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そら音のイデア  作者: 金田悠真
第1章 慣れていく非日常編
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第18話 香織の手にした力

 

 ライザとの食事会の次の日、朝日が昇り始めて間もない頃からFLATのアジトは人が動き始めていた。


 イヤリスの西門から抜けて少し。香織や亜紀が修行を行っていた場所よりも少し離れた場所には、無色透明で透き通っている川が流れている。


 その川の中に立っている2人、未来と香織の姿がそこにはあり、川のほとりには座って本を読みながら2人を見守る瑠奈の姿もあった。


 未来と香織はジャージ姿であり、裾を膝上までまくり、冷たそうにしながらも川の中に立ち、中を覗き込むように2人とも中腰になっている。


「どう?行けそう?」


 未来がザバザバと川を掻き分けながら香織へと数歩歩み寄る。その手には活きのいい大ぶりの川魚がその身を跳ねさせて逃れようともがいている。


「頭では、わかってるんですけど………ねっ!」


 未来に目もくれず、話しながら大きく腕を川の中に突き入れた香織だったが、しばらく水を跳ねさせてから挙げられた手には何も捕まえてる事はなく、水飛沫だけが朝日に反射して綺麗に輝いていた。



「ふふ、『向こう』じゃあこういう経験もないだろうしね」


 優しく笑いかけ、川の中からその身を跳ねさせた未来は、一歩で数メートルを跳んで瑠奈の側へと移動した。

 高所から着地する猫のようにしなやかに身を踊らせ、音もなく着地すると、手に抱えていた魚を水が汲まれてある木のバケツへと沈みこませる。

 中には同じような大きさの川魚が他に3匹、狭そうにバケツの中をぐるぐると泳いでいた。



「流石未来くん……全員分すぐ捕まえられそうだね」


 本から視線を上げ、体育座りの格好のまま見上げる瑠奈は、相も変わらず聖母のような優しげな微笑みをたたえていた。


 未来が頷きながら返す笑顔もまた、瑠奈と同じように相手を慈しむような優しげなものであり、どことなく2人の表情は似通っている。


「うん、でも香織ちゃんも筋はいいよ。最初こそ魚が怖そうだったけれど………あと数分もすれば捕まえられるんじゃないかなぁ」


 そう言って向けた視線を辿るように、ゆっくりと瑠奈も顔を回して、川の中で未だ格闘する香織を見つめた。


 現実に久しぶりに戻り、そこで実の母親が失踪していると聞いた時は戸惑い、自身の事であるかのようにその胸を痛ませたが、今の香織の表情は澄み渡っており、悲痛そうな様子は見受けられない。

 この街が、そしてFLATが香織の心を軽くできているのかもしれない。自意識過剰かもしれないが、そう考えると自慢気で誇らしい感情が瑠奈に芽生えてくる。


「ボクも手伝ってくるね」


 ぽす、と空気が抜けたような音を立てて瑠奈の頭を撫でた未来は、今度は普通に歩いて川の中へと足を進めていく。

 その背中をどこか潤んだ瞳で見つめている瑠奈は、読んでいた本を閉じてから、また魚を捕まえ始める2人の姿をニコニコと幸せそうに見つめていた。



「あー!未来さん!……助けてください!」


 しばらく水を散らかすように動き回っていた香織が、両腕を肩くらいまで沈み込ませ、そのままでじっと止まっていた。慌てたような必死の声を上げながら、時折困ったように脚を動かしている。


「捕まえましたー!……でも逃げちゃいますっ!」


 服が濡れる事も構わなくなったのか、香織はその両の脚を川に沈み込ませ、膝立ちで四つん這いになるようになっていく。


「あー!あー!逃げます!」


 その顔を水面ギリギリに寄せているせいで、身体を動かすたびに水飛沫が顔にかかっているが、どこか楽し気な香織の声が川に響き渡る。


 両手の中にいる川魚は、身体を右に左に動かして香織の遠慮がちに力の込められた手から逃げ出そうと、ほんの少しずつ指先から逃げていった。


 どうしたらいいのかもわからず、香織が両腕を思い切り上にあげて立ち上がると、かきあげられた水とともに、魚が宙を舞っていく。


 瑠奈と香織が共に見上げた視線の先、未来は空中に飛び上がって優しく魚をキャッチし、川の中へとまた脚を着地させる。その衝撃で水が未来とすぐそばにいた香織に思い切りかかるが、2人とも未来の手の中に残っている魚を見て、また楽し気に笑い声を上げた。


