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メル・モルト・ダンジョン・アタック  作者: UMA20
第一章 第一節 邪念怨龍騎士 バグラアーマード
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第三話 荷物持ち、出番なく

 

 ここで少し昔話。

 今から千年前、ある種族が誕生した。

 堕神族(ダークエルフ)小神族(エルフ)から派生した一族である。


 神の使いとされる小神族エルフは、長寿と強力な魔力の加護を得ることで、最強の種族の一つと数えられている。


 清く美しく、いつまでも聡明な心を持ち、凡ゆる生物に慈悲をかけるまさしく神の如し生命体。

 それが小神族エルフ

 本人達は神との関係を否定しているが、加護の強力さは他の種族と比べ物にならない。


 加護は魔術と違い、先天的に与えられる特殊能力だ。

 魔力を通さずとも常時発動する加護は、一個人が所有出来るのは三つと、世界の法則で定められている強力な能力。

 生涯持たない者もいれば、生まれてから所有していたり、種族として所有していたりと、個体としての優劣が最もハッキリ出る才の一つだろう。


 小神族エルフの種族として所有する加護は、魔力の強化と、寿命が伸びるという単純な物だが、それが強力であった。

 単純に一の威力の魔術を五倍で撃てると考えればその強さは考えるまでもなく、その加護を種族全体で持てるのは────反則級な訳である。


 故に古来より小神族エルフは、現在(いま)を支えると言われる世界樹“世界を記す神樹(ユグドラシル)”の近くに村を作り、守っている。


 そんな最強の種族の一角であるエルフ(かれら)にもエルフ(かれら)なりのルールがあった。

 一つ利己的な殺傷を禁ず。

 一つ自然を汚す行為を禁ず。

 一つ神を冒涜する行為を禁ず。

 この三つである。


 一種の行動を束縛するルール故に、彼らは最強の種として存在しているのかもしれない。

 ルールの中に神の冒涜を禁じる項目もあるのだ。敬虔な信徒を神も裏切りはしないのだろう。


 だが千年前、ルールを破った者がいた。

 破るだけに飽き足らず、己の魔力を鏖殺おうさつの限りを尽くす為に使用した小神族エルフがいた。

 それを人はアルトムと呼んだ。

 別名を“邪神”、千年前の堕神族ダークエルフVS世界全体の種族による大戦、邪神大戦の引き金を引いた堕神族ダークエルフだ。


 両親を殺し、里の小神族エルフを殺し回ったアルトムはその身を血に染めて、肌を黒く変化させていったと言う。

 そして産まれたのが、堕神族ダークエルフ

 褐色の肌に銀髪が特徴の種族である。


 後にアルトムは勇者との決戦の末に退治されるわけだが、その時勢力を伸ばした堕神族ダークエルフと言う種族は現在でも生き残り、細々と暮らしているらしい。

 元々邪神側だった種族だ。全種族の敵なのだから歓迎のされようもないが、今の堕神族ダークエルフ達に罪はない。

 とある国家では国民となる事を全面的に受け入れていたりもするらしいが、それでも人々のあたりの強さは変わらない。


「冒険の必需品っぽいもんはある程度そのリュックサックに入ってる。他に何か欲しい物あれば先に言っておけよな」


 今、ロミア達は街道を通って目的地である“ᛚᛁᛒᚱᚨ(ライブラ)”へと向かっている途中。

 準備されていた巨大なリュックを背負い、ロミアは目の前をてこてこ歩くアマンダについて行っている。


 勿論、自分を先導している幼い見た目の少女が堕神族ダークエルフである事くらい、ロミアは理解していた。

