小説家になりたい
桜が満開のこの日僕は新たな一歩を踏み出す。
ふと後ろを振り返ると、僕と同じ高校の制服に身を包んだ一人の女生徒に視線が吸い込まれた。
、、、、
、、、、
「だめだ」
小説を書こうとするといつも冒頭の数行で詰まってしまう。
書き始める前は頭の中である程度イメージ出来ているのにそれを文字に起こそうとすると全く書けなくなってしまう。こんな事をかれこれもう5年は続けている。
背中をポンと叩かれた。
「おはよう」
振り返るとクラスメイトの高崎だった。
慌てて携帯で開いていた小説を書いていたアプリを閉じて挨拶を返す。
「おはよう」
「今何やってたん?なんか文章いっぱい見えたけど」
こういう事があるから教室で小説を書くというのはリスキーだ。
「あーあれだよ小説読んでたんだよ」
「え、鎌谷小説とか読むの?ウケるんだけど」
そういうと手を叩いて大声で笑った。
「まあ、あれだ暇つぶしだ」
笑うのをやめた高崎がそういえば、と言い出した。
「うちのクラスの宮本が小説書いてて、今度本出すらしいぜ。あーライトノベル?ってやつ」
「えっ」
宮本佳奈はクラスメイトだから存在は知ってはいたが話したことはなかった。というか宮本が誰かと話しているところを見たことがないかもしれない。いつも一人、本を読んでいるところしか見たことがなかった。
「すげーよなー、高二で本出しちゃうなんて」
「なあ、一体いくらもらえるんだろうな?」
下衆な事を言い出した高崎はスルーしておく。
これまで生きてきて身近に小説を書いている人は居なかったからかちょっと嬉しかった。俺以外にも小説を書いている人が居たのだと。話したこともない宮本に親近感さえ湧いていた。
「あ」
噂をすればなんとやら。宮本が教室の前方のドアから入ってきた。黒髪のショートボブで綺麗な顔立ち。もし彼女がもっと社交的だったら周りに人がたくさんいただろうに。しかし彼女は一人を好んでいるようだった。
宮本はそのまま真っ直ぐに一番左側の最前の自分の席に座った。そして早速、本を取り出して読み始めた。ブックカバーをつけているから何の本を読んでいるのかは分からない。
「ねえ、佳奈ちゃーん、本出すってほんと?サイン頂戴よ!サイン!」
「おい」
と後ろで叫び出した高崎をなだめていると、
「うるさい」
宮本はそう一言だけ言い放ちふたたび本の世界へと帰っていった。
流石のお調子者の高崎もあんな冷たい目で見られてしまっては何も言えまい。バツが悪そうに椅子に腰掛けていた。
そしておれは「うるさい」の一言のなかに自分が含まれているのかが気がかりでならなかった。