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そら音のイデア  作者: 金田悠真
第1章 慣れていく非日常編
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第11話 茜色の空の下

 


 通学路から離れた小さな公園。シーソーが1つとジャングルジムが1つ。あとはベンチが2つあるだけの隠れ家のような公園。


 その公園のベンチに香織は座っていた。

 そして、その隣には先程香織とぶつかった男子生徒の姿もある。


「だ、だ……だいじょぶ、ですか……?」


 なぜか震える手の中にあるペットボトルの水。まだ開けられていない新品のそれは男子生徒の揺れに合わせてカタカタと音を立てている。


 声をかけられた香織は静かに俯いたまま、小さく首を縦に動かすだけであった。


 この短時間で自身の感情を揺さぶられるような事があまりにも重なり過ぎた。


 そして今起きた衝撃は、いまだに香織の心を掴んで逃さない。


 イヤリスの街から現実世界にやってきて、母親がいない不安。だが同時にそれは探せばーーもしくは待てば見つかる事は間違いないと思っていた。

 だが結果として目の前の男子生徒曰く、母親は行方不明との事。

 しかもそれを学校に広めたのは他でもない宮原学年主任。


 どこまでも彼の呪縛は香織を解き放つことはないのか、と心が軋んで悲鳴を上げはじめていた。



「あ、あは…大丈夫。なわけないです、よね………?」


 また台本を読んだような下手な笑い声を上げながら、唇をひくつかせた彼は、心配そうに香織の顔を下から覗き込むように身体を傾けた。


「ぉ、みず………飲んだ方が、いい……です」


 ただでさえか細い彼の声は、今はさらに枯れて非常に聞き取りにくいものであった。

 それでも眼前に出された水を押しのけながら、香織は小さく首を振った。


「………………いらない」


 口を開くのは嫌だった。

 必死に堰き止めている涙や愚痴、不安が零れ落ちてしまいそうで。


「く、くち………は、つけてないですっ………!」


 それでも彼の反応が可笑しくて。香織は涙が溢れ出した顔だったけれど、彼にしっかりと向いて笑いかけた。


「ありがと。でも本当大丈夫………ごめんね、放っておいても大丈夫だから」


「………ぁ…………ぅ………………」



 その香織の繰り返した大丈夫はまるで自分に強く言い聞かせるようであった。反応に困ったように彼は、自身の右耳を確かめるように指先で触り出す。


 だがしかし、彼の口が言葉を紡ぐことは無くて。そのまま小さな公園には静寂が響き渡り、遠巻きに街の喧騒が聞こえていた。


 夕暮れに変わり始めた街は、学校や会社から帰る人の群れで賑わい始め、街が再び動き出したのだが。2人のいる公園だけが世界に取り残されたかのように物音もせず、時折木が風に揺らされているだけであった。


 永遠にも思えた静寂は、もしかしたら1分くらいだったのかもしれない。時間の感覚もなくなった頃、静寂を打ち破ったのは意外にも男子生徒の方であった。



「が、学校………行って、みますか………?」


「………え?」


「お母さん、が………行方不明だと、言ってたのは………先生がた、ですから………」



 その言葉を聞いてようやく香織はいつもの調子を取り戻すように、ゆっくりゆっくり頭を回転させ始めた。


 確かに、事情を知らない彼からするとごく自然な行為ではあるのだが。香織には少し、いやかなり引っかかる事