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そら音のイデア  作者: 金田悠真
第2章 母を訪ねて両世界編
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第4話 To香織 from…?

 


 空が座り直したと同時に、2人のやりとりを見守っていた香織が口を開いた。



「面識も無いので本当に難しい……というか、訳のわからない質問になってしまいますけど」



 母親について何か知りませんか?


 そう静かながら確かに尋ねた香織は、期待と不安に鼓動が早くなって行くのを感じていた。


 現実では間違いなく関わりはないはずであるし、母はこちらの世界には来ていない、はずだ。少なくとも香織は知らない。


 もっとも、魔法がある世界だとかそう言った話を、関係が崩れてしまっていた1人娘にするものかと言われると甚だ疑問ではあるのだが。



「………うーん……」


 パレスさんの反応は予想通りのものであった事に、香織は脱力と同時に何故か安堵も感じていた。だがそれに自分自身で気がつく事はなく、ただ唸り声を上げる金髪の少年を見つめていた。


 彼はなにも知らない、というよりむしろ何を答えれば良いのかを戸惑っている様子だった。



「まず。申し訳ないのですがお母様の居場所はわからないです」


 とりあえずとそう告げた彼は申し訳なさそうに首を小さく横に振った。


「そして……何か手がかりですが………うーん…香織さんのお母様を知らないので出会ったことがない、と言い切るのも不思議ですよね」



 歯切れの悪いはっきりとしない答えばかりだったが、それも仕方のない事だろう。


 そもそも香織たちの質問自体がはっきりとせず曖昧なものなのだ。手がかりと言っても全くの他人、しかも文字通り世界が違うと来れば答えに困ってしまうのは当然の事であった。



「そうですねぇ。僕はこの数ヶ月魔法の訓練をする為にほとんど龍演会の城から出てませんでしたから……ウチの人以外となると、ライザさんと…それこそ今会っている空さんと香織さんですね」


