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そら音のイデア  作者: 金田悠真
第2章 母を訪ねて両世界編
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第5話 朝食と通学


「香織がいなくなった?」


いつもの朝の風景を送っているFLATのアジト。

5人が揃って朝食を囲んでいる中、空は不思議そうな声を上げた。


今日のメニューはご飯にハムエッグ、シンプルなコーンサラダに赤出汁。

少し多国籍な感じは拭えないが、食べることが大好きな瑠奈が作ったともあって全員が満足そうに箸を伸ばしている。



「……あぁ。僕が朝買い出しに行くついでに会いに行ったんだけど」



「お前が動く時間って事は……太陽が昇り始めたくらいだろ?寝てただけじゃないのか?」


いつかと同じような話だが、今回は以前のようにいなくなっていた未来ではなく、FLATのメンバーですらない香織の話であった。


未来が朝ごはんの前に食材を調達したり買い出しに行くのはいつのまにか決まっている事でもあり、その時間は大抵他の幹部メンバーも寝静まった頃である。


その時間に会いに行ったが居なさそうだと言われても、空にはただ寝ていて気がつかなかっただけじゃないかと疑いの視線を向ける。


上からお椀を掴み、ゆっくりと冷ましながら赤出汁に口を付けている空へ、未来は箸を置いて真っ直ぐに見つめていた。



「いや、いつもこの時間に起きているし……こんなものが家に貼ってあったんだよ」


そう前置きして懐から取り出した一枚の紙。


サイズ的に香織のメモの切れ端のようだという事は、メモを何度も目にしてきた空達からすれば想像に難くない。


先に見せろとばかりにめんどくさそうな顔をしたまま、空は箸を持った手でそのまま紙切れを受け取り、数秒黙って目を動かした。



「……なるほどなぁ」


紙を放り投げた空は、気にする事なくまた自身の目玉焼きへと箸を突き刺し、乱暴に黄身を割って口に運んだ。


ヒラヒラと舞いながらテーブルに着地したメモを全員が同時に覗き込むとそこには1行、ただシンプルにメッセージが書かれていた。




一日留守にします



たったその一言だけ。



普通であれば終日家に居る方が珍しいし、仕事なんかしていたら1日いないなどただの日常である。


だが、香織は何故かそのメモを貼っていたようだ。



「…お出かけかなぁ?」


「いや、瑠奈……その発想は無いわ」


花蓮と瑠奈。仲のいい2人の小気味良い会話を聞きながら、空は自身の食べ終えた食器を片付けることもなく、テーブルに広がったメモを取って立ち上がった。



「まぁ、アイツもバカじゃ無いからなぁ。なんか考えがあったんじゃ無いか?」



指の先で摘んだそのメモの切れ端をくるくると回しながら、空はのんびりとそう告げた後、ゆっくりと自室に向かいながら再度メモに目を向けていた。













香織の家は、全くの無音であった。


香織がイヤリスの街に自分の意思で戻った日から何も変わっておらず、母がそこには居ないことを嫌なほど知らしめてくるようでもあった。



その持ち主を失った家のリビングで、香織は普段使わなかった箪笥を次から次へと開けては閉め、何かを探している様子だった。


手際は素早く急いでいるようではあるが、表情は焦っておらず、無表情のままでその作業を2度3度と繰り返していく。


やがて1番下の引き出しを開けてから少し止まった香織は、ゆっくりと右手を中に突っ込んだ。


携帯電話程度のサイズのものを取り出した香織は、制服のスカートのポケットへと無造作に突っ込み、そばに置いてあった学生カバンを持って立ち上がった。



「行ってきます」



何年も口にはしていなかった言葉を無人の家に零すと、そのままゆっくりと音を立てないように静かに玄関を開き、外気へと身を晒した。



通勤ラッシュの時間帯の街では、朝の日差しに照らされながら、学生服やスーツ姿が何かに追われて生き急いでいるかのように早足で街を駆け抜けていく。


香織は道の端に立ち尽くし、その光景をぼーっと見ている。

その姿は、周りからは明らかに浮いていたが、香織を含めてそれに気を向けるような人間は居なかった。



たっぷりと数分かけて朝の空気を、都会で汚れた空気を肺いっぱいに吸い込んでから、香織はゆっくりと歩き始める。まるで、他の人間と同化していくかのように、下を向いて脚を動かし始めた。



香織の家は所謂住宅街にあり、コンビニや遊べる施設なんかが側にないことが昔は不満であった。

おじいちゃんが1人でやっているような病院と、個人でのスーパーマーケット。一周1分もかからないような公園。


首都であるはずだが、香織の住んでいる場所はそのくらいのものであり、コンビニまで歩いて10分はかかるという文句を何度も父親にぶつけたものだ。



唯一の利点は学校まで徒歩で行けること。


長い上り坂が憂鬱ではあるが、それでも他の生徒のように満員電車や痴漢の話などを聞いてしまうと、そこだけは香織が気に入っているところでもあった。



上り坂の始まりでバスが止まり、そこから同じ制服を着た人間が何人も降りてくる。


そして皆一様に上り坂へと向かい、憂鬱そうに脚を動かしていくのだ。

友人同士で待ち合わせて楽しげに上がるのならばまだいいが、1人で登るのは朝からとても気分が沈んでしまう。


そのはずであったが、今日の香織は少し違った。


久しぶりの通学路、学校の生徒の人波に飲まれながら上り坂を歩いていく。

たったそれだけのことなのに、どこか冒険しているような気分で、香織は少しだけ気分を弾ませていた。


もっとも、これから先に自分に待っている憂鬱な時間を想像しないように、心が勝手に守っているだけなのかもしれなかったが。


そう思ってしまうと、香織は嫌でもまた思考がそっちに回ってしまう。

覚悟を決めて来たのはいいが、憂鬱な事に変わりはない。


イヤリスを出てから何度目かわからないため息を吐きながら、脚を止めようとしてしまった香織の背中を勢いよく誰かの手が叩いた。



「香織っ!?………香織っ!!」


大声に反応して勢いよく振り返るが、その声を上げた人物は勢いよく香織に抱きつき、その首筋に顔を埋めており、香織からその人物を認識することはできなかった。



「香織ー!!………心配してたんだよーっ」


「久しぶり………ごめんね、奈緒」


涙を滲ませながら瞳を潤わせ、香織の顔を真っ直ぐに見つめてくる彼女の顔を見つめ返しながら、香織は謝罪の言葉を口にした。


でも、その表情はどこか安心できる場所にいるかのようにリラックスしているものであった。




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