2.学院への興味(ティア)
今から20年前、ニース村は干ばつにより農地が全滅したそうだ。
その際、王都から村へ支援金が出た。最初は支援金を使い、村の皆で農地を元通りに復興させようとした。
その中で「農業のみではなく羊飼いを始めてはどうか」と提案したのが18歳だった父だ。当時王都にある学院を卒業したばかりだった。
それまで村では野菜を作り、王都やその近郊まで輸送して売るのが主な収入源だった。しかし到着するまでに野菜の鮮度が落ちているため、王都近くで収穫された作物に比べて安く買い叩かれていた。
だが羊を育て羊毛を出荷するのであれば、品質の変化をさほど気にしなくて済む。
また羊毛をオリジナルの製品に加工すれば、付加価値を加えた上で販売が可能になる。村の気候も羊の生育に適している。
この案を書類にまとめ、村長をはじめとした村の人を説得して回ったのだそうだ。それに対して耳を傾けてくれる人もいれば、若輩者の出した前例の無い意見に怪訝な顔をする人もいた。
そんな風に父が周りを説得しているのを聞きつけ、協力を申し出た人がいた。それは学院で共に学んだ友人だったという。
その友人はニースの北に隣接する国の第三王子だった。
「あいつは話術、人脈、そして権力を持っていたから頼りになったなぁ…」と父がしみじみした様子で言うのを何度も聞いた。
王族であっても気にせず平民である父と親友になったことから分かるように、気さくな人らしい。父の恩人なのだし一度会ってみたいとかねがね思っている。
その後王族から臣下に降りた父の親友は、フォルスト商会の最大の取引相手となっている。父は昔のお礼として安価で商品を卸しているという。
「学院に通えばパパの恩人の王子様みたいな人に出会えるかもしれないわね」
「ああ、友人を作るにも人脈を作るにも良い環境だと思うよ」
進学を勧められても現実味が無かったが、父と話している内に自然と興味が湧いてきた。
「それに多くの人との出会いは、他人を見極める練習にもなる」
父は真面目な顔をして言った。
私も何となく理解し、こくりと頷く。
「経営というのは取引相手を見定めないといけない。一見人当たりの良い人物が裏では悪どい取引をしてる、なんてことは珍しくない。直感的に相手の人となりを感じ取ることや、気付かれないように調査するためのツテを作ることが出来ればリスクを減らせる」
「騙されてからでは遅いものね」
「ああ、経営者としては常にシビアな見方が欠かせない。だけど素直なティアには難しそうだね」
父はさっきまでの難しい顔を崩してくすくす笑う。
「もう、パパはすぐ私を子ども扱いする!」
そうやって頬を膨らませて怒るところは幼い頃と変わらないな…と微笑ましく思う父であった。
それからもうしばらく父と話し、学院に通いたいという思いが固まった。
多くの人と出会いたい、知識や経験を積みたい、王都の流行を肌で感じたい。
夢の実現のために…
その思いを伝えると、父は迷わず賛成してくれた。
母は最初「マイペースなティアが王都で暮らせるのかしら…」と心配していたが、最後には賛成してくれた。
ちなみに募集要項を見て知ったのだが、学院には全ての学院生が無償で通える。
食費分の仕送りはしてもらうことになるが、両親の金銭的負担が少ないのはありがたい。
両親を説得出来た次の日、メイヤ先生にブランディウム学院を受験したいと告げに行った。
一ヶ月に渡り準備を重ねた後で満を持して試験を受けた。あとは結果を待つのみだ。
気付くと積もっていた雪が溶けかけ、その下の地面がまばらに見えていた。