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メル・モルト・ダンジョン・アタック  作者: UMA20
第一章 第一節 邪念怨龍騎士 バグラアーマード
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第一話 夢

 

 この世界の人間には魔力がある。

 それぞれ量は違えど、少なからず魔力を身体に内包している。


 しかし魔力を消費し、行使する“魔術”は平等に使えなかった。


 ──刻印。


 それは魔力を消費──ひいては魔術を行使することの許された者だけに刻まれる、紋章のことを言う。


 種類は少なく、ほとんどが腕に出現する。

 色は様々で時には眼などにも確認されるこの刻印は、十歳までに身体に現れ、刻印を持つ人間を、魔術師もしくは刻印者(マーカー)と呼んだ。


 だが、誰もが当たり前に持つこの刻印を、持たざる者がいた。

 それがこの世界で1%未満の人種──無刻印(ノン・マーカー)


 人に、“人”ではないと蔑まれた、非人種である。


 ---


 ブロンズリットの森──奥地、滝壺にて。


 ブロンズリットの奥地にある滝壺は直径二〜三十メートル程の大きさであり、流れ落ちて来る滝も豪快だ。

 深さは十メートル以上あり、この滝壺には様々な水棲生物が住んでいる。


 水自体も、山の上から流れてくる新鮮なもので透き通っている。


 つまり生息する魚や野草は総じて綺麗であり、美味い(・・・)