「結果オーライですけど!捕まえました!」


 普段できない体験をし、成功を収めた香織は普段よりもテンションが高く、嬉しそうに声を上げて未来へと近づいていく。

 大切そうに両手で魚を受け取ると、見せびらかすかのように高く掲げながら川の中で脚を動かし、瑠奈の元へと走ってくる。


「見てください!捕まえましたよ!」


 もう逃がせないとバケツの中に両手を入れながらも魚を離さない香織は、瑠奈に満面の笑顔を向けていた。


「ふふっ……うん、おめでとう」


 大きいね、と2人並んでバケツを覗き込むと、香織はゆっくりと指の力を抜いていく。すると間も無くして魚がバケツの中を窮屈そうに泳ぎ始める。


「これでさっきの未来さんの魚を合わせて5匹ですね……あと1匹ですか?」


「いや。これで終わりだな」


 突如前触れや気配もなく頭上から降ってきた声に香織と瑠奈が顔を上げると、そこにはいつものコートをはためかせながら空中に浮かぶ空がいた。


 風を起こしながらゆっくりと着地すると、その手には今まで香織と未来が捕まえていた魚よりも一際大きな魚が収められており、無造作に投げられたその魚は綺麗にバケツに入水してその身を水で冷ますようにくるくると泳ぎ始める。



「あれ、空!おかえりっ」


 こちらに気がついた未来が川からゆっくりと上がり、香織の魚を捕まえた時の水飛沫のせいで濡れた髪を犬のようにプルプルと震わせて乱す。

 そしてジャージの上を脱いで絞り出すのだが。


 綺麗な黒髪が肌に張り付き、肌着も透けているその姿は男性ながらにとても美しく扇情的であった。

 顔を真っ赤にしながらその顔を本で隠した瑠奈を見届け、自身のコートを投げた空はそのまま川そばの大きな石に腰かけた。


「美少女は風邪引く前にアジト帰れ」


「誰が美少女だ!」


 犬歯をむき出しに怒った未来だったが、小さくお礼を言ってからそのコートに細い身体を隠した。


「……お前の朝ごはんだけサラダだけにしてやる」


「それは俺にとっちゃ朝食は抜きだな」


 悪かった、と苦笑いしながら謝った空は、香織に顔を向けた。


「お前はここに残れ。腹減る頃には帰してやるから」


 昨夜龍演会の城の前でかけられた言葉を思い出した香織も、何か事情を察した未来と瑠奈も。特に違和感を覚える事なくその言葉に頷いて各々が動き始める。


 買い物に行った夫婦のように1つのバケツをそれぞれの右手と左手で持った未来と瑠奈は、手を振りながらゆっくりと空達から離れていった。

 その姿が見えなくなるまで見送った香織は、空に倣ってできるだけ綺麗で大きな石へと腰を下ろした。


「朝アジトに戻ったらお前らがいないからな………何してるのかと思ったぞ」


「あ、すみません。未来さんが朝ごはん捕まえに行くっていうから気になって………。瑠奈さんには邪魔かなと思ったんですけど」


 好奇心に負けました、と笑う香織は魚獲りの興奮が覚めやらぬのか、いつにも増して元気そうであった。


 ゆっくりと両脚を開き、その膝に肘をついた空は、心なしか満足気に頷いてみせる。


「ま、いい経験だろ?東京じゃ、できない」


「ですね」


 朝日が高くなり始め、少しずつ気温が上がってくると、水に濡れていた香織にはちょうど良く、またコートを脱いだ空も気持ちよさそうに大きく息を吸ってリラックスしていた。



「さて、朝飯の時間もあるし……本題だな。メモ貸してくれ」



 座ったままで手を開く空の元に香織が立ち上がり近づいていく。地面の小石を踏み鳴らしながら歩み寄りメモを手渡すと、空はまるで自分のものかのように目的のページを探し始めた。