「買い出しに何回か行かせてるだろ、そこで変わった事はなかったか?」


 いつのまにかギルバートも全面的に協力する姿勢を見せていた。パレスの言葉に誰よりも先に食いついて、何かヒントはないのかと質問を投げかける。


 だが、その努力もむなしく、帰ってきたのは為になるような情報ですらなかった。



「そういう意味では、店員さんとかとは会いましたけど……」


 それで僕に手がかりとはならないでしょう、と申し訳なさそうに力無く肩を落としたパレスは、顔色を伺うように香織を上目遣いで見つめた。


「すみません、本当に力になれなくて……。僕だけに起こった特筆な事なんて……魔法発現球をいただいたくらいです」


 その言葉を最後に全員が悩み考え始めたように黙りこくってしまう。

 部屋の外では討伐隊が早々と帰ってきたらしく、中とは全く違う喧騒と楽しそうな声がくぐもって響いていた。



「……魔法、か………パレス、お前の魔法はどんな感じなんだ?言える範囲でいい」


 最後の一言はギルバートをちらっと確認しながら付け足す空は、黙ったまま香織に目を向け、軽く手を動かした。


 何かを書き記すようなジェスチャー。

 メモを取れという事だろうか、とすぐに反応した香織はゆっくりとペンを出して机に広がったメモを持ち上げた。



「さっきも言ったように実際にはまだ使えませんが……?」


「何となくできる事は感じたんだろ?……そんな小さな事にも縋りたいんだ、頼む」


 脚を組んでいた空が両足を地面に下ろすと、両手をそれぞれ膝につけながら静かに頭を下げた。


 自分の事では無いのに何故ここまでしてくれるのだろう。

 感謝の前に香織に浮かんだのは純粋な疑問であった。


 当事者である自分こそ頭を下げないと、と思考の中では分かっているのだが、何故か視線は頭を下げている空に固定され、身動きを取ることができなかった。



「そ、そんな!空さんがそんな事しなくても…!僕の魔法ですよねっ?……えっと……」


 慌てたように空に向けて掌を向け、何度も左右に振っているパレスは、慌てて頭の中を言葉にするように上を向いて言語を探し始める。



「空さんからしたら、しょうもない魔法でしょうし……お母様の居場所を突き止めるのに役立ちそうでも無いんですが……」


 そう言いながら、パレスは少し恥ずかしそうに視線を床に落とした。



「成功した事は、無いんですけど……その、女性になれそうな気がするんです」


 さらに、顔を赤くしながらそう告げた彼は、小声で「本当にしょうもない変な魔法ですよ」と自分自身を卑下していた。


 頭を上げた空は、その言葉に小さく首を振ってパレスに笑いかけた。


「変身…とかそういう魔法か?……十分すごいじゃ無いか……!イヤリスで変身魔法ができる奴なんていないぞ?」



 その言葉を照れ臭そうに受け取ったパレスは、何処と無く嬉しそうであったが、香織は軽く目を細めて空の横顔を睨みつけていた。



 優しくフォローをしたその一言で、ギルバートが巨人に変身しているという話は否定されてしまったためである。


 本当の事を言っていない気はしたけれど、本当にただの嘘だったとは。


 後で詰める、と心の中のメモに残しながら香織は空の言葉尻を拾うようにしてパレスに笑顔を作った。



「私もよくわからない魔法だし……ちゃんとやろうと思って出来たことも一回だけですから……」



 お互いに頑張りましょう、そう話して握りこぶしを両手に作って掲げると、パレスは心から嬉しそうに笑顔を作り、勢いよく頷いてみせた。



「ふん、その変な魔法すらろくに使えねぇときてるのに、ドラゴンをどうやって倒すって言うんだ…!……オレが炎の魔法を教えても一切できやしねぇ」


 ギルバートの言葉は身内や空にはキツイ気がする。異性に変身するなんてとてつもなく凄いことだと香織は考えていた。


 ウルフが襲撃した時に、それらを倒す魔法は目の前で見てはいたが、どうも物騒な事に親近感の湧かない香織に取っては、変身のようなわかりやすい魔法の方が魅力的に思えたのだ。




「ホンットに魔法ってのはわけわかんねーな!!……ま、それを考えるのはオレじゃ無いわな。……な。センセ?」




 単純に自身とよく行動を共にしてくれている空をからかった一言だと香織には感じられた。





 けれど、その言葉が癪に触ったのか、空は不機嫌そうに鼻を鳴らして脚をまた組み始めただけであった。




「先生?ですか?」


 パレスが不思議そうな声を上げながら自身のボスであるギルバートを見上げたが、彼もまた、鼻を鳴らしただけで返答する気はさらさら無いようであった。



「空さんは、先生もされてるんですか?」


 だがパレスも食い下がる。

 ギルバートがダメなら本人にとばかりに今度は視線を空に向けるが、彼は苦笑を浮かべて珍しく弱々しい言葉を吐いた。



「昔少しだけしてたんだ……それだけだよ」


 今はしてない、と鬱陶しそうに手を払った空は、組んだ脚を両手で支えるように膝を持ちながら、顔ごとパレスたちから背けてしまった。



「……………そう、ですか………」


 納得していない様子でパレスは頷いてその話を終えたが、同様に衝撃を受けているのは香織でもあった。


 また新たな情報が出てきた。

 それがまた興味のある空の話だからだろうか、香織のペンはほとんど無意識にその情報をメモへと追加していく。







 結果として、5人で話した中で最後に話題になったのはこの話であった。

 どこか空気が気まずくなったまま会議を終え、全員がふわふわとしたまま別れたその日の夜。香織は久し振りに感じられるイヤリスでの自室にいた。


 申し訳程度の椅子に座りながら、ランプの明かりの中でメモを見返していた。




 今思えば、このメモがヒントをくれるという魔法は香織にぴったりなのかもしれない。

 何事も理解しようとする性格に合う、という事もあるし、何かあったらメモを取りなさいとは亡き父親がよく口にしていた言葉だったからだ。



 書き方も、纏め方も。恐らくはペンの持ち方まで。大好きだった父親の真似事なのかもしれない。



 それでも、あの光りながら浮かび上がる文字たちは父親からのメッセージでもあるような気がして。


 1人になって自分の魔法と向き合ってみると、香織はまだ上手く発動させられない自身の魔法が、とても誇らしくなってきた。



 母への手がかりは空振りに終わったけれど、魔法は結局まだ完璧ではないけれど。

 聞き込みの時から空の様子がおかしくなり、気まずいままで別れたとしても。



 今日は、いい気分で眠れる。


 そんな気がした。






 持ち主がいなくなったメモが夜風に揺れる。


 暖かなランプに照らされた文字達が、誰に見せるでもなく風によって捲られていく。



 そこには、書いた香織本人の迷いや葛藤、思いなどがあるのかもしれない。普通のメモより少しだけ長く記されていたページがあった。







 空さんが教師なのは少し残念




  >何故か。みんなのものだとか思ったのか




  >違う。教えてくれないことの方が多いからか。




  >違う。いや、違わないことの方が多いが。



  >最後は生徒に委ねる、いい教師になりそう。



  >じゃあ何故イヤなのか。




  >教師という存在が嫌いなのかもしれない。






  >空さんを、あんな奴と同じ人種だと思いたくない。





  >自分の魔法がこれでよかった。じゃないと、復讐をしてしまいそうになるから。





  >あんな奴、どうしようもない。どうしたらいいんだ、あんな男






 そこで終わっているページを照らしていたランプが夜風に消され、部屋には暗闇が訪れる。




 そして、香織の寝息が静かに響く中、メモの1番下が白く光った。





 会いに行け、と。



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