れ落ち、倒れるさまがゆっくりと映っている。

 首の中程に漆黒の剣が突き刺さり、喉を抑える間も無く白目になった男冒険者が、倒れる瞬間が。


 そして──漸く、それを実行した主人をアマンダの視界が捉えた。


 男冒険者の真後ろ。

 突き立てた漆黒の剣を引き抜く首無し騎士(デュラハン)

 その背後で青白い炎に包まれて消えゆく首無し鎧馬(コシュタース)


 事態の把握が出来ない。


 背後の馬は何? 先程まであんなものはいなかった。

 どっから現れた?

 なぜワタシの風魔術索敵に反応しない?


 様々な疑問が嵐のように脳内で逆巻いて、首なし騎士(デュラハン)の漆黒の剣が、女冒険者の首へと向かっていくのが見えた。

 助けなければならない。


 ──なぜ?


 命は大切だと教わったからだ。

 故郷のあの森で、命は何よりも大切で救える力がある自分は、あらん限りの命を救わなければならない。

 そんな使命に駆られて生きていた。


 ──だが今は違う。


 そうだ。

 目の前の女冒険者はロミアをばかにした。

 無刻印ノン・マーカーとばかにした。

 非人と差別したのだ。

 そんな人間を、救う必要が果たしてあるのか。

 いや、無い。

 救われるべき生命と、救われない生命は等価では無い。

 だからこそ選別しなくてはならない。

 救うべき生命を、自身の裁量で。


 今、アマンダがすべき事は全力でロミアを守る事。

 パーティーメンバーであるロミアを守る事だ。


 ──でもワタシも、出会ったとき、ばかにしていなかったっけ。


 そんな自分に、人を救う選別をする資格はあるのか。

 いや、無い。


 そんな偉そうに言える立場などではない。

 誰もを救える、誠実で清廉な“アマンダ”はもういない。

 だからこそ、この過ちは必ず言葉にして謝罪をしなければならない。

 この戦いが終わったら、必ず。

 直接、ロミアに。


 だから今はやはり、全力でロミアを守ることだけを優先して────


らせ──」


 だが──放心状態のアマンダは失念していた。

 アマンダの風魔術索敵に引っかからない首なし騎士(デュラハン)を最初に捉えたのが、一体誰だったのか。


「──ませんよ」


 女冒険者の首へと薙いだ漆黒の剣は寸前で止まる。

 両手で挟み込み受け止めた、ロミアによって。

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