「昨日、北地区に行って……ライザとたまたま会って。何でご飯に誘ったりしたと思う?」


 程なくして目的のページを見つけたのかその手を止めた空は、所在なさ気に立っている香織を試すように見上げた。


「えっ?………それは、分からないですけど……。元々空さんの行動で理解できたことの方が少ないですよ」


 からかうようにそう笑いながら、香織は空の座っている石に腰かけた。形的に90度ずれて座り、身体ごと向き合うことはなかったが、そのまま空を見ることなくパタパタと脚を動かしている。



「でも、その行動が間違った事を見たことがないのも、事実なので」


 言ってしまえば付き合いはひと月程度であるし、魔法の修行を何度か見てくれただけではある。それでも、彼ならちゃんとした考えを持っているのだろうと確信したように、香織は堂々とそう告げた。



「はは、それはありがたいけどな。……今回ばかりはそうじゃない」


 呟いた空が点を見上げるようにその背中を傾かせると、狭い石に座っている香織の右肩に、その背中がもたれかかってくる。

 そのままで体重をかけてもたれ始めた空は、メモを青空に向けて掲げながら一度言葉を切った。



「お前の魔法を確かめたかったからだ」



「私の……魔法?」


 それは香織にとっては少し不可解な言葉であった。


 魔法が使いたいと思っているのは事実だが、それを出来るようになるために現実に一度戻ったのだ。そこで母親の失踪を知り、魔法の前にまずはそれを何とかしようとイヤリスに戻ってきたのがつい先日のことなのだから。


「あの、母についてじゃなくて……私の魔法について、ですか?」


 念押しの確認をするが、香織にもたれる空の表情はわからないし、それを伺うために動くこともできない。けれど、肩に触れる彼の動きで、ゆっくりと頷いたことだけは伝わった。



「お前は俺たちに、母親を探す手伝いをして欲しいと言ったな?……母親の顔も名前も知らない俺たちに」


 そう改めて言われると些か盲目的だったかもしれない。魔法が機能するのはどうやらこちらの世界だけでのことであるし、それが途方も無い依頼だということに気が付いてしまい、香織が頷くのが少し遅れてしまった。