 唯一知識と違う点は髪の色だが、長い耳に褐色とまで来れば他の種族とは思えない。


 長く蔑まれて来たロミアだ。

 似た境遇のアマンダを特に嫌悪したりするわけではないが、どうしても聞きたい事があった。


「あの、アマンダさん」


「なに?」


 振り返るフードから丸い金瞳を覗かせて訊いてくる。


 黒いフード付きローブは種族を隠すため。

 人目を引かない目的でも、上裸に大火傷の跡、服は腰巻のみのロミアが背後にいれば無駄な努力と言える。

 そもロミアはこの町でも有名な人物なのだ。

 その彼が、少女に小間使いのように扱われ、デカいリュックを背負っているならば、自ずと目も引こう。


 それでも大通りの真ん中を堂々と歩いて行くのは、アマンダの性格が色濃く出ていた。


「単純に、気になった事なんですけど」


「おお、イイぞ。疑問は早いうちに払拭しといた方がいい」


「どうして、英雄ブレイブの称号を持っているのに仲間が他にいないんですか?」


「……」


 直前までの気軽さは何処へ行ったのか、アマンダは目を逸らす。

 ロミアはかまいもせず、追い討ちをかける。


「正直な話、アマンダさんが僕を指名した理由が、ピンと来ないんですが──」


「何か、勘違いしてるみたいだから先に言っておくけど」


 突然アマンダが振り返り、その指先を鼻先にツンと突き付ける。


「どうしてオマエを選んだか、分かるか?」


「え、まぁ、僕の目的に共感してくれた……みたいな」


「違う。それはあくまでもワタシの気が合う合わないの話だ」


 鼻の先に当てられていた指は徐々に落ちていき、胸に到達する。

 言い聞かせるように何度も胸を突きながら、嫌らしい笑みで言った。


「オマエは、荷物持ち(・・・・)さ」


「に、荷物持ち……?」


「見るからに強靭な肉体。そして感情移入出来なくもない理由。この二つから、オマエは映えあるワタシの荷物持ち役に選ばれたってわけ。クククッ……じゃなかったら、好き好んで無刻印ノン・マーカーと組んだりしない。それにオマエは」


 自分の腕についた黒の腕輪を弾いて言う。


「──正式な冒険者じゃあない、だろ?」


 鼻で笑うように黒のローブを翻し、再び歩き出したアマンダ。

 罵られているのに慣れているロミアと言えども、つい先程まで涙を流して感謝をしていた相手に冷たくあしらわれれば呆然ともなる。

 しかし、彼女の言い分は正しく、ロミアは冒険者ではない。

 冒険者の証である腕輪をつけていないからだ。

 あくまで荷物持ち、その言い分は正論だった。


「荷物持ちは荷物持ちらしく、荷物持ちっぽく荷物を運んでいればいい。利害の一致だ。まぁ、心配はするな」


 嫌味ったらしくアマンダは笑って、


「魔物魔獣が現れた時は守ってやるさ」


 そう終えた。

 アマンダくらいの小さな女の子から「守ってやる」と言われるのは、男として屈辱ではあったが。

 文句を言えるはずもなく、言う気もない。

 アマンダのおかげで念願の“ᛚᛁᛒᚱᚨ(ライブラ)”に入ることが出来るのだから。

 ロミアは静かにアマンダについて行く。


 道中、アマンダの提案で服を購入。

 ロミアは余計な物をなるべく着たくないと言ったが、風邪を引かれても困るし、男の裸を長く見たくないし、そも腰巻が汚い、などの理由から簡素な布の服を身に付ける事になった。

 森の奥地に住む野人から、筋肉だけは一流の見た目農民姿程度にはなったロミアであった。


 そして──町の東に聳える巨大な塔。

 ギースの町の直径と同等の大きさを持ち、かつ天まで伸び続ける巨大建築迷宮。

 遥か数千キロからでも観測でき、入った人間は二度と出られない“不逃”の制約を持つ迷宮ダンジョンᛚᛁᛒᚱᚨ(ライブラ)


