1.王都からの誘い(ティア)
ローゼニア王国は東西に長い国だ。その北東の端に二ースという村はある。
王都であるロプスからニースまでは馬車で四日ほど。広々とした高原が大半を占め、夏は冷涼な気候で、冬は土地全体が雪に覆われる。
その日は昨夜降っていた雪が止んで、朝から真っ青な空が広がっていた。
「ブランディウム学院、ですか?」
「ええ、王都にある学院なのだけど」
私、ティア・フォルストが村の学び舎から帰ろうと荷物をまとめていたところ、初老の教師であるメイヤ先生に声をかけられた。
窓の外では積もった雪に日光が反射し、きらきらと輝いている。
(王都? 学院?)
唐突な話に思わずきょとんとしている私に、先生は募集要項の冊子を手渡した。
(さすが王都にある学院。この村ではあまり見ない丈夫で質の良い紙だわ)
思わずそのつるりとした表紙をさすってしまう。
「学院では今、地方出身の学生を積極的に呼び込んでいるらしいの。あなたも受験してみたらどうかしら」
「気にはなりますが…そもそも私の学力で受かるでしょうか?」
自分の近くには同い歳の子供がおらず、比較対象がいないため自分の学力がどの程度なのか分からない。ただ、幼い頃から家庭教師を付けて学んでいる貴族の令息、令嬢に比べたら劣るに違いない。
不安そうな私を見て先生は「心配ないわ」と口にし、試験について簡単に説明してくれた。
なんでも地方学生枠で受験する場合、学力よりも意欲重視で選考が行われるそうだ。つまり筆記試験の結果より、レポートと面接で「何を学びどう生かしたいか」を上手く伝えることが出来るかが合否を左右する。
説明が終わった後、先生はこう付け加えた。
「学院で学ぶことは、きっとあなたの“ 夢”を叶えるための糧になると思うわ」
(私の夢…)
先生は私が昔何気なく話したことを覚えてくれていたらしい。
胸が詰まり、「ありがとうございます!」と感謝を伝えながら勢いよくお辞儀をした。そのはずみで肩にかかる長さの髪がばさりと顔の前に落ちた。
先生は目尻の皺を深くして微笑み、ご両親に相談してから返事をもらえるかしら、と口にして去っていった。
(進学かぁ…。王都の学校に通うのは貴族だけと思っていたけど、平民を受け入れてくれるところもあるのね)
そんな風に思いながら帰路につく。
15歳の私は、三ヶ月後に村の学び舎を卒業する。その後は父の経営する商会を手伝おうと考えていた。
父は商人であり、自身が社長を務める「フォルスト商会」を立ち上げてから十数年経つ。
商会ではニース村の羊飼い達から羊毛を買取り、敷物、毛布、衣類に加工して王都に出荷している。
私が生まれたばかりの頃に事業化したそうで、今では王都に事務所を構え貴族からオーダーが入るまでになった。
(まずはパパに相談しなくちゃね)
家に着いて自室に荷物を置き、その足で父のいる執務室に向かった。
部屋の前に着いてコンコンと扉をノックする。返事が返ってきたのと同時に部屋に入った。
「パパ!」
「おかえり、ティア。そんなに息を切らしてどうしたんだい?」
仕事机の前に座っている父に目を向けると、背後にある窓から差し込む陽の光が亜麻色の髪を照らしていた。私と同じチェリーブラウンの瞳が柔らかく細められている。
父は中性的な容姿をしており、三十代後半にしては若く見える。村の若い女性達が「シーダ様は目の保養」と言ってるのを度々耳にする。
本人は「威厳があった方が商談の時に信用してもらえるだろうに」と言うので無い物ねだりである。
「相談したいことがあるの」
私が浮き足立っているのを見て、父は目を通していた書類をそっと机に伏せた。そしてゆったりと布張りのソファーに移動し、私にも向かい側に座るよう勧める。
テーブルの上には膝掛けが畳んで置かれていた。
「これは新商品?」
「ああ、王都で売り出したばかりだがよく売れているよ」
そう言いながら父は膝掛けを広げて、私の膝にかけてくれた。薄手で軽いが、思いの外温かい。
「あのね、先生から王都にある学院に通うことを勧められたの」
そう口にして、先ほど手渡された募集要項をテーブルの上に置く。
募集要項を見た父は、「ん?」という顔をしてから目を見開いた。
「ブランディウム学院か。私の母校だよ」
「えっ、お父さんがお酒に酔うと語り出す、あの“ 武勇伝”に出てくる学校!?」
「武勇伝ではなく思い出話だよ…」
父は少し気まずそうに答える。
普段穏やかな父は、お酒が入ると上機嫌に色々な話をしてくれる。その中でも学生時代の話は特に面白い。
(だから学院の名前に何となく聞き覚えがあったのね)
私は父が繰り返し話してくれた武勇伝…ではなく思い出話を振り返った。