5.完璧令嬢の憂鬱(セリーナ)
入学式の朝、私セリーナ・ヴィルシアはいつもより早い時間に起きた。
入学式が始まる前に、学院で新入生代表挨拶の打ち合わせとリハーサルをすることになっている。
身支度を整えて馬車に乗っていると、揺れが心地よくてついうとうとしてしまう。
ふと、一ヶ月前の出来事が思い出された。
「セリーナ、首席での合格おめでとう」
父が祝いの言葉を告げてくれた。
「新入生代表の挨拶、頑張ってね」
続いて母もそう口にしてくれた。
「ありがとうございます、お父様、お母様」
封筒から取り出した合格通知を手にした私は短く答えた。
その日、私は家庭教師の先生がいらっしゃるのを自室で待っていた。机の上を準備していた時、部屋のドアがノックされた。
(先生でしょうか、いつもより早いようですが…)
そう思ったが、メイドがドアを開けるとそこから顔を出したのは両親だった。
父が「セリーナ、大事な話があるからちょっと来てくれるかい?」と静かな口調で私を呼んだ。
父に返事をして椅子から立ち上がり、メイドに「先生が到着したらお茶をお出ししてお待ちいただくようにしてもらえるかしら」と指示を出した。
(わざわざお父様とお母様が自ら呼びにこられるなんて珍しいですね…)
そのまま両親の後に着いて応接室へ移動し、二人がソファーに座ったのを見て自分も向かい側のソファーに腰掛ける。
目の前のテーブルの上には真っ白な封筒が置かれていた。父がペーパーナイフを使って封を開けて、私に封筒ごと手渡してくれた。
封筒を傾けると、中から出てきたのは合格通知だった。
先日私は、王都で一、二を争う規模の教育機関であるブランディウム学院の入学試験を受けた。
筆記試験、面接、どちらも念入りに対策したおかげで落ち着いて臨むことが出来た。
合格する自信はあったが、それだけではだめだった。
ブランディウム学院は父の母校であり、その縁で父は多額の出資をしている。
入学試験の成績が優れなければ、どこからかその情報が漏れて「親の伝手で入学した」という噂が立ってしまうかもしれない。それが学院生やその親の耳に入れば、私の両親に迷惑がかかる。
それに両親は他の貴族と話す時に「娘は我が家の誇り」と自慢してくれる。
学問、礼儀作法、ダンス、ピアノ、乗馬、刺繍…令嬢として必要なことを真面目に取り組んでいる内に、周囲から「完璧令嬢」と呼ばれるようになったためだと思う。
両親や周囲の人達の期待を裏切らないように、入学試験は勿論、学院に在籍している間は良い成績を修め続けたい。
なので合格通知に首席合格の旨が書かれていたことに安堵した。
ただ、新入生代表挨拶を務めることにはあまり気が進まない。多くの人から注目を集めることは本意でない。
人と関わるのは昔から苦手だ。
母譲りの金髪と紫の瞳という派手な容姿により、私は幼い頃から人目を引いていた。
人見知りで口数が少ないことを、周囲からは「大人びている」「落ち着いている」と良いように解釈された。
そのイメージを壊さないよう振る舞い続けた結果、「高嶺の花」と認識されてしまったようだ。同年代の令嬢、子息からは誉めそやされたり、逆に遠慮して距離を置かれたりすることが多い。
多くの人に囲まれていても心を許せる友人がいない、というのは少し寂しい。
学院に入学したら、誰かと打ち解けることが出来るだろうか。猫をかぶらず接することの出来るような人と出会えるだろうか。
そんな期待を胸に抱えて、私は馬車の中ですっと背筋を伸ばした。