 そこへと至る長い石階段に到達した。


「デカイ……」


 視界全てを埋め尽くす程に巨大。

 空を覆う夜の闇さえも、この迷宮ダンジョンに塗り潰された。

 目の前に真っ直ぐ続く石階段。

 その先に淡く見える炎の灯り。

 そして待つのは、“ᛚᛁᛒᚱᚨ(ライブラ)”の入り口。


「おい、何してるんだ。主人を先に行かせるのか!」


「あ、あぁ。すいません」


 いつから主従の関係になったのか。

 アマンダは数十段程高い位置まで登っており、小さな頬を膨らませている。

 ロミアもリュックサックを担ぎ直して、急いで登っていく。


 一段一段、踏み締めて登る。


 ブロンズリットの森からも勿論、“ᛚᛁᛒᚱᚨ(ライブラ)”の塔は見えていた。

 恋焦がれるように毎日毎日眺めていた迷宮ダンジョン

 冒険者になった時の為、魔獣の皮や肝を売って本を買い勉強し、力と共に知識も貯めた。

 迷宮ダンジョンに行っても大丈夫、と師匠から許しを得た五年前。

 冒険者でなければ入る事は許されないと突き返された、あの入り口を。


 遂に──この日が訪れたのだ。


 遠い過去を振り返りながら、長い階段を登った先、五メートルはあろう荘厳な石扉が視界に映る。

 その横、松明に照らされたローブを被った冒険者協会の門番。


 男との視線が交差する。


「また来たか。無刻印ノン・マーカー


「また来ましたよ」


 大きな杖を持ち、座布団の上で胡座をかく男。

 彼はここの門番であり、一日中ここで見張りをしている。

 無謀な挑戦者じさつしがんしゃを中に入れないために。


「久しぶりの再会かと思えば、なんだ。可愛いいお客さんと一緒じゃないか。しかもとびきりの上玉だ……。どうやっておとした?」


「おとしたというか、僕がおとされたというか」


「なにぃ……? お前が誘われたのか? 正気の沙汰とは思えない……が、納得も出来る」


 男は顎髭を触りながら、アマンダの黒腕輪を見て笑った。


「なにせここに英雄ブレイブが来たのは初めてだ。世界で百人もいない称号の持つ人間の考えることなんざ、分かるはずもない」


「そうかもな。少なくとも、こんな所で門番任されてる雑魚雑魚には、一生理解出来ない領域さ……ククッ」


 見下したアマンダの言葉は友好とは掛け離れていた。

 初対面同士の言葉とは思えず、ロミアは一人置いていかれる。

 男はカッカとアマンダの言葉を笑って受け流す。


「それで? 白の腕輪はしてねぇのか。無刻印ノン・マーカー


「一応、冒険者のパーティー登録はして貰いましたよ。アマンダさんの従者として」


「ははっ、そりゃそうか。無刻印ノン・マーカーじゃ冒険者にはなれねぇよな」


「僕の夢は勇者になる事です。別に、冒険者の称号が欲しいわけじゃない」


「ふん、まぁなんでもいいさ。どちらにしたってお前は約束を果たした。ここに次来る時は、入れて貰いますって……言ってたもんなぁ」


 負けた負けたと言う男。

 アマンダは不機嫌そうに言う。


「いいからさっさとしろよな。ワタシは気が短いぞ」


「おいおい、いても仕方ねぇ。どうせ入っても、何階あるかわからねぇんだ。

 ……まぁ、早くしないと結界をぶっ壊されかねないからなぁ。さっさと開けることにしよう」


 男が杖を叩くと、石扉が外側に開いていく。

 骨まで揺らす地鳴りと共に、迷宮ダンジョンへの入り口が現れる。

 空間を捻じ曲げ出現する黒い渦。

 直接塔に踏み入るのではなく、空間転送される魔術的侵入方法。

 ロミアは唾を飲み込んだ。


「精々気をつけるといい。今まで帰ってきた奴は、いねぇんだからなぁ」


「精々心の準備をしてなよ。次にワタシ達が出てくる時は、ここを攻略した時だから」


 互いに別れの言葉を済ませたところでアマンダは躊躇することなく渦の中へと歩いて行った。


 あとは、ロミアだけ。

 ゆっくり近づいて行く。

 近付けば近づく程、扉の大きさに圧倒される。


 ──まるで、扉に見下ろされているよう。


 入口は塔が開ける大きな口に見えた。

 そう考えた途端、今から自分は巨大な怪物に飲み込まれに行く、なんて妄想をして、ロミアは内心ワクワクしながら闇の渦へと飛び込んだ。


