第3話 実際に体験する魔物との戦闘
イヤリスの西地区はそこまで栄えているわけではない。数10m間隔ほどでパラパラと民家があるだけであった。
その代わりとは言えないかもしれないが、端が見えないほどに畑が広がっており、のどかな田舎のような風景だ。
その普段から和やかな雰囲気を醸し出す畑の中にうごめく無数の影。育ってきたばかりの新鮮な野菜を貪り散らかすように狼のような姿の動物が一心不乱に口を動かしていた。
そして次の瞬間、食事に夢中になっていたためであろうか、その狼の首は何の抵抗もなく千切れて空中に投げ捨てられる。
「くっ……柵が用意できてない時に来るとはっ……!」
主を失った胴体から噴き出した返り血を払うように刀を2度ほど振り回した未来は憎らしげにそう呟いた。
寂しく吹く風に、未来の赤と黒の和服が静かに揺れる。優雅に袖を抑えながら荒らされた畑の一部と、自身が原因で広がった血溜まりを見下ろすと、少しだけ唇を震わせて引き結ぶ。
「それにしても数が多すぎる……」
未来が顔を上げて周りを見渡すと、ざっと20〜25頭くらいの中規模な群れが目に入る。
それに先程より憎らしげに声を低くした未来は日本刀を構え直し、畑に近い個体から目にも留まらぬ速さで切り掛かり、一頭目と同じように首を宙に舞い上がらせた。
そのまま三頭目までを一刀の元に切り捨てた後で、ようやく狼達は距離を開け、歯をむき出しにただ1人の人間に最大限の警戒と威嚇を向ける。
「グルルルル」
喉の奥底から怨念のようにあげるその唸りを気に止めず未来はまた姿が消えるほどの速さで斬りかかるが、一頭を始末しただけでまた狼達は距離を取った。
「どうせなら逃げてくれればいいのにっ!」
そう言い捨てて、一度落ち着くように深く酸素を体内に送り込む。
改めて群れを見ると狼達の1番奥、一際大きくツノの生えた個体が目に入った。
「ウソだろ……面倒な事になるよ全く!」
未来が地面を蹴り飛ばしたと同時、そのツノを生やした個体が淡く赤い光に包み込まれる。
それを確認すると、先程より少し焦ったように未来は強引に群れの中へと身を突っ込ませた。
だが、狼達は切り捨てられても邪魔になるようにと未来へ特攻を繰り返し、未来のスピードは阻害されてしまう。
「くっ……このままじゃ、畑がっ!」
血に濡れ、暴れ回るように和服を振り乱しながら未来は刀を乱暴に振り回す。
「ボクの威力だったら……二次災害に成りかねないし…っ」
あぁもう!と大声を上げた未来の視線の先、ツノを生やした個体の色が真っ赤に染めあがると、突如爆ぜる用に青い光が一瞬強く瞬いた。
その一瞬の光が晴れると、ツノの先から毛の一本一本まで逆立たせ、水色に染め上がった狼。
周りに控えていた数匹も同じように水色に染め上げられ、その動きも、命の灯火すら封じ込めるように凍りついていた。
少し離れた所に控えていた狼の群れは威嚇のために大きく口を開け、牙を剥き出しにするがその足元が同様に凍りついており、身動きが取れなくなっていた。
その現実を理解すると同時に未来は再度大きく地面を蹴り飛ばして先陣の群れを突破し、凍りついた奥の群れへと刀を振り上げた。
「未来!俺がカバーする!全力で行け!」
「はぁぁぁぁっっっ!!!!」
気合一閃。
一度納刀した刀を目にも留まらぬ速さで右に振り抜くと、数瞬遅れて凍りついた狼達、そして身動きの取れない狼達は組み立てたオモチャのようにいとも簡単にバラバラになっていく。
そして噴水のように溢れる真っ赤な血液は、次いで光った青い光に包まれて氷柱のように凍りついてゴトゴトと音を立てて土の上に転がった。
刀を振り抜いた姿からゆっくりと刀を鞘に納めると、未来は自身の後ろにチラリと視線を向ける。
「助かった…ありがとう、空」
「別に危険は無かっただろ」
「それでもさ。畑にこれ以上被害が出なくてよかった」
視線の先には見ず知らずの少女を荷物のように小脇に抱えながら宙に浮かぶ空の姿。
重力に従い四肢を垂れ下がらせながらこちらを見る少女の瞳はまるで皿のように滑稽なまでに見開いていた。
「………え、誰?」
「ん?あぁ……「グルルルルァァァッ!!!」……っと」
静かに高度を下げた空の元へ、同胞を殆ど殺されて気を動転させた残りの狼が一斉に飛びかかる。
対する空は焦る様子もなく手のひらを前に出すと、三度青い光が輝き狼達は容易く氷漬けにされて地面に転がり、その衝撃でその身体を砕け散らせた。
「『新人』さん、だよ」
「…あぁ、その子が。驚いたでしょ。ごめんなさい」
先程までの研いだ刀のような鋭い視線ではなく、暖かく美しい笑みを浮かべた未来は両手を前に重ねて深々と頭を下げた。
地面に降り立った空が少女を地面に降ろすが、少女はぽかんと呆けた表情で小さく口を開いたまま腰を下ろした。
制服のスカート越しに感じるヒンヤリとした感触。
少女の目の前には、先程まで見えていた畑の姿はなく、一面真っ白の銀世界が広がっていた。