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そら音のイデア  作者: 金田悠真
序章 変わり始めた日常編
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第4話 後始末と魔法

 



 空のブーツがザクザクと霜を踏みしめる音を響かせながらゆっくりと動かされていく。



 見渡す限りの氷の世界で動いているのは黒と赤の和服が景色に映える未来と、白いシャツに黒のジャケット姿の空。そして景色とは浮いて見える学生服姿の香織だった。



 もっとも、香織に関しては地べたに座り込み、呆気にとられて呼吸で動く肩以外、身じろぎひとつしていなかったが。



「これ、作物大丈夫なの?」



「あぁ、少しの時間なら大丈夫なモノばかりだからな」



 そう言って空はさらに進み、凍りついた狼達の破片や血の氷柱を持ち上げて確認し始めた。



「未来……五十嵐ちゃんも。手伝ってくれる?」



「………えっ?はい……っ」



 向けられた優しげな微笑みに思わず頷いてしまった香織はそのままヨロヨロと立ち上がり周りを見渡した。



「でも……何を?」



「粉々にしちゃって」



 何を、と問う前に空のブーツは狼の脚であっただろう破片を思いきり踏み抜いた。


 僅かに音を立てながら霧のような細かい氷の結晶になったソレは、風に運ばれ空高く舞い上がっていく。



「あぁ、なるほどね。……ごめんね、出来れば作物に被害が行く前に早めに処理したいんだ」



 幻想的にも見える光景の中に並んでいた未来と香織だったが、得心がいったように頷いた未来が先に動き始める。



 それに倣って香織も付いて行き、地面に転がる大きめの氷の塊を持ち上げては地面に投げつけてみる。



 まるで最初から氷細工だったようにソレらはいとも簡単に砕け散り、毛や肉などを感じさせる事も無いほどに鮮やかな氷の粒へと姿を変えていく。



 なんと声もかけていいかわからずに黙々と氷を砕いていく香織。そしてその光景をじっと見守りながら未来も氷を砕いていく。



「………あぁ。ウルフだったよ、ちょっと多かったけど。………ん?うん、被害はそこまで無いよ、野菜が2メートル四方程度の量が食べられちゃったくらいで」



 声の主をチラッと見やると、空は虚空に向かって腕を組みながら話しかけていた。



 少し違うことといえばその喉が淡い白に光っている事くらいだろうか。



「五十嵐さんって呼ばれてたよね……?空…えっと、あそこにいるジャケットの人からどの辺りまで聞いてる?」



 狼だった氷の塊を持ち上げて叩き壊したり、踏み抜いて砕いたり。行為だけ見れば非常に猟奇的な事この上ない光景だったが、香織は最早麻痺し始めているのかもしれないと感じていた。



 顔を上げると、向けられた女性的な可愛らしい、人を惹きつける美しい笑みに心の中でため息をつきながらまた氷を砕く作業に戻っていく。



「どの辺りまでって………どこからどこまで話してもらうのか知らないですけど。ココがイヤリス?の街で……ここが異世界だって」



「あれ、まだそんな所しか話してなかったんだ…じゃあ余計驚いちゃったよね、ごめんなさい」



 一際大きな香織の身長の半分以上もある氷の塊を持ち上げながら、未来は申し訳なさそうに目を細めた。



 そしてソレを勢いよく地面に叩きつけてから、また頭を下げてその表情を滑らかで美しい黒髪に隠してしまう。




「後でちゃんと説明させるから…不安だと思うけど、信用してほしいな。君に危害を与えるような事は無いし、失礼な事はさせない」



 その言葉に安心したわけではない。

 危害も不安も何も分からないのだ。今の香織には、頷く以外の選択肢は存在し得なかった。



「………はぁ。……納得できない事は沢山ありますけど、理解はしておきます」




 それより、これどうするんですか。


 そう呟いた香織の視線の先には砕かれたけれど風に乗る事もなく地面に広がっている氷の破片達。ちょっとした子供なら遊べるほどの量で山になっているのを見ると不思議そうに首を傾げた。