 闇の中は適温で、周囲全てが闇一色。

 視認できるのは自分自身とアマンダのみ。

 地面が無い足元はやっぱり闇で、硬い感触を足裏で感じながらも、落ちるのではないかと不安になる。

 そんな不安定な空間にロミアが立ち止まっていると、


「何してんだよ。こっちこっち」


 そう言って、ロミアの手を小さな手が引いて行く。

 悪戯に笑い、掴まれる手は小さく暖かい。

 自分より小さな存在だというのに、自分を荷物持ちと揶揄した少女だというのに、肌が触れた瞬間、不安は消えた。


 ふわりふわりと身体が浮く。


 跳ねるようにして闇の中を二人で歩く。

 東西南北、上下左右が混濁した世界では、進んだ距離もゴールもわからない。

 そこを自信満々に歩いて行く少女は、恐ろしい程の頼り甲斐があった。


「さぁ、着いたみたいだね」


 そして──闇は晴れ、眼光を刺す強烈な光に目を閉じる。

 研ぎ澄まされた感覚は色々な物を一気に感じた。

 冷たいそよ風が肌を優しく撫で、鼻孔を擽る新鮮な空気は吸うだけで心地よい。

 風に雑草らが揺れ、葉の擦り会う音が一つの音楽を作り上げていた。

 まるで今まで狭い水槽で暮らしていた魚が大海原に出たかのような快感。

 それを証明する光景が眼前に広がっていた。


 地平線の彼方まで見渡す限りの草原と、青い空に浮かぶ白い雲、そこから覗く丸い月。

 彼方には山や森さえ見える広大な草原だった。


「塔の中に草原……?」


「へぇ〜、さっきの空間は入り口を特定しない為のものだと思ったけど、そもそも異空間への入り口だったってわけだ。面白い面白い……クククッ」


 納得し、満足げに笑うアマンダ。

 傍で状況を把握しておらず、草原をボォーッと眺めているロミアを見て、面倒くさそうに溜息をつく。


「つまり、塔の中は魔術的に創造された空間が階層になってるのさ。ここは一階層に割り当てられた空間で、草原のステージ、といったところじゃない?」


「なるほど……。僕はてっきり、お城の中見たいのを想定してましたが」


「そこが狙いなんだろうさ。飛び込んでみたら、中なのに外に出るんだ。半端な雑魚冒険者なら焦る焦る……」


 クククッ、と笑うアマンダの姿は悪役そのものだが、笑い方はどこかわざとらしい。

 きっとこの塔の制作者も同じくらい意地悪いやつなのかもしれない、とロミアは心の中でひっそりと思った。


「とりあえずは探索して、塔のルールを知る必要があるな。上に上がる方法、広さ、魔獣魔物の生息、“不逃”以外の他の魔術的縛りがないか、とかな」


「わかりました……が、そこら辺、魔術関係は僕よくわからないのでお任せしま──ん」


 肌に感じた寒気に、ロミアは敏感に反応した。


 辺りは変わらない草原。

 しかし様子がおかしい。


 合唱する草達の音に違和感がある。

 肌にピリつくような敵意を感じるのに、敵の臭いが全くしない。

 ただ、気配のみが周りに集まってくる。


「アマンダさん」


「へぇ、オマエも気付いた? 感心感心。割と鍛えてる成果、出てるじゃないの」


「……茶化さないでください。結構多いですよ」


「ふん、数は……六か。歓迎としちゃ、些か物足りないところだ──」


 月光に照らされる草原の中、擬態していた敵が遂に姿を現す。

 極限まで身体を平くし、地面にへばりついた魔獣が六匹。

 獲物に姿を見られたや否や、殺気を振りまきながら立つのは蜥蜴の姿をした二足歩行型魔獣。


 冒険者から盗んだのだろう防具を身につけ、全員が刀や剣といった武器を装備している

 それは蜥蜴兵士リザルドと呼ばれる最下位D級の魔獣。


 しかし群れを成した彼らは熟練の冒険者でさえ、容易く仕留める知能と攻撃力を有している。

 油断は出来ない相手であり、ロミアは万全を期す為リュックを地面に降ろした。

 そして、ロミアが拳を構えた瞬間、


「──ワタシ相手じゃ、千体いたって足らないさ!」


 髪を靡かせる微風と共に蜥蜴兵士リザルドの首が六つ、虚空を舞っていた。


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