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そら音のイデア  作者: 金田悠真
第2章 母を訪ねて両世界編
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第2話 母への手がかり 其の二

 

「それで、龍演会に向かってどうするんですか…?」


 人通りが激しくなり、北地区の昼は喧騒に包まれていた。

 西や中央と違うのは、行き交う人の殆どが物々しい武装をしており、空気すらもどこか刺すように鋭いものであるという所だろう。

 香織は無意識に身を守るように空へと近づいて歩きながら小声でそう尋ねた。


「………行けばわかるさ」


 空もどこかピリついているのか、いつもより冷たい声を上げながら香織を突き放すように早足で北へ北へと進んでいく。


「そんなレスラーみたいなこと言わんとー、おしえてーやー」


 その速度についていきながら、ライザはベタベタと空の右腕を抱きしめて寄り添いながら歩いていた。

 はじめこそ鬱陶しそうにしていた空だったが、何を言ってものらりくらりと躱され、結局は自身の腕に絡みついてくるのだ。諦めてそこには触れずに歩き出した空の陰で、ライザが小さく香織にVサインを向けたのは、女性2人の秘密である。



 十数時間振りの龍演会の城が見えてくると、その塀の向こうに遠くからでもはっきりわかる巨人が1人立っていた。


 塀なんてあってない様なものであるその身長は、大声でも届くか怪しい距離でもはっきりと捉えることが出来た。

 そしてその身体は太陽の位置のせいか、どことなく光って見える。



 相変わらず現実離れしている。そう香織が考えながら見ていると、遠くてわかりにくいがおそらく目があっただろう。

 そう思った瞬間に空はライザの腕を振りほどいて自身の耳を両手で塞いだ。


「空さん…?何を「わっはっは!!!!よく来たなぁ!!お前さんから念話が来た時は何事かと思ったぞ!!!!」………っ!」


 空に行動の意味を聞く前に、その身をもって体験してしまった。

 北地区どころかイヤリス全体に響く程に巨大なギルバートの声は、建物や地面すらも大きく揺さぶっている様だった。


 香織とライザはめまいがした様にふらふらとしているが、一足先に防御していた空はもちろん、何故か北地区の人々もけろっとしてまるで何事もなかったかの様に過ごしている。


「うるっさ……!これ人の声か……っ?」


 ライザの口の悪いつぶやきだったが、香織は全くもって同意見だった。また空の事前の説明不足で被害にあった、とジト目で見つめているが、その感情や表情すらもまた響いた巨大なオトコの巨大な声に遮られてしまう。


