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そら音のイデア  作者: 金田悠真
第1章 慣れていく非日常編
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第1話 歪な信頼関係


ようやく第1章、始まります。

 



「未来が居ない?」


 自警団FLATの中心メンバーのアジト。

 イヤリスの西地区の外れにあるそこは、リーダーとサブリーダーの空と未来。それに2人と家族のように仲の良い、瑠奈と花蓮。そして幼女のような亜紀の5人で生活している場所だ。


 とある土曜日の昼下がり、太陽が元気な日。

 アジトのリビングには紅茶の入ったカップが4つ。


 空が聞き返すと、頷いたのは心配そうに相談を持ちかけてきた瑠奈だった。


「別に、アイツにも色々あるんだろ。明日になれば普通に来るんじゃないか?」


「うん、それは分かってるよ…未来くんには未来くんの事情があるって」


 でも、と手元にある紅茶のカップの中に視線を溺れさせながら瑠奈は不安げに呟いた。


「今日は未来くんと約束があったの。…ほら、香織ちゃんいるでしょう?3人でご飯でも行こうって」


 五十嵐香織。

 彼女は現在ギルドに充てがわれた小さな一軒家で1週間ほど生活をしていた。

 1週間前まではいつもと同じ景色の日常生活を過ごしていた彼女は、現実に戻れる事を確認した後、一度も帰宅せずにこちらに留まり、毎日ある場所へと足を運んでいる。


 街の中心、ギルドの建物のすぐそばにある無機質な長方形の建物。街1番の大きさである三階建てのギルドと同じくらいの高さをしているのだが、ギルドと違って特段栄えているわけではない。


 というのもその建物はこの世界にいる人間たちにとって、別の重要な意味を持っているからだ。



 マナリス。そう呼ばれているこの建物はこの世界と現実の世界を繋ぐ出入り口なのだ。



 建物内部はいたってシンプルで何も無い。中央に青白い大きな扉が輝いており、そこを通る事でこの世界の住人達は現実とこの世界を行き来している。


 何も無い、という事に1つだけ付け足すとすれば。

 この建物には青白い扉以外何も無いが、その扉のすぐそばには常に1人の老人が座っている。


 この世界に居る人間は誰もが一度、彼が生きているのかどうかと疑ったことがあるはずだ。


 それほどまでに彼はただ座っている。

 言葉を交わそうにもボケが来ているのか全く会話が成り立たない。

 彼は、ただ座っているのだ。


 そんな老人、そしてマナリスに毎日足しげく通うのが1週間前からこの世界で生活をしている香織だった。


 周りの反応はそこまで珍しいわけでもなく、新人が何日で老人に飽きるかと慣れたように賭けが起きている程度だった。


 彼女は1週間、正確に言えば8日間。

 毎日朝早くにマナリスに向かい、お昼過ぎまで老人と成り立たない会話を繰り広げているのだ。


 彼女が他の事に興味を示す事は今のところなく、昼過ぎになると自宅に帰ってそのまま出てこない。

 時折食事しにハニービーツにはやってきているようだが、その頻度は食事の割にあまりにも少なかった。



 そんな噂を聞いた未来が面識のある香織に声をかけに行き、コミュニケーションとしてランチの約束をしたのが今日。土曜日だった。


 未来という人間は真面目で優しい。

 そんな理想のタイプは?と聞かれて答える当たり障りのないような性格がそのままズバリ当てはまる。

 自警団FLATの事務などを纏めるのもリーダーである空ではなく、サブリーダーの未来の方であった。


 残念ながら美的センスが壊滅的ではあるのだが、男ながら大和撫子のような美しい顔立ちとサラサラの長髪をもってすれば、壊滅的なそのセンスですら補ってあまりある。


 もうひとつ。彼は仲間にとても思い入れがある。

 それは、FLATのメンバー全体であったり、同居している幹部メンバーであったり。彼が仲間だと判断した人間をとても大切にする人間だ。


 そんな未来が自分から約束を取り付けた相手との予定を連絡も無いままにすっぽかしたりするのであろうか。


 とてもそうは思えなかった瑠奈が空に相談を持ちかけたのが本日のアジトの1日の始まりであった。


「何かあったのかなぁ…」


 心配そうに頬に掌を当て、眉根を寄せた瑠奈は憂いを帯びた表情でため息を一つついた。


「何かあったんだろ」


 いとも簡単にそう返した空は、泣き出しそうになる瑠奈の様子を伺いながらも呆れたように首を振り、言葉を続けた。


「お前の悪いところだな、瑠奈…。……詮索するな、未来の事も…皆の事も」


「詮索なんて…ただ心配で…っ!」


「何回も言ってるだろ。俺たちの関係をちゃんと思い出せ」


 遺憾だと勢いよく立ち上がった瑠奈だったが、返す刀の注意に息を一瞬高く吸い込み、そのまま立ち尽くして俯いてしまった。


 立ち上がった衝撃で倒れたカップから、紅茶が一筋テーブルの木目を沿って流れていく。


 なんとも言えない苦笑いをうかべた花蓮、湯気を消そうと夢中になって頬を膨らませながら息を吹いている亜紀の前を流れ、そのまま静かにテーブルから雫が垂れ始める。


 そのまま沈黙の中紅茶が垂れる音だけが響くと、耐えきれないように瑠奈は涙を浮かべ、身を翻してアジトを後にしてしまう。


 開け放たれたまま外の陽の光を受け入れる玄関。役目を失った扉は反動でゆっくりと戻り、家の中とイヤリスの街を無機質に遮断していき。


 やがて、扉の閉まる音だけが静かに響いた。

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