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そら音のイデア  作者: 金田悠真
序章 変わり始めた日常編
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第5話 自警団と討伐隊

 

 何もなかったかのように荒らされた畑が元通りになった頃、空と未来、香織の3人は木で出来た椅子に腰掛けていた。


 畑より町の外側。西門のすぐ前で3人はテーブルに乗った紅茶を囲んでいた。


「あの柵じゃやっぱりダメだったね」


 未来が力なく呟いた視線の先。


 畑を守るために設置された柵は、縦に置いた木の棒と、横に二本の木の棒が置いてあり、それがロープで縛られているだけ。


 子どもと言わず女性でも屈めば簡単にすり抜けられるほどの隙間が空いていた。


「とは言っても、この面積の壁作るなんて俺は無理だぞ。そもそも土の魔法は苦手なんだ」


 背もたれにぐったりとだらしなく体を預けた空は、姿勢通り力の入ってない声を上げた。


 しばらく沈黙が場を支配したが空がゆっくりと姿勢を正して座り直すと、今まで黙りこくって紅茶を睨みつけていた香織も空へと意識を向ける。


「ま、その話は今五十嵐ちゃんに聞かせることじゃないだろ」


 空っぽになったカップを視線すら向けずに未来に差し出すと、またそのカップの中は茜色の液体で満たされていく。


 程よく熱が下がって湯気がギリギリ発生するくらいのその液体にゆっくりと口をつけながら空は真っ直ぐに香織を見つめた。


「流石にあんな景色を見たらわかっただろ?…ここがどんな場所なのか」


 少しの時間とはいえ戦闘をしたせいだろうか。

 もしくは気心の知れた仲間である未来がいるからであろうか。


 空の口調はギルドで話していた時よりも少し荒っぽく砕けたものに変わっていた。


「まぁ……少しずつ現実なのかなって」


「現実じゃないよ。異世界」


 香織のまだ半分しかないカップに自身が持ってきていた紅茶のお代わりを注ぎながら、未来ははっきりと訂正をした。


「あぁ、異世界だ。現実じゃぁない」


 だから、異世界に来てしまったと言う現実では無いのか。そう言いたくなった香織に気がついていないのか無視しているのか念を押してそう告げた空は、思い出したように人差し指を上に向ける。