「ん?おぉっ!魔法がかかったままだったなぁ!!悪い悪い!!」


 そう聞こえてくると、遠目で見るギルバートの身体から光が消えていく。どうやら目の錯覚でもない、ただの魔法が発動する時の光だったようだ。


「今丁度魔法発現球使っててなぁ!!」


 そう言い直したギルバートの声は、先ほどの様な暴力的なまでの大きさではなかったが、それでも距離と比例しないほどに大きくはっきりときたものである。

 空とはまた別の意味で、全てが現実離れしている。香織はため息をつきながらも、どこか楽しそうに脚を動かし始めた。


 3人がギルバートのーー龍演会の城に入っていくと、巨大なギルバートの足元に、昨日見たばかりの少年がへたり込んでいた。

 両手は疲れ切ったように垂れ下がり、高価な魔法発現球は地面に転がされていた。


「だから違う!もっと……こう、ブワって感じでなぁっ!」


 近付かなくても聞こえる声ではあるが、一行は近づいていく。するとギルバートの身体が赤に光り輝き、手のひらから炎の竜巻が手のひらサイズに発生した。


 手のひらサイズとは言っても、ギルバートの、だ。



 結果的に巨大とも言える熱風のせいで辺り一帯の気温は明らかに上昇しており、へたり込んだ少年も具合が悪そうに顔を曇らせていた。



「感覚的すぎんだろ」


 ツッコミを入れた空が掌をギルバートの手先に向けると、空は青く光り輝いて。彼自身が得意だと話すいつもの氷の魔法で竜巻をその形のまま凍りつかせた。



「修行中悪いけど、こっちの目的優先してくれよ」


 そう言われてギルバートは、氷の竜巻を受け止め、いとも簡単に素手で握りつぶしてから豪快に笑い飛ばした。


「わっはっは!すまねぇすまねぇ!!コイツの物覚えが悪くてよぉ!!」


 ばしばし、と少年の頭を可愛がっていじるように叩いているのだが、あきらかな体積が違いすぎて、少年はフラフラとしているように見える。



「おはようございますっ!お忙しいのに!すみませんっ!」


 香織は少年に何かあるかも、と慌てて駆け寄り意識を逸らさせるように、飛び跳ねながら両手を振ってギルバートを見上げた。


「おぉ、嬢ちゃん……良いさ、コイツに付きっきりの日だからな今日は。イヤリスは平和すぎていけねぇなぁ……」


 つまらなそうに呟きながら、ギルバートはゆっくりと城の庭に腰を下ろした。

 ズシン、とお腹の奥が震えるような地響きを立てながら座った彼は、空をじっと見つめる。

 ぼうぼうに伸びた口周りのヒゲを手のひらで撫でていき、シャリ、シャリ、と音が響き始めた。



「それで?……今日はオレじゃなくて……コイツに用があるんだったな?」


 芝生を刈り取るように巨大な脚を動かして胡座を組んだギルバートは、疲労困憊の上巨人に叩かれた衝撃でふらふらとしている少年を指差した。



「あぁ、まあな。……とは言え俺たちとしては、今のような修行を見届けたいんだが」


「ん?変な奴だな相変わらず!」


 わっはっは、と独特な大笑いを豪快に上げながら、ギルバートは空を見下ろす。


 楽しそうに自身のあぐらをかいた膝をバシバシと叩いていたが、やがてそれも止むと、少しだけ目を細めて香織にも伝わるほど空気が一瞬にしてピリッと張り詰めた。


「魔法を見たいのか?何故だ?」


 笑い声も上がらず低くなった声と真剣な眼差し。香織が冷や汗を流してしまうほど急激に空気が変わった庭で、空だけが右側の口角を吊り上げてニヒルに笑っていた。



「………目的は話してあるはずだが?……改めてもう一度口にしたいような事でもないだろ」



「それはわかっとる。……何故コイツの魔法を見たいのかって事だ」



 イヤリスの街を守るFLATと龍演会。

 その2つのグループのリーダー同士は、側から見れば怪物と捕食者にしか見えない。

 けれどその側にいれば互いの腹の探り合いや距離感の取り合い、格闘技のように空気が張り詰めていた。



「オレ達ですらまだ知らないコイツの魔法……何が使えるようになるか分かっとるような行動じゃないか?」




「いや、それは知らないさ。……本当に」



 呆れて肩をすくめながら失笑した空は、ギルバートの正面で同じ形をとるように地面に胡座をかいて座り込んだ。


 いつもの黒のロングコートがその足腰に踏まれてシワを刻んでいくが、それすらも気にならぬように空はギルバートと同じように自身の両膝に手をついて、肩幅を開くように座り直す。



「だけど、そいつの力が必要なのかもしれない……それくらいは分かってる」


 どうやら香織の魔法について、空はギルバートに話を通していないようだ。

 何となくそう伝わってくるけれど、同時に「だったら事前に話を通しておけ」という文句も浮かんでくる。


 これくらいの事だったら隠す事でもないし、自分ですらよく分かってない魔法なのだから口を滑らせる確率は大いに高いはずなのだから。



「コイツを知ってるのか?……ボウズ」


 いつもの名前呼びではなく、砕けなような、バカにしたような表現。その言葉をぶつけられても、空は堂々と座りながら、余裕そうに笑顔を浮かべていた。


 自分の上司、社長にあたる人間がピリついている事にどうしたら良いのかわからず、ただ慌てて戸惑っている少年が空と少しだけ目を合わせた。



「………いや、こんな見た目のやつは知らん」


 そう告げて腕を組んだ空は、冷たく一瞬で視線を切ると、ギルバートを見上げ直した。



「そもそも、オッサンの所の人間だろ?……変な言い方するなよ」



 また余裕たっぷりに笑いながら見上げてくる空に、ギルバートは苛立たしそうに舌打ちをした。


 空気が破裂したような音が響いてから、ギルバートは自身の髪の毛をぐしゃぐしゃと思い切り乱暴に搔きまわす。



「ちっ……!お前さんと腹の探り合いした所で勝ち目がねぇよ!………おら、入れ。詳しい話しは中でだ」



 しっし、と手のひらを動かしたギルバートに、空は自然で純粋な笑顔を向けて立ち上がった。


「……さ、行くぞ。香織、ライザ」



「………今の、なんだったん?」


 空気に耐えられなかったのか、ライザはこそっと声を潜めながら、歩き始める空へとついて行く。


「んー、挨拶みたいなもんだな。2人はいつも通り話してればいいよ」



 迎えに来てくれた甲冑姿の女性についていきながら、3人は城の扉をくぐって行く。


 その背中を見届けた少年とギルバートは互いに目を向ける事なく、閉まった扉を、そのまま見つめていた。



「あの、僕は何について聞かれるんでしょう?」


 どこか緊張した様子で少年はギルバートに声をかけた。

 プルプルと小さく震える唇でそう告げるが、顔だけは真っ直ぐに3人が消えていった扉を見つめている。



「おぉ、お前には伝えてなかったな!……嬢ちゃんの親が行方不明で、探す手伝いをして欲しいんだと」


「はぁ………」



 気の抜けた返事をしながら、少年は地面に落ちているガラス球ーー魔法発現球を持ち上げた。


「そんな大変な事情とは知らなかった。ですね………」



 そう言葉を選びながら、伏し目がちにそう発した少年は、自分にできる事なら、と付け足してから、ギルバートと共に城へと戻っていった。




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