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そら音のイデア  作者: 金田悠真
序章 変わり始めた日常編
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第2話 新人と変態と

 


「ここはどこなんですかっ!?いい加減教えて……っ、家に帰してください!」



 イヤリスの街の中心にあるギルド。その街一番の巨大な建物の上には時計が付いており、この街にいる人間でこの建物、そしてギルドを知らない人間などいなかった。



 その建物の三階、ギルドの最上階の一室から女性の悲痛な叫びが聞こえていた。



「えぇ、だからお話しする方が来ますのでお待ちいただけませんか?」



 かれこれ15分は叫び続けている女性に辟易したように眼鏡をかけたスーツ姿の女性は項垂れた。


 いつもは姿勢のいい身体は重力にひれ伏すように垂れ下がり、いつも持ち歩いているボードですら重たそうに両腕とその豊満な胸で挟み込まれていた。



「さっきからそればっかり!貴女が話せばいいでしょっ?」



 理解ができない、と簡素な木製の椅子に座りなおした学生服姿の女性は、鼻息も荒いまま立っているスーツ姿の女性を睨みつけていた。



「だいたい訳もわからずこんな所に連れてこられて……こんな狭い部屋に閉じ込められて!落ち着ける訳ないでしょっ!?」



 そう叫んで大きく机を叩くと、スーツ姿の女性はピク、と肩を一度跳ねさせた。


 そしてまた肩を深く落とすと、大きなため息を聞こえるくらいに吐いて。


「はぁ。……私でもいいんですよ、私のやり方でいいならね」



 そう小さく呟くと、今まで立っていた場所から初めて足を動かして、座りながら睨みつける学生服の女性へと近づいて行く。



 そして目の前まで移動した彼女は、ゆっくりとその眼鏡をずり下げ、吐息がぶつかるほどに顔を寄せた。



「な、なによっ……」


「話すのは苦手なので……『理解させて』あげようと思いまして」



 どこか妖しく扇情的なまでの笑顔。


 眼鏡のレンズを通さずに見る瞳は、金色に輝き光を放っていた。



「な、なにするつもっ……!!」


「またキャンキャン叫ぶんですか五月蝿い」



 叫びかけた学生服の口を乱暴なまでに手で抑え込んだ彼女は、さらに笑みを深くし、瞳の輝きを少しずつ眩く、そして鈍い色へと変化させていく。



「大体、ここに来た時点で同類のくせに」



 嘲笑。


 まさにその言葉がぴったりな程に鼻を鳴らして笑う姿に、尋常ではない空気を感じる。


 いつのまにか身体は強張り、何か言い返そうにも唇が頼りなく震えるだけであった。


 さらにスーツの女性の瞳が輝きを増すと、本能的に抑えられている口を振りほどくように首を大きく揺さぶった。



「っはぁ……、はぁ………っ」


「あら、まだそんな動けたんですね」


 まぁいいです、と呟くと大きく息を吸って。そしてそのまま後ろからやってきた何者かにその口を塞がれてしまった。



「んんっ〜っ!!」


「なにやってんのリザちゃん」


 リザと呼ばれたスーツ姿の眼鏡女性を後ろから抱きしめるように口を塞いだ男ーー空は今までの空気を読まないようにへらへらと軽い笑顔を浮かべていた。



「ごめんね。キミもこんなヤツ、びっくりしちゃうよね」


「えっ、いえ………あの……」



 学生服の女性はあまりに目紛しく変わる状況についていけないのか言葉を探していた。



 急に変わった自分の現実。

 急に現れた謎の女性の豹変。

 急に現れた自分の人生で出会った中で1番整った顔立ちの男性。



 処理ができないマシンスペックの低いパソコンのようにしばらく停止した彼女の目の前でスーツの中に押し込められた豊満な体を揺らすようにスーツ姿のリザが震えていた。



「んんっ、はぁ………っ」



 苦しそうに喘ぎながら空の手を掴むとゆっくりと口から離させ、そのまま自身の首へと持っていく。



「はぁ、空さん……っ!……苦しめたいなら首絞めてくださいよ…口塞がれたら興奮しちゃうじゃないですかぁ……っ」



 うっとりと言葉尻からも瞳からもハートマークが見えるほどに甘ったるく話す彼女は、先程までの豹変とはまた違う変化を見せていた。



 酸欠か興奮か、顔を真っ赤に染め上げながら涙の浮かぶ瞳を揺らしながら空の手を首元で押し付ける彼女だったが、空はあっけなくその手を振りほどいて離れてしまう。



「あぁ、悪いな。こんな変態は気にしないで良いよ」



 空はなにもなかったかのように学生服の女性に視線を向けないまま手を振って空いた椅子に腰掛けて足を組んだ。



「あはっ……変態ですって!嬉しいじゃないですかっ!」



 息が乱れたまま空の足元にぺたりと正座しながら見上げる彼女だったが、空は相手にもせず五月蝿いとばかりに見下ろすだけだ。



 それすらも至上の快楽だとばかりに体を震わせたリザは、キラキラと少女のような、あるいはギラギラとした娼婦のような瞳で黙りこくったまま空を見上げていた。



「重ね重ね………」


 目の前の学生服姿の女性を見ながらそこまで口にした空は、静かに息を吐いた。

 軽く自分の喉を確かめるように唾を飲み込むと、その口角を上げて言葉を続けていく。


「重ね重ねごめんね、コイツの事は気にしないでいいから」



 学生服の彼女を見るときは、優しく人当たりのいい笑顔を浮かべる空。もっとも、このイヤリスで1番人気の男性なのだからそれで落ち着いて話が聞けるようになるかと言われると甚だ疑問ではあるのだが。



