不老不死
「人間というものは愚かであると思わないかね。」
怪物は言う。
何年も鎖に繋がれ、ぼろぼろになってもなお、笑顔を浮かべて怪物は言う。
「大勢の前でそりゃあ素晴らしい事をして死んでしまえば、見ていた人間の記憶に、網膜に焼き付く。
誰もが愛する人が死んで、それでも彼らは『その人は心の中で、記憶の中で生きるのだ』とそんな戯言をはく。
死んだ人間はかえらない。
かえらないからこそ、生き続けるのではないのか。
その頃の形を残したまま、知る人間の中で永遠に。
それはいわば不老不死と同じではないか。
そう思わないかね、少年。」
怪物は聞く。
「記憶に残っても、体は朽ちて、もう魂はそこにないのだから、それは死んでいるんじゃないのかな。
もうそうなってしまえば、二度と世界に干渉はできない。」
ひねり出すように言葉を出した。
「なるほど、そうかも知れない。
でもその人物の記憶を、考えを持った生きている人間は干渉できる。
ソクラテスやプラトンと一緒だよ。
彼らの魂を継いだ人間はまだ生きている。
それは死んだ人間がまだ生きていることだと思うけれど
どうかね。」
同意を求めてくる。
「そうかもしれない。」
言ってから一度考える。
「死の定義は人によると思う。」
そう付け足した。
「ふぅん。
まあ私にはわからないのさ。
人間が何故不老不死を求めるのか。
限りある生だからこそ楽しいというのに。
もがき苦しみ、幸せを手に入れるまでが楽しいのに。
不老不死を手に入れてしまえば。」
怪物は言う。
「お次は『死にたい』なんて願い始めるんじゃあないのかね。」
悪魔とも化物とも、またあるいは神とも言われた怪物は。
「なんて言ったって、
不老不死は人生の終着点だと。」
子供のように無邪気な目で。
「そうは思わないかね、少年。」
静かに言う。