 淡い青の輝きが指先から広がり、一瞬で1mほどの氷の塊が出来上がった。


「………ところで、コイツに見覚えはあるか?」


「………?」


 声をかけられた香織は不思議そうに空と氷の塊に視線を移動させたが、その氷は綺麗に磨かれたように鏡になっており、学生服姿の香織が映し出されているだけであった。


「コイツって言われても……。鏡、ですよね?私しか映ってないですけど……」


 聞かれている意味が分からず自信なさげに回答をした香織だったが、帰ってくるのはどこか厳しくなった空の視線と、未来のため息をついた音だけだった。


「…………」


 またテーブルに沈黙が降りてくると空の紅茶をすする音がやけにうるさく響いて聞こえる。


「………説明の続き、だな」


 何かを諦めたのか、それとも吹っ切れたのか。

 訳は分からなかったが、首を振り、氷を消した空の様子から、香織は勝手にそれを感じ取ってしまった。


「さっきの魔物はウルフ。そのまんまだろ?『現実』の狼みたいなものだと思えばいい。………ただし、魔物の中にも時折俺みたいに魔法が使えるやつらがいる」


 その言葉を聞いて思い返すのは狼達の中心にいた一際大きな個体。ツノの生えたウルフだった。


「人間を襲う奴らは多少なりともいるから、このイヤリスの街では自警団を設置している」


「自警団……?」


「あぁ。畑とか建物。それに戦う術を持たない住民を守るためにな」


 そう言って空は自身の右耳についてある金色のピアスを。未来は日本刀の鞘についた銀色のシンボルマークを見せた。


 そのマークは色こそ違えどデザインは全く同じ。

 顔だけの骸骨が大きな鈴を咥えているようなものであった。

 恐らくそれが自警団である証なのだろう。


「センスないだろ?」「かっこいいでしょ」


 呆れたように鼻を鳴らした空が。

 自慢げに柔らかな頬を赤く染めた未来が。

 それぞれ真逆の言葉を同時に放ったが、香織に届いたのは前者の声だったようだ。


 言葉にはせずとも「趣味が悪い」とはっきりと心の中に刻みつけておく。


「空は美的センスが無いんだ……ごめんね?」


「俺もセンスはゼロだけど、お前はマイナスだろ……」


 はぁ、とどこか疲れたようなため息をついた空は「またまたそんな事を」と笑っている未来を視線から外すように席から乗り出し、香織だけに目を向ける。


「自警団ってのは、他にも住民の為に動く何でも屋って感じが強いな。警察的な事もするし」


 最近だと落し物探しとかな、と付け足した空は話しながらおもむろにピアスを指で撫でていた。


「さっきまで私が軟禁されてたギルドって言うのは?」


「軟禁って……まぁ、そうか……。……ギルドの大元はこの街じゃなくてもっと大きな都市なんだ。手続きしたり仕事を持ってきたり…役所的なのが近いかもな。」


「それと魔物の出没情報や討伐依頼もね」


 その言葉を聞きながら、香織は無意識に顔を街の中へと向ける。

 遠くにはギルドの時計台が見え、街の街道や手前の畑にはチラホラと人間が戻り始め、日常をいとも簡単に取り戻し始めていた。


「あぁ、そうだったな。 自警団とはまた別に、さっきみたいな時動くのが討伐隊と呼ばれる奴らだ。名前の通り自警団より魔物を倒す方に重きを置いてる。ギルドから依頼が来るのは大体こっち、だな」


 そう言いながら空は指を前に出し、香織の視線を誘導するようにゆっくりと動かし始めた。


 指差した先を追っていくと、畑の中に入り作業を手伝っている軽装の女性が視界に入る。


 そしてその後に動かされた指の先には西門に立っている重装備の男性も居た。


「なんとなく雰囲気わかるだろ?……自警団と、討伐隊。まぁ、うまいこと付き合いながらやってるけどな」


 日頃溜め込んでいるのだろうか、空は乾いた笑いを上げながらカップを口元で少し傾けた。


「自警団に入ってるお二人であんな感じとは…。討伐隊の人は天変地異を起こせそうですね」


「そんな冗談言えるならまだ頭に叩き込めそうだな」


 ため息交じりの香織の言葉だったが、返って来るのは空の楽しげな笑い声だった。


「それに、少し勘違いだが…そこまで俺らと討伐隊に実力差はない。むしろ個人で見れば俺と未来はイヤリスで1番だと思うぞ」


「……えっ?」


 ふざけているわけでもないし、カッコつけているわけでも無さそうだ。

 自然に笑いながらそう告げられ、思わず隣にいる未来を見やったが、同じような優しげな笑顔を浮かべているだけであった。


「ボクらのコレ……金はリーダーで銀はサブリーダーって事なんだ」


 そう言ってまた日本刀を掲げるように未来が動くと、香織もぽかんとしながら鞘の先にある趣味の悪いロゴを再度確認した。


「そんな偉い人達だったとは……」


 そう呟いてから香織は、空をじっと見つめながらほんの少し言葉を出しにくそうに呼吸を繰り返す。


 数秒ほど逡巡したように視線を泳がせてから、静かに疑問をぶつけた。


 ずっと胸に抱いていた根本的な疑問を。


「………なんで私はココにいるんですか?」


 言葉だけ聞くと荒唐無稽な質問だったであろう。


 だがしかし、状況を鑑みれば当然の疑問ではあるし、何より香織は何故か目の前の男であればこの疑問に答えてくれる。そんな気がしていた。




 けれど。


 その言葉を聞いた空は言葉を探すように真上を見上げるだけであった。


「……わからないんですか?」


 それは問い詰めるような言葉ではなく、不安に満ちた声色で。

 その言葉に1番驚いたのは発した香織本人だった。


「わからないわけじゃないが……」


 歯切れの悪い言葉を返すと、空はイラついたように自身の髪の毛を手でぐしゃぐしゃと掻きむしった。


「ちっ……いっつもこの話は面倒くさい……!未来っ」


 バトンタッチ。初めて聞く空の頼りない声に頷いた未来は、苦く笑いながら頷いて。

 香織の瞳のさらに奥を見透かすように、切れ長の美しい瞳で香織と視線をぶつけあわせた。


「この世界に来られる人は……決まってる、みたい」


「みたい?」


「……正直に言うと、統計的にそうだからって話しかなくて。誰も本当の事は知らないんだ。………うーん、正しい表現じゃないかな」


 そう言って細長い指を自身の顎へと持っていった未来は、静かに優雅なほど自然に口を開いた。




「知ろうとした人なんて、誰も居ない」







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