「俺は空。ソラさんでもソラくんでも好きに呼んでいいよ。歳は、21歳だから……キミよりは年上かな?」



 男としては高めのその声が自分に向けられたと分かると、学生服の女性も慌てて居住まいを正した。

 警戒心は薄れてはいなかったが、呆気にとられているといっていいのかもしれない。



「五十嵐香織です……高校2年です」


「五十嵐ちゃんね……気が付いたら『こっち』にいたって感じかな?」


「は、はい……あの……朝学校に行く準備をしてたら…部屋の壁になんか、光る扉があって」


「それを開けてみたらって事か…それにしても自分の部屋とは……」



 なるほどね、となにやら含んで笑う空を見て少しだけ不機嫌になったように眉根を寄せた香織は、先程リザにした質問と同じ質問をぶつける事にした。



「ここ、何処なんですか?……東京、じゃ無いですよね?」


「うん……そうだねここは東京じゃ無いよ」



 何度か頷きながらじっと香織を確かめるような視線を向ける空は、静かに腕を組んで顎を触った。



「少し長くなってもいいかな?時間は気にしなくて大丈夫……だよね。学校なんて、1日休んでもなんてこと無い」


「っ……。……え、でも……せめてお母さんに連絡くらいしないと…」



 発言の1つ1つを探られるようにじっと見てくる空の態度は、人によっては不快極まりないものだっただろう。


 香織も例に漏れず、何処か所在無さげに顔を横に向けた。



「うーん、でもそれは大丈夫なんだよ。このリザがいるからね」



 ちらっと視線を下に向ける空。


 対するリザは「頼られてます、嬉しい。殴ってください」とブツブツと呟いているだけだったが。




「あの、大丈夫って言われても……」


「あはは、そうだよね……何が何だかわからないと思うけど……。信じて欲しい」



 なんの理屈も無いし、騙すにしては状況が飛び過ぎている。ドッキリの範疇でも無いし、そもそも自分がそういった類のものに引っ掛けられるわけがない。


 自身の置かれる状況は不明瞭この上無かったが、香織は頷く以外の選択肢を持ち合わせて無かった。



「じゃあまずさっきの話だけど、ここは東京じゃ無いし、そもそも日本ですら無い。……イヤリスの街。俺らはそう呼んでる」


「イヤリス……?ですか」


「分かりやすく言うと異世界、かな」


「…………はぁ」




 気の抜けた返事しか出来ない香織だったが、それも仕方のない事だろう。


 何処かの漫画で見たような設定を言われてもはいそうですかと素直に頷けるような胆力は持ち合わせていなかった。



 ただし、気が付いたら見覚えのない山中へと来てしまっている現実は嫌が応にも身に降りかかっているし、それらを説明する根拠も香織には無かった。



「異世界とか言われても受け入れられない事は分かる。……俺たちもそうだった」



 どこか懐かしい物を見るような視線。


 どこか腫れ物に触るような空の態度。


 言外の一挙手一投足からそれらを感じていた香織は一層訝しげに目を細めた。



「論より証拠。あり得ない体験をした君だったら、受け入れるしかない事は、何となくわかってもらえると思うんだが」


「確かに、あんな瞬間移動みたいな事はあり得ないですけど……」


「そうだよね。それに、魔法と呼ばれるものが存在する世界でもあるんだ」



 渋々と頷いた香織を見て、空は静かに人差し指を前に出した。

 そのまま指の腹を上に向けると、音もなくかれの指の先が淡い青色に光りはじめる。



「氷だとマジックとかだと思われるかな……じゃあ」


「っ……!!」



 そう続けた彼の指がより一層輝きを増すと、いきなり彼の指の先、空中に水が浮かび上がってくる。


 フヨフヨと浮かぶ水の形は絶え間なく動いており、香織が昔テレビで見た無重力での液体のように蠢いていた。



 空がそれを動かすように指を下に動かすと、浮いていた水の球は床にぶつかり、あっけなく破裂。後にはお茶をこぼしたようなシミが残るだけだった。



「どうかな、マジックではなかなか出来ない事だと思うんだけど」


「………………」




 対する香織はじっと無表情のままで水と一緒に沈み込んでしまうほどに床のシミを一点に見つめていた。