 この事からブロンズリットの採集任務の中には、釣りなんて変わり種もあったりする。


 採集任務以外でも釣りにやって来る人間がいる程、好評なブロンズリットの魚。

 そんな魚を狙いに、朝から釣りをして遂に八時間を経過しようとしている男がいた。


「……ハァ、今日も引っかかる気配すらありません。魚に嫌われてるのでしょうかねぇ」


 印象的な丸メガネに肩まで伸びた黒髪。

 上下一体化した民族衣装を着た細目の男。


 彼は直径二メートル程ある大岩に座り込み、釣り糸を滝壺へと垂らしている。

 脇にある木製のバケツは虚しく底が映っていた。


「おかしいですねぇ。小魚の群れが目の前で泳いでいるのに……。やはり、餌をつけないと釣れないんでしょうか」


 これ見よがしに溜息を吐く。


 それもそのはず。

 この男、釣りを初めて既に五年ほど経つが、未だに一匹として釣れていない。

 しかし、「魚は光り物を食べる習性があるのだから釣り針だけでもきっと引っかかるはずです!」と弟子に断言してしまった以上、釣らなければ師匠の面子が立たない。


 自分でも薄々釣れないのではないかと感じているが、これは最早男の意地なのだった。


「師匠ー。只今、戻りました〜」


 と、水面下で自分を嘲笑ってるようにも見える魚と睨めっこしていると、青年が笑顔で魔獣を引き摺り、森から姿を見せる。


「おお、ロミア……」


 ロミア。

 ロミア・アナスタシス。

 それが青年の名だった。


 ここに二人で住み始めてもう八年程。

 自分の弟子──ロミアが魔獣を引き摺って来る姿は見慣れたものだったが、今日は一風変わっていた。


 岩から羽のように柔らかく跳んで、すたりと着地し、ロミアを出迎える。


「今日もまた豪勢な食事になりそうです。それで……彼は?」


 師匠が指差す先に合わせて、ロミア視線を合わせる。

 青年が引き摺って来た魔獣、

 “四腕猿クワトロアーム・エイプ”に、

 “悪奥魔熊(デビック・ベア)”。


 その上には、抱き付くようにして気絶したギナーが乗せられていた。


「ああ……。彼、森で魔獣に襲われていたようなんで助けたつもりだったんですが、なぜか僕の顔見て気絶しちゃったんですよね……」


 と頭を掻くロミアを見て、師匠は揶揄うように笑った。


「プププ。ま、ロミアくんは見た目『オレノモリ アラスヤツ クウ』とか言いそうな野人ですから仕方ないですね」


「えーっ。僕、食欲旺盛な自覚ありますけど、人はさすがに食べませんよぅ」


「いや……そういう意味じゃないですから。ま、そもそも修行のしすぎでお昼の時間はとっくに過ぎてますし、さっさと昼食としましょうか」


「まぁ……非常時になったらやむをえないのか……? うむむむ」


 なんて。ロミアは頭を悩ませる。

 そんないつものやりとりを交わした後、二人は少し遅めの昼食をとるのであった。



 滝壺の近くは、季節関係なく涼しい。

 いや、冬になれば涼しいどころか間違いなく寒いし、ドォドォと終始聞こえる滝も寒さを助長しているが、ここで暮らす二人にとっては慣れたものだ。

 魔獣と一戦闘を終えて、汗をかいた身体には存外心地よい涼しさであった。


 そんな自然の中、砂利の上で焚き火をして、丸焼きにした魔獣の肉にかぶりつく。

 長髪上裸のロミアはその日常を最上の幸せとして生きていた。


「本当に君は美味しそうに食べますねぇ」


「ほーへふは?」


 幸せを噛み締めて、肉を噛み締めるロミアを見て、師匠“ゴウマン”はズレた眼鏡を直しながら呟く。


 ロミアの横には、自身と同じくらい大きい骨付き肉を頬張り続けた、その成果たる骨の山が出来上がっていた。

 最後の肉だからとロミアはゆっくりと味わい、笑顔で食べている。

 その二十歳の青年のものとは思えない無邪気さにゴウマンは感心したのだ。


「そうか……。思えば君と出会って、もう八年になるんだねぇ」


 口に頬張っていた肉を飲み込んでロミアは不思議そうに首を傾げた。


「突然なんですか……? 物思いに耽ってる雰囲気醸し出しちゃって」


「悪いかい? なんか今日は起きそうな気がしてね。現に君はここで鍛錬を始めて八年、一度もなかったお客さんを連れて来た」


「まぁ、珍しいと言えば、珍しいかもですけど」


「そして今日も魚が釣れなかった!」


「それはいつも通りじゃないですか……?」


 ゴウマンは、呆れながら最後の肉まで骨をしゃぶるロミアを見て、出会った時のことを脳裏に思い浮かべる。


 小汚い布に包まれ、震えていた小さな子供。

 世界の不条理に飲み込まれ、今にも()が消えそうになっていたあの子供が──今では立派な青年へと成長した。


「……あの時の君は、そう、空っぽだった。自分が不幸で、理不尽な運命だとしても仕方ないと受け入れた中身のない殻。しかし今では立派に意思を持ち、大きな花を咲かせました。嬉しいことです」


「師匠にはまだまだ敵いませんよ」


「確かに総合的に見ればまだ私の方が強いでしょう。しかし柔、剛、技。この武術の基本の中で君は剛のみ私に(まさ)っている。そして成長性が計り知れない。君はきっと、数年後には私より強くなりますよ」


「だといいんですけど」


 ロミアは疑いの視線をゴウマンに向ける。

 師匠はあっけらかんと言ってのけるが、ロミアからしてみれば師匠の強さは折り紙付きだ。

 全く勝てるイメージが湧かないのだから、説得力も自然と欠けて聞こえるのである。


「その為にはまず髪を切った方がいいと思うんですよね。どうです? 私の手刀で散髪してみますか?」


 ゴウマンが腕をヒュンヒュン唸らせてロミアへと近づく。

 石ですら簡単に斬ってしまうゴウマンの手刀ならば、確かに散髪も可能だろう。

 しかし、ロミアは首を縦には振らなかった。


「斬りません。武術家の女の人だって伸ばしてるじゃないですか。強くなる為ならやむおえずですが、師匠の好みの問題でしょう?」


「そうです! 私は髪は短い方がいい! 細かく言うなら短め少し長めです!」


「自分が矛盾してる事、気づいてますか?」


 事あるごとに髪の毛を斬ろうとするゴウマン。

 時には寝込みを襲ったこともあり、それ以来警戒心を強められている。


「頑なですねぇ。どうしてそこまでこだわるのか」


「何度も言ってるじゃないですか……。これは願掛け(・・・)なんです。僕が、冒険者になったら切れる、みたいな」


「…………まぁ、思いや言葉というのは魔術において、重要なものです。特に、時間をかけたものは、ただの人形でさえ命が宿るらしい。私は魔術に精通しているわけではないので眉唾ですが、君の想いがそれで成就するなら応援することこそ師匠というもの……」


