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そら音のイデア  作者: 金田悠真
第1章 慣れていく非日常編
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第14話 北地区と関西弁

「あの、どこに行くんですか?」


 信頼をしてついて行くことを即決したのは香織ではあるのだが、そこにはなんの根拠もなかった。


 不安だから、というよりは純粋な興味として、香織はすぐ隣を歩く空を見上げた。


「……北」


「北地区〜?なんでまたそんなところに行くのさ〜!」


 並んで歩く2人の少し後方、レジャーシートをバサバサと鳴らして運んでいる花蓮が不満げな声を上げた。



 イヤリスの街は大きく分けて5つの地区がある。

 西側は自警団FLATのアジトがあったり、農作業をしている方たちの家や畑が集まっていて比較的田舎。



 東地区は商業的であり買い物をするなら東に行くしかないとも言える。


 南地区は住宅街。お店や自警団、討伐隊に入っていない所謂、一般の人が住んでおり、香織の家もここにあてがわれている。


 それぞれの地区が中央に集まるほどに栄えていき、中央地区ではギルドやマナリスを始め、人通りとちょっとした露店が多いところが特徴だ。


 そして、今空が行くと言い放った北地区だが。

 普段無関係な人間が1番行かない場所である。


 北門は常に封鎖されており住民が出入りする事はないし、お店なんかも無い。

 夜になると男性達が集まるお店はあると噂だが、残念ながらお世話になったことのない空や未来はその辺りの情報も薄かった。

 知っているのは討伐隊の本部が多い事。歓楽街という側面も有り治安がそこまで良くないことくらいだろうか。


 討伐隊は一見すると軍のようでもあり、自警団に比べると関わるのは気楽ではないため、改めて北地区に行こうと言う空に、香織以外の全員が不思議そうな顔を浮かべていた。



「さぁ?……俺もなんで北に行くのかは知らないね。………香織は知ってるか?」


 どこか楽しげに笑っている空の足取りだけは1人異様に軽やかだった。楽しそうに頬を緩めて笑いながら香織に質問をぶつけ、答えかねて考えているところをさらにくすくすと笑いながら見守っている。


 香織はまだFLATのメンバーと打ち解けていない自分が知らない顔なのかと他の幹部メンバーに目を向けるが、返ってきたのは全員のキョトンとした顔と横に動かされた首の動きだけであった。




