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そら音のイデア  作者: 金田悠真
序章 変わり始めた日常編
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第6話 自分と向き合うということ(前編)

第6話長いので少し分けて投稿させていただきます。そのせいでこれが短いです。申し訳ありません。

 


「そんな事…あるんですか?」


 話を聞く限りだと目の前の空と未来も自分と同じ境遇のようだ、と香織は考えた。

 ただし思考回路は全く合わないのかもしれない。


 普段の日常生活の中で急に見覚えのない土地に移動し、そこは魔法や魔物が実在する世界。


 どうしてココに。どうやって戻るのか。

 考えれば考えるほどパンクしそうな話なのだが。


「うん、こっちの世界を深く究明しようとした人は聞いた事ないなぁ」


 空は?と視線を向ける未来と、小さく首を振る空。


 2人の様子は到底嘘をついているとは思えないような振る舞いであった。


「……なんでですか…っ!…調べないと帰り方も分からないんですよ!?」


「あ、元の世界には帰れるよ?」


「はいっ…?」


 少しずつ言葉尻が強くなりはじめた瞬間の一言。

 思わず香織は上ずった声を漏らしてしまう。


「かえ、れるんですか?」


「…空、一体何なら教えてあげたの?」


 ジトっとした視線を空に向ける未来は、呆れたように大きくため息をついた。

 もっとも、香織はそのような事はもう頭に入っておらず、帰れるという事実だけをもう一度頭の中で整理しはじめていた。


 帰れる。


 こんな訳の分からない物騒な世界に居なくてもいい。


 両手を握りしめながら小さく震える香織の様子を見て、小さく笑いながら未来が言葉を続ける。


「キミはこっちに来た時、どんなところにいたか覚えてる?」


「ええっと…待ってくださいねっ」


 安心からか大分声が大きくなってしまっていたが、香織は中腰になりながら必死に頭に手を当てて思い出しはじめた。


「どこかの建物の前、でした。何が起こったのか分からなくてキョロキョロしてたら、スーツ姿の女の人が来て…」


 少し危ない目付きブツブツと呟きながら独り言のように話していく香織を、空と未来は何を言うわけでも無くじっと見つめていた。


「いきなり狭い部屋に入れられて…何を聞いても答えてくれなくて…そしたら急にモデルさんみたいなかっこいい人が来て…」


 その言葉に居心地が悪そうに首を振った空は掌を香織の眼前に向けて制止した。


「そこまででいいっ。…その、1番最初の記憶にある建物。そこから帰れるはずだ」


「ほ、本当ですかっ!?」


 椅子を倒しながら勢いよく立ち上がった香織は、目を危ないくらいに見開いて空へと視線を向けた。


「あぁ、部屋で見たのと同じような光ってる扉があるだろう。それに触れたら来た場所…五十嵐ちゃんの場合は自分の部屋だっけ?そこに戻れる」


 その言葉を聞きながら、香織は勢いよく首を曲げて街中へと視線を戻す。遠くに見える唯一の大きな建物、ギルドの時計は正午を回っていた。


「い、い、行きましょうっ」


 焦りから吃ったように声が出てしまうが、何とか言い切り、倒した椅子もそのままに西門へと歩き始める。


「まぁ待て。学校なんていくら遅れても大丈夫だよ」


「そんな事ないっ!!早く帰してください!!」


 それは、香織がイヤリスに来て1番大きな声だった。


 西門の近くに立つ討伐隊の兵士も、畑で作業する住民も、それを手伝う自警団も何事かと声の聞こえてきた方向をちらちらと見つめていた。


 声の主、香織は息を荒げながら未だ座ったままの空を捕まえて必死に立ち上がらせる。


「また飛んでくださいよっ、家に帰して…学校に行かせてください!!」


 吐息がぶつかるほど顔を近くに寄せながら、照れなどと言う感情ではないもので顔を真っ赤にさせた香織は、その距離でありながら変わらない大声で叫び続けた。


「学校に行かなきゃならないんです!!」


「………そこまで言う程の事じゃないだろ、俺なんてサボってたりしたぞ?」


 両腕をガッチリと捕まえられたまま、空は薄ら笑いながら言葉を投げ返した。


「はぁっ!?そんなアンタなんかの事情知りませんよ!私みたいなのは学校に行かなきゃ終わるんです!」


 いつのまにか目どころか瞳孔すら開きながら、香織はその喉を大きく震わせ続ける。


 空を捕まえる手は真っ白になり、絶え間なく動いてる筈の唇は小刻みに震えていた。


「…それがお前がココに来た理由かな」


「…………はぁ?」


 吐き出してしまった空気を取り戻すように肩を激しく上下にさせながら、香織は低い声を上げた。


 どこか恐ろしい、寒気のするような低い声を。




「ココに来る………来れる奴らに共通するのは。『現実に不満のある奴』だけなんだよ」





「………………」


 その言葉を聞いた香織は、いつのまにか目を細め、捕まえたままの空を至近距離から睨み続けていた。


「不満、なんて…誰でも多少あるでしょうっ」


 その声は、先程までと打って変わって細く、頼りない声色になっている。


「逃げ出したいほど…諦めたいほどにならないと、あの扉は見えないんだよ」


 座りながらテーブルを見つめ、ぽつりと呟いた未来の声が香織の耳を通り、脳内へと届いていく。


「………っ!もういいでしょう!良いから現実に戻して…学校に行かせてください!!じゃないと、じゃないとっ!「ボクらは!!」………っ」


「ボクらは魔法が使える。ボクは全然だけど…ギルドのリザさんなんかは、人の記憶を書き換えることができる」


 言葉を遮って、ゆっくりと言葉を選びながら話す未来の視線は、真っ直ぐに香織へと向けられている。


「だから、いつ戻っても都合のいいようにしてあげられるよ?……なんだったら、不満すら消せるんだよ?」


 優しげな聖母のような笑顔。


 それも香織から見てみると悪魔のようなものであり、その美しい唇から吐き出される言葉も、甘い毒のようなものであった。





「都合の…いいように」


 未来の言葉を聞いた香織は、うわ言のように呟いた。

 まるでその甘い毒のような言葉が、身体の奥まで侵入していくかのように何度も脳内で繰り返される。


 記憶を変える。


 そんな事は不可能だ。


 そう冷静な思考をする自分もいるが、先ほど見てしまった非現実的な戦闘。白銀の世界と氷漬けにされた生物たち。


 それらの要素が香織の頭の中に刻み込まれ、即座に未来の言葉を否定することが出来なくさせている。


 香織は、しばらく引きつったような笑いを浮かべたまま、小刻みに震えて立ち尽くしていた。


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