「大丈夫……危害を加える事はできるけど、する理由がないからね」



 突き出していた人差し指を畳み、静かに腕組みへと戻した空がそう告げる。



「街の人もそうだよ、誰も五十嵐ちゃんにひどい事をしようなんて奴はいない。と思う」


「おもう、ですか……」



 頼りない言い方に思わず苦く笑ってしまった香織が返すと、空は微笑んだまま頷いた。



「人の考える事なんて100理解しようなんてのは無理な話……それは『向こう』と変わらないでしょう?」


「いや、まぁ……それは……はい」



 今度は戸惑いながらも肯定の声を上げた香織。思い当たる節があるのか、その言葉だけは素直に飲み込むことが出来ていた。



「ここでは、過ごし方によっては危険はほぼ無いよ。あるとすれば……」






 そう続けようとした空だったが、その言葉は突如響いたけたたましい鐘の音にかき消された。





 ガンガンと乱暴なまでに響くこの音は外から聞こえているようだ。

 さらに言えば、とても遠くから聞こえるように思える。





 それでも言葉が遮られてしまうくらいの音量であり、建物の窓から見えるのどかな街全体に聴こえているのだろうその音は、次第に人の走る音や叫び声に変わっていった。






『西門だ!!討伐隊を呼べ!!』


『該当地区の方々は我々自警団に従いギルドへ!!』




 演技とは思えないほどの迫力で外の声が3階のこの部屋にまで飛び込んでくる。


 香織は、ため息をつきながらゆっくり立ち上がったリザと、同じく席を立ち上がった空をじっと見上げた。




「なんですか?これ」


「敵襲です」


「てき?……敵って」


「この音の場合は魔物、だね」




 マモノ。魔物。

 聞いた事はあるが姿形は想像すらつかない。

 それこそ漫画やゲームで見聞きした事のあるだけの響きだったが、今を含めた全ての状況から、香織は小さく身体を震わせた。




「魔物って……襲ってきてるんですよねっ?逃げ、る場所は」



 現実味もなく馬鹿馬鹿しいと考える頭とは裏腹に、香織の喉は水分を見失い、その言葉をつまづかせていた。



「ココが逃げる場所。……というより、西なら大丈夫だと思うけどね」


「……あぁっ、西地区ですもんね」



 くすくすと空気を読まずに微笑むリザは、先ほどのような不気味な姿では無く、まるで意にも解さない出来事だとばかりにリラックスした表情だった。



「丁度いいです。空さん……彼女を連れて行ってあげてください」


「ん、確かにな。それが早いか」



 その呟きは、鐘の音も慌ただしい人々の足音すらも無くなった空間にはやけに大きく響いた。



「連れて行くって……ココが避難所なんですよね?」


「うん、そうだね……下で音がしてるし西側の住民はココにきたんじゃ無い?」



 リザが扉を開けると聞こえてきたのは吹き抜けで1番下まで音を遮るものがないギルドの喧騒だった。


 ただし、先ほどのような嫌な空気を感じる事はなく、寧ろ居酒屋のような賑やかな声だけだ。


 不審そうに顔を強張らせる香織だったが、その思考は急に近づいてきた空に邪魔されてしまう。



「あ、あの………なにひゃっ!!」


 近づかれたままに姫抱きにされた香織は顔を赤くする余裕もなく防衛本能から反射的に空の服をしっかりと捕まえた。



「舌噛むから黙ってて?」


 そう告げた空は器用に脚で窓を開けると、そのままそこに両足で飛び乗った。



「えっ?………は、離してください!嫌です!」


「はは、これだけでどうなるかすぐ分かるんだから…現実的じゃない思考ができるみたいだね」



 じゃあ大丈夫だ。と呟いた声を置き去りにするように、空は何の迷いもなく窓から見える街の中へとその身体を飛び出した。



 もちろん、姫抱きにされて抑えられている香織も一緒に。



「ひっ、ひぃぃやぁぁっ!!」



 絶叫マシンすら苦手な香織は、力の限り目の前の男のシャツを握りしめ、風を切る音も聞こえないほどに大きく悲鳴をあげる。




「大丈夫だって」



 そんな言葉を聞くこともできない香織は、頑固に目を強く瞑ってしがみついているだけであった。

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