「師匠……」


「しかし! それとこれとは話が別です! さぁ、観念しておそろの髪型になってしまいましょう!!」


「僕の感動大暴落です」


 ゲリラ手刀嵐をロミアはなんとかさばく。

 幸運にも目標が髪の毛と決まっているなら、例え格上と言えど守り切るくらいは可能なのだ。


 魔獣に襲われる夢を見て(うな)されるギナーを横に、戯れる師匠と弟子。


 どちらに軍配が傾いてもおかしくない攻防を繰り広げていると、突然、


「あ、そういえば」


 ゴウマンがその動きを止めた。


「……? どうしました?」


「いやー、食べるのと話すのに夢中だった所為だと思いますが。そう言えば今日は昼食は遅かったんでした」


「……?? どういうことですか?」


 姿勢を正し、服の埃を落としてわざとらしく笑顔を作るゴウマン。


「ほら、空をみてください。もうすぐで陽が落ちますよ?」


「陽が落ち……あっ!」


 誘導されるように上を眺め、オレンジがかった空に気付くとロミアは驚愕に跳ねた。

 そして脇目もふらず、森に駆けていく。


 ロミアにはある習慣がある。

 その習慣は毎日の鍛錬と同じくらい重要で、普段なら忘れる事はないのだろうが、昼食がズレた今日に限り、そこに気がいかなかったのだ。


 そんな重要な習慣を前にして、森へと入る前にロミアが振り返った。


「あの、その人どうしましょうか。 町に送ったりとか……」


 何よりも大切な習慣を前にして、他人の心配をする。


 人が恐れる魔獣を一撃で殴り殺せる力を持っておきながら、誰よりも優しい心を持った強い青年。

 それが、ロミア。


 ──本当に君は、私と大違いですね。


 ゴウマンは心の中で呟いて、笑顔で返す。


「大丈夫です。私が面倒を見ておきましょう」


「ありがとうございます!」


 ロミアは暗くなる森へと駆けていく。

 消えていく後ろ姿は何故か、いつもより色濃い黒に見えていた。


 ---


 時刻は日暮──森ブロンズリットに隣接した町“ギース”。

 ギースの町は栄えていた。

 ほんの三十年程前までは、しがない村だったが、突如出現した建造物のおかげでギースは村から町へと発展した。


 天をつく塔。

 名を“ᛚᛁᛒᚱᚨ(ライブラ)”。

 世界に十二存在する最も難しいとされる迷宮(ダンジョン)、通称十二の試練ダーウィンズ・ゾディアックの一つ。


 入ってしまえば二度と出られない“不逃”の制約を持つ迷宮(ダンジョン)だ。

 そんな迷宮(ダンジョン)に好き好んで入りたがる冒険者は普通いないが、この十二の試練ダーウィンズ・ゾディアックに関して言えば、別である。


 その理由は二つだ。

 一つ、最奥に万の軍勢に匹敵する力を持った秘宝が隠されている。

 二つ、迷宮(ダンジョン)を制覇した者には、たった一つだけ願いを叶える権利が与えられる。


 コレらの理由から数多の冒険者が十二の試練ダーウィンズ・ゾディアックへと挑んでいく。

 しかし、三十年経つ今でも“ᛚᛁᛒᚱᚨ(ライブラ)”は健在している。

 迷宮(ダンジョン)としての機能が失われていない証拠だった。


 その夜でも明るく賑わう町ギースに、ロミアはものの五分足らずで到着した。


 滝壺から町までは十キロ程離れているが、木をジャンプ台代わりに森の中を跳ねて進めば造作もない距離だった。

 時間は差し迫ってるものの、街中で走り回るわけにはいかない。

 ロミアは早足で目的地へと向かう。


「──────」


 町に入ってから好奇の目線──否、蔑視の類が肌に突き刺さる。時折、小声で罵倒も聞こえてくる。

 群衆が占拠していた道も、今では王の凱旋のように真ん中だけがポッカリと開いている。