「別に迷惑だなんて思ってない……だが、お前は言ったな?探すのは自分で、俺たちはそのお手伝いだと」


 その言葉もはっきりと覚えている。自分ができることなどほぼ無いかもしれない。あるとしてもそれは現実世界での話であるし、FLATとともに何かをすることは難しそうだ。


「でも、そのお手伝いすら俺たちはできないかもな」


 言葉の内容だけ見れば冷たく突き放すような言葉。だがその声色は優しく、香織を安心させるようなものであった。

 真意をまた聞く前に、空は香織にもたれかかったままメモを眼前に突きつけてくる。右後方から差し出されたそれを受け取って眺め始めると、内容は何らおかしく無い。


 思ってた以上に母親の失踪で動揺していたのかもしれず、細かく書いた内容までは覚えてなかったが、書き方の癖や筆跡から間違いなく書いたのは自分である。


 小学生の頃亡き父親に教えてもらった通りにメモを取る癖がいまだに残っているその中身は、非常に整理されていてわかりやすい。


『魔法とは』

 そう左端に大きく疑問点が書かれており、そこから内容が細かくになるにつれて一行ずつ下に下がっていき、左の空白が広がっていく。

 PCのツリーのように書き記したそのメモは、昔から見慣れた形だ。だが、空が見せるのだから何か意味があるのかもしれない。

 そう思って改めてメモを見直すと、香織の筆跡が続いているだけだ。

 女子らしい丸文字だが固さが残るような真面目な字。開いたページはこちらの世界に戻ってくる前に話す事を整理しようと書いたページだ。



 母親の行方

  >学校側の証言が理解できない

  >何故自分ではなく母親なのか

  >真実を知っているかもしれない

  >宮原が言い出した様子


 そう整理されている行の1番下。香織の筆跡にしては少し男性的、だが香織の字とも取れる。似ているがどこか違う筆跡で一行だけ追加されていた。


 宮原が言い出した様子

  >北に行け


「………これは………空さんが?」



「俺は自慢じゃ無いが字が汚い。………自分でも読めないレベルだ」


 そう言いながら香織の肩から背中を話した空は、香織側の足を一歩だけ膝立ちにさせて石の上に乗りあがった。香織と顔を並べながらメモを覗き込む。

 空のシャンプーの匂いがいつもと違う。

 そんなどうでもいい感想のせいで空の指の動きを追うのが少しだけ遅れてしまった。



「俺はこのメモから魔力を感じた。帰ってきてから急にな。………そしてこの行。少しだけお前の字とは違うし、書き方も違う。それにここから特に魔力を感じてな」


 男性的な指の先、北へ行けと書かれたそこをなぞったまま、さらにその動きは下へと動いていく。


 勿体ぶるようなゆっくりとした指が止まると、そこにはまた香織とは少し違う字体で『商人」とだけ記載がある。



「ライザと出会った時は正直何となくだ。誘ったのはな。………でも、食事してる間にそのメモが増えてた」


 自分では気が付かなかったことなのに、空はそこに意識を持っていき、気がついてくれていた。

 字体が違うことも見分けられ、そんな話をしてるわけでは無いのに、香織は少しだけ嬉しくなってしまった。



「お前が書くにしてはざっくりしすぎだし……そこからもまた同じく魔力が感じれてな。気になって色々確かめてみたんだ」



 そう告げた空は、指をメモから離して真っ直ぐに香織の横顔を見つめた。

 あまりにも近い距離に戸惑ってしまったが、香織も吸い寄せられるように目を合わせる。


「コレが、お前の魔法なんじゃ無いのか?」


 ほんの少しだけ。吐息が感じられる距離だからこそわかる程度に、空は目を細めた。


 断定はしていないが、その口調はまるで全てを知っているかのように自信に満ち溢れているような声色であった。



「………書いてみろ」


「………えっ?なにを…ですか?」


 コレが自分の魔法だと言われたが、いまいち理解しきれていなかった香織はまた戸惑ったような声を上げる。



「………いつも通りでいい。母親を探すためになにをすればいいか。………そんな風にもう一度纏めてみろ」



 喜んでその言葉通りに動く理由は特に無い。

 だが、断固として断る理由もない。


 香織は、ジャージでも変わらずポケットに入っていたいつもの無機質なボールペンを取り出すと、空が見守る中ゆっくりとペンを走らせ始めた。



 母親の行方

  >自分の魔法が役にたつかもしれない

  >居場所がわかる、もしくはそれに準ずる何か

 

 そこまで書いて、後は何を書こうかと悩んでペンを止める。

 すると、今書き記したメモの一行下、ほんの少しだけ白く光が放たれる。


 それは、この世界に来て何度も目にした、魔法が発動するときの光で。


 黙って様子を見ている空の視線を感じながら、香織は緊張したように乾く喉を、唾液で少しだけ潤した。


 固唾を呑んで見守ること数秒。いや、数分だったのかもしれない。

 時間が分からぬほどの静寂の中、光りが収まると、ひとりでに文字が浮かび上がる。



 居場所がわかる、もしくはそれに準ずる何か

  >商人の客



 商人の客。

 たった4文字だけの簡潔な文字が香織のメモに勝手に追加された。


 それを見届けた空は、満足げに一度大きく頷いた。



「よし、今日はまたライザに会いにいくぞ。あいつは昼にイヤリスを発つと言っていたからな。余裕で間に合う」



 少し明るいようにも聞こえる空の声、それに返事を返すことも出来ないまま、香織は勝手に追加された4文字の言葉を、いつまでもじっと覗き込んでいた。


今回で第1章は完結となります!


まぁ、見てわかる通り問題は何も好転してないので続きます笑


キリがいいのでってところですね!


明日からも更新しますので、引き続きそら音のイデアをよろしくお願い致します!

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