「そ、それで……北地区の、どこに行くんですか?」


「さぁ、それもわからん」


 その言葉には流石の仲間達ですら全員小さくため息をついた。


 元々空は突拍子もなかったり、自分の考えだけで周りを振り回すところは多々あった。その考えを周りに話さないと言う事も。


 だが今回のようにはっきりと自分の考えではないと告げた上で不思議な行動を取ることは無く、なぜか楽しそうな事も周りから見れば珍しいものを見ているようであった。



「まぁ、空のする事は信じて大丈夫でしょ」


 少しずつ茜色から暗い闇の色に姿を変えてきた空の下、1人下駄を鳴らして歩く未来は落ち着いていた。



 全幅の信頼を寄せてます、と表情に貼り付けたまま、少しだけ寒そうに両手の袖の中に掌をしまいこんで優雅に空へと着いて行く。




 今日も、そして薄暗い中でも。未来は美しかった。






 一行が北地区にやって来たころ、薄明かりだった空はすっかりと暗くなり、月の明かりが街を照らし始めていた。


 今までいた中央地区を始め、他の地区ではあまり見ることのなかった物々しい雰囲気がこの北地区には溢れている。


 香織が軽く顔を回しただけで甲冑や武器、魔物の死体といったものがそこら中に溢れかえっている。

 街の喧騒ですら、どこか血気盛んでギラついたようなものにも聞こえる。



 何食わぬ顔で空は歩いているのだが、隣を歩く香織に街の声が聞こえてくる。それも、1つや2つではない。

 人が視認できる距離になると大抵の人間がこちらをぎょっとしたように見つめ、人によっては睨んでいる。



 何故ここに自警団のリーダーが。


 さまざまな言葉で表現されているし、プラスにもマイナスにも言われているのだが。結局はこの1つに尽きる。


 それほどまでに北地区は独特な世界を形成しているのかもしれなかった。




 それともう1つ、先程のような疑問の言葉では無く、純粋に女性が漏らしている言葉も多かった。

 顔立ちが整っている空を見る女性の大半が熱っぽい視線を向けており、遠巻きながらに誘うような声を投げかけられる事も少なくなかった。



 討伐隊という世界のせいだろうか。他の地区に比べてこの北地区にいる女性は男性的であり、俗っぽく言えば、肉食的に見て取れる。



「あのっ…どこに向かってるんですか?」


 そんな2種類の視線に疲れたように香織は声を潜め、空のすぐ近くへと脚を動かした。


 周りから刺さる視線の、女性側のものがキツくなった気がするが、香織は無視をする事に決めたようだ。


「うーん、分からないな……とりあえず北地区に来たかっただけだし……果てにある「龍演会」のアジトにでも行ってみるか?」



 ここまで来ても先頭を歩く空に目的意識は無かったようだ。まるで散歩でも行くかのように気楽にそう告げた。


 丁度北地区の中間程度まで歩いて来た空は、かなり先にある大きな城塞のような建物を指差して全員を振り返った。


 全員がめんどくさそうに顔をしかめたとき、一行の外から返事が返ってくる。



「そんな気軽に人ん所に入ってくんじゃねえよ」


 先程まで道端の小さな店で酒を囲みながら盛り上がっていた男性が、そう呟きながら立ち上がって空達へと近づいてくる。


 周りの人間は呆れたように首を振るタイプと、酒を片手に男性を煽るようなタイプに二分される。


 本来絡まれた立場の空は何故か楽しそうに笑っており、身長も体重も、筋力も。シルエットから全く違うゴリラのような相手をくすくすと笑いながら見上げていた。



「別に同じ街に住んでるんだから、来たって構わないだろ?」


「うるせぇ!目的はなんだよ!」


 酒臭い口から、怪しい呂律で紡ぎ出された言葉を、めんどくさそうに空は手の甲で払った。



「特に無いよ。……散歩だ、ダメか?」


「俺たちをバカにしながらする散歩なんざ気分がいいわけねぇだろう!!」


 今にも殴りかかって来そうなほどに顔を真っ赤にした男性に呆れながら未来が空と香織の間へと近づいた。


「空、あんまり煽らないの。……見たところまだ新人さんみたいだし、穏便に済まそう?」


「ふん、別に煽ってもねぇよ……ただ新鮮で楽しかっただけ」


 手を出すつもりはないよ、と両手を上げたまま毒気を抜かれたように笑う空に、未来は満足げに笑っていた。



「大人になってくれたみたいで嬉しいよ……。ただでさえ討伐隊との関係は微妙なんだから、揉め事は起こして欲しく無い」


「何コソコソ話してんだよ!!」


 男性は怒ったようにさらに声が大きくなった。



「……すみません。不用意に北に来てしまったのはこちらです」


 優雅に頭を下げる未来だったが、男性の鋭い視線の先は変わらず空に向けられている。




「うるせぇ!!女子高生に巨乳、ボーイッシュに幼女!しかも和服美女までか!そんなにイケメンがいいか!自慢して楽しいかよぉっ!!!」




「………………んん?」



 だいぶ話の方向性が変わったな、と空は1人笑いだして手を大きく何度も叩いていた。


「その余裕ぶってる顔も気にいらねぇ!!俺はぁ、和服美女が好きなんだよぉ!!」


 叫んだせいで酔いが回ったのが涙交じりにそう叫んだ彼の声は、北地区中に響き渡るくらいに大きかった。


 そしてその声を聞いた街の人大半が、何かを諦めたかのように首を横に振った。



「だいたいなぁ!和服の鎖骨から色気溢れてるお姉さんをこんなところ「…はぁっ!!」………ぐはぁっ!!」



 ドォン、と激しい音が響く。


 街の人々が楽しそうに見つめる中叫び続けた彼は、一瞬でその姿を消して道の端にあった荷馬車へとその身体を突っ込ませていた。



「さっきから、僕を女扱いしてたかな?」


 右の拳をオーバーハンドで振り抜いた姿のまま、未来は笑顔をその顔に貼り付けていた。

 いつもより深くニコニコと不気味なまでの笑顔の彼の肩をそっと空が叩いた。


「まぁ、鎖骨は色気あるよな」


「っせい!!」


 そのまま片手で和服をずり下げて鎖骨を露出させた空へと未来はまた右の拳を振り抜くが、男性と違って空はいとも簡単に避けてみせる。


 だが避けられた未来も笑顔のままで青筋を立てて両腕を振り回す。



「サービスだよ、あんな吹っ飛んでかわいそうだろ」


 楽しげに笑って未来の攻撃を避けている空と、和服を振り乱して暴れている未来に街の喧騒が乗っかって。


 やれやれと囃し立てる街の声が盛り上がり始めた中、香織たちの少し後ろから女性の声が響く。



「んぁっ!?……なんで巻き込まれてんねん!ウチの荷物!!」


 その周りとは違う色の声に香織が目を向けると、真っ赤なショートヘアと必要最低限しか隠していないような露出度の高い格好をした女性が、未来に飛ばされた男性と、その身体の下にある荷馬車を見て悲鳴を上げていた。

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