「それはアイツになんとかして貰う。ボクはこういう魔法とか使えないから」



「そうなんですか?当たり前にやるから、誰でも使えるものだと思ってました」



「うん、だいたい誰でも使える事は多いけど…ボクが出来るのは念話と身体強化くらいで。属性魔法とかはからっきしだね」



 どこか恥ずかしそうに自身の頬を指で掻いた未来は、未だ独り言をつぶやいているような空を指差した。




「アイツは凄いやつなんだよ?ああ見えても。魔法で考えればこの街で1番か2番だと思う」



「……それは良かったです。あんなにポンポン空飛ばれても怖いんで」



 目の前の和服美女に非はないのだが、どうしてもココに連れてこられた経緯を考えると、香織の言葉には棘が浮かんでしまう。



 その言葉に苦笑しながら、未来はまた少しだけ頭を下げた。



「信頼されてるから『新人』さんに説明とかもしてるんだけど…いかんせん適当な所があるからね…ちゃんと分からないことあったら分かるまで質問していいからね?」



 女性の自分から見ても美しい、と未来の笑みを見た香織は感心したように大きく頷いた。



「あの、お姉さん。さっきからちょいちょい『新人』さんって言うのは……」


「おね……っ……ごめん、ボクはね「五十嵐ちゃんの事だよ」……空」



 いつのまにか2人の元へとやって来ていた空は、未来の頭に手を置きながら楽しげに声を上げた。



「それはなんとなく分かります。聞いてるのは、意味なんですけど」



「それ話すと長いから…今はココをなんとかさせてくれ」



 そう返すと、空は2人から少し離れて肩幅に足を開き、少し息を整え始めた。



「お姉さんっ!新人ちゃんの事抑えてろよ?」



 にやにやと笑いながら見つめられた未来はこめかみを軽くひくつかせて口を少しだけ動かしたが、すぐに首を振っておずおずと香織と手を繋いだ。



「ちゃんと抑えてろよー!数多いから強めに行くぞ!」



 そう叫んだ空がまた輝き始める。



 鮮やかな黄緑色が離れた2人からもくっきりと見え、寧ろ光で空自体が見えなくなるほどになると、突然香織たちの後方から強風が吹き荒れた。




 ゴウ、と音を立てながら香織と未来の間を吹き抜けていく風は、着物の袖や制服のスカートをバタバタと鳴らしながら絶え間なく吹き続ける。



 そうして風が黄緑色に輝く光の中心に向かっていくと、そのまま巨大な竜巻へと姿を変えていった。



 悲鳴をあげることも忘れ、ただ側にいる未来に掴まりながら、香織はまた呆気にとられたように、建物にして3階分くらいになる竜巻を見上げていた。



 驚く事には慣れて来たつもりだったが、これはまた別種のものだ。髪も服も乱しながら、恥ずかしさも忘れて繋ぐ手に力を込め直す。



 唸りを上げて回転していた風は、地面に積まれていた氷を次々に攫い、天高く吹き上げていく。



 数分も経たないうちに、香織たちの砕いた氷は綺麗に空へと持ち上げられていってしまった。



 地面を綺麗にした風達は、少しずつ勢いを強くし、黄緑色に光っていた輝きは一瞬で赤く染まっていく。




「はぁぁっ!!」




 光の中心から空の太い声が響くと、風は唸りを上げて燃え始め、竜巻はみるみるうちに炎を纏っていく。



 そしてそのまま天高く舞い上がっていくと、空中にあった氷を全て呑み込むように激しい音を立てて広がり、後には何も残らなかった。



「………………」




 今日1番。いや、人生で1番口を大きく広げながら空高くを見つめ続ける香織。自分で動かすことのできなくなった腕をそっと離されながら、右耳から入ってくる声だけがやけに響いて聞こえた。




「ね?スゴイでしょ?」



 どこか自慢げで能天気な未来の声に、香織は返事を返すことができなかった。

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