第12話 イヤリスと世界の境界線
茜色の空が綺麗な夕方、香織は自室を家捜しするかのように荷物を纏めていた。母の部屋から勝手に持ってきたスーツケースの中には衣類だけが乱雑に詰め込まれている。
「ん、よし………!!」
フローリングが傷付くのも厭わないのか、香織はガラガラと音を立てながら壁に向き合った。
香織にしか見えていない青い扉に躊躇なく触れると、その姿は一瞬にして部屋から消え失せて。
後には持ち主が誰も居ない家だけが残されていた。
香織が次に目を開くと、そこは見慣れた田舎町のような光景であった。
通いつめていたマナリスの裏側、以前未来がしたように地面に着地すると、目の前にはピクニック中であったのか広げたシートの上に座る空達5人の姿があった。
亜紀は一緒に魔法を練習してすっかり懐いたように大きく手を振った。
「かおりー!おかえりなさーい!」
半日もないほどでの期間だったが、自警団FLATの幹部メンバーは笑顔で香織を出迎えてくれた。
あまりにも仰々しく感じた香織は、少し恥ずかしそうに早足で駆け寄る。
「待ってたんですかっ?」
若干の申し訳なさも内包しながら空をチラッと見上げると、空は小さく笑いながら首を振った。
「別に?俺らはたまたまココでお茶してただけだ」
「嘘ばっかり。わざわざこんな遠い場所に来るなんてあり得ないって、かおたんならわかってるでしょー」
相変わらずヘンテコなあだ名で呼ぶのか、と花蓮のことを見つめると、なぜか満面の笑みを返された。
「うん、空くんは心配だったんだよね?」
「空は素直じゃないからね」
瑠奈と未来がそう続けると、空は鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまう。
そんなFLATのやり取りが可笑しくて、香織は自分の置かれている状況も忘れてくすくすと笑い始めてしまった。
「かおたんに笑われてやんのー!」
「うるせぇよ、笑われてんのはお前らも含めてだろ」
照れ隠しなのか香織を見ることもないまま空は乱暴にそう返した。
またそれに笑い出してしまいながら、香織はすっかりとリラックスしてしまっている。
それは取り繕っていたり、空元気などではなく、香織のここ数年は出していない自然な笑顔でもあった。
「………それで、どうだったんだ」
まだからかわれていて不機嫌なのだろうか、空はそっぽを向きながら小さく呟いた。
「うーん………ちょっと色々ありすぎてまだ自分でも整理できてないんですけどね。……とりあえず、まだ魔法は使えないと思います」
そう呟いた香織だったが、その表情はどこも悲痛そうでは無くて、割り切ったようにすっぱりと簡単に頷いて見せていた。
その様子と何があったのかを気にするかのように5人は黙って香織を見つめ返している。
「その……自分の嫌だったこととかと向き合ってみようって……お母さんともちゃんと話そうって思ったんですけどね?お母さん、行方不明になってました」
「はぁっ!?」
花蓮が思わず大声で叫ぶ。
亜紀以外の人間も声には出さないが口を開けて愕然としていた。唯一亜紀だけは自分のカップにミルクティのお代わりを注いでいたが。
「だから魔法のきっかけとかは掴めていなくて………」
「いや、魔法なんかよりもっと大きな話あったでしょ今!」
花蓮がシートの上に膝を立てて身を乗り出す。
対する香織は張本人のはずであるが、花蓮よりも落ち着いた様子で静かに微笑んでいた。
「無事だとは思います、なんと無くですけど」
「まぁ………かおたんがそう言うならあたし達は頷くしかできないけど………」
引き下がった花蓮は座り直し何処か落ち着かない様子でもぞもぞと何度も腰の位置を変えていた。
「………どうして、それでこっちにまた来たんだ?」
腕を組んだ空は、香織に目線を向けることなくシートと芝生の境目に顔を向けたままで小さくそう尋ねた。
「…………………」
それを聞かれた香織は落ち着いた様子は崩さなかったが、なんと切り出していいものか不安そうに口をつぐむ。
香織の言葉を待つように、全員が黙って同時にカップに手を伸ばした時、一際強い風が辺りに吹いた。
それは落ち葉や埃すらも巻き上げて行くように高く高く吹き荒ぶ。
「自警団の皆さんに、依頼をしたいんです」
その風が止んだ時、槍のようにまっすぐな香織の言葉が5人へと伸ばされる。
「お母さんを探すのは私がします………。お手伝いをしていただけませんか?」
その何気ない一言が。
そのほんの少しの香織のお願いが。
やがてFLATの5人の人生をガラリと変えていく一言になるとは。
まだ、誰も知らない。
少し短いですが、区切りもいいのでお話はここで終わりです。
引き続き明日からも更新はありますのでお楽しみに!