 或いは海でも割れたかのように、人ゴミが割れている。


 それらはロミアが堂々と道の真ん中を歩いている所為ではない。

 ロミアの格好が一風変わっている所為でもない。

 強いて言うなら、ロミア(・・・)が歩いて来たから、であった。


 腫れ物を扱うように、汚物でも見るかのように。


 しかしロミアは気にも留めない。

 他の店とは雰囲気が違う荘厳な意匠がなされた木造の扉、それは目的地の目印であった。


 扉を開ければ、中から楽しそうな賑わいが溢れてくる。

 騒ぐ声、怒鳴り声、喧嘩を囃立てる声、皿が割れる音、酒場を形成する楽しげな雰囲気。

 ロミアが一歩踏み入れた瞬間、それは静寂へと書き換えられた。


「────」


 視線を浴びる。


 一見すれば、酒場と変わらないがここは他の酒場と明らかに違う点がある。

 それは任務(クエスト)発注や冒険者パーティー募集の掲示板があることだ。


 ギースの町の冒険者協会管轄のこの酒場は、迷宮(ダンジョン)、“ᛚᛁᛒᚱᚨ(ライブラ)”への挑戦前準備として、労をねぎらって貰おうと冒険者協会が善意で作った酒場だ。

 そんな善意も冒険者であれば酒もおつまみも安い物ならタダになるという破格のねぎらいにより、迷宮(ダンジョン)へ行くのを躊躇した遊惰な冒険者の溜まり場になっている。


 その冒険者の溜まり場に足を踏み入れて以降、ロミアは視線の集中攻撃を浴びている。


 屈強な冒険者達。

 皆それぞれが魔獣を倒した経験を持つ猛者だ。

 浴びせかける視線も、住民の比ではない。


 逞しい身体、顔に傷が入った男達から敵意を受けているのだ、そこらの男なら震え上がって座り込んでしまうだろう。

 しかし、ロミアには効かない。


 意にも介さない様相で、目的の掲示板の前まで足を運ぶ。


 “パーティー募集”の掲示板だった。

 真ん中に堂々と貼った『パーティー募集、前衛希望 名ロミア・アナスタシス』の紙。

 それは無惨にナイフで引き裂かれ、『死ね』『失せろ』『無刻印(ノン・マーカー)風情が』と罵倒の限りが尽くされていた。


「…………今日もダメか」


 夕刻を回ると掲示板が回収されてしまう。

 だからロミアは急いで走って来たのだが、結果はいつも通り。

 期待はしてないものの、変わらない結果に肩を落とす。


 周りからクスクスと嗤う声が聞こえる。

 だがロミアは気にしなかった。


 自分の紙を剥がして、カウンターへと持っていく。


「すいません、ボロボロになっちゃったんで新しい紙くれますか?」


「あ……と、は、はい」


 受付のポニーテールのお姉さんとは最早顔馴染みだ。

 彼女の心苦しそうな顔も、慣れた物である。


 パタパタと奥へと走っていくお姉さんを見送り、椅子に座って待ち時間を過ごす。

 時折、食器を投げつけられながら。


 いつも通りの日常だった。


 しかし──今日はゴウマン曰く、“何かが起きそうな日”なのだ。

 そんな曖昧な師匠の予言、いつもであれば信じることはなかったが。


「──おい、オマエが噂の無刻印(ノン・マーカー)か?」


 突然、呼び掛けられる。

 波乱の前菜が幕を開ける。

 背後を振り向くと、二メートル近い大男が指を鳴らしながら笑みを浮かべていた。


お読みいただきありがとうございます。


一日一話のペースで進み、調子の良い時は二、三話投稿したいと思います。

また、ブックマーク登録や感想もとても励みになりますので、していただいたら幸いです。

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