プロローグ3
帰りのホームルームが終わった。
この後は宮本に指定された通り文化研究室に向かうつもりだが時間をずらして向かうことにする。朝のように二人で話していたら誤解を生むかもしれない。
「鎌谷」
声を呼ばれると同時に背中を叩かれた。
「今日こそカラオケ行こーぜー」
「悪い、今日もちょっと用事あるからパス」
一応形だけでも手を合わせておく。
「えー付き合い悪いなー。あ、まさか女でもできたか?」
高崎が俺の背中に着いていた手を肩に回してくる。
「ちげーよ」
左手で高崎の手を振り払う。
「お前って奴は美緒というものがありながら」
「バカ、美緒はただの幼なじみだっつーの。じゃーな」
そのまま手を振り教室をあとにした。
「確か文化研究室は旧校舎の四階だったよな」
旧校舎は理科室や音楽室なんかの特別教室で主に構成されている。そのため放課後は文化部の部室として使われている教室も多い。
クラス棟を抜け旧校舎へと向かう途中に楽器の音が聞こえてくる。吹奏楽部だろうか、歩いて行くにつれてその音は大きくなる。まだ演奏ではない、様々な楽器の自由な音が耳へと飛び込んでくる。この不揃いな音を聞くと放課後になった
んだという感じがしてくる。
楽器の音に耳を傾けながら階段を上っていると文化研究室にたどり着いた。親しみのない教室のドアを開けるのは妙に緊張感がある。なんとなく二回ノックをして扉に手をかける。少し強めに叩き過ぎてしまった。
ドアを開けると教室と同じ窓側の最前列の席で宮本が本を読んでいた。文化研究室には教室の半分の二十席分くらいの机と椅子が並べられていた。まるで小さい教室みたいだ。
宮本は開いていた本をパタっと閉じた。
「感想聞かせてよ」
「え、ああ面白かった」
「小学生の感想じゃないんだからもっと具体的に言ってよ」
怪訝な顔で宮本が切り返してきた。
「すまん、えっと主人公とヒロインの掛け合いが面白かった。ラブコメには欠かせないところだし笑えるところもたくさんあった。あと主人公の心情がすごいリアルだった。男の俺も共感出来るところいっぱいあったし、女子の宮本がこれを書いたのはすごいと思った」
つい早口で畳み掛けるように話してしまった。
「そんな上手いこと感想言えなくてごめんな」
「ううん、貴重な意見ありがとう。男の子の心情を書くのはやっぱり大変だったから共感出来たって言ってもらえると凄く嬉しい」
すると硬く結ばれていた紐が解けるように彼女の表情がほぐれ笑顔になった。
「宮本が笑ったところ初めて見たかも、こんな柔らかい表情出来るんだな」
「自分の作品を褒めてもらえるのって自分を褒めてもらう以上に嬉しいからね」
そういうと宮本はさっきまで開いていた自分の本を抱き寄せた。
「それってもしかして宮本が書いた本?」
「ばれた?自分の本が出たのは嬉しいんだけど不安なのもあって今日読み返してたの」
カバーを外して表紙を見せてきた。
「それにしても鎌谷君が小説好きだなんて意外だなあ。そんな不良みたいな格好してるのに」
宮本は立ち上がり俺を覗き込むように見上げてきた。
「あのさ俺、お前に頼みたい事があるんだ」
「何?告白でもするの」
宮本がまた一歩俺に近づいた。
「俺に小説の書き方を教えてくれないか?」
そう言い腰の高さまで頭を下げた。
「俺昔から小説書いてて、でもいつも途中で詰まって書けなくなって今まで完成した事ないんだよ。だからアドバイスっていうか書き方を教えてほしい」
誰にも言ったことがない。初めて誰かに小説を書いている事を話した。緊張と恥ずかしさで頭に熱が昇っていく。
「いいよ」
即答だった。
ゆっくり顔を上げると夕日に照らされ宮本の笑顔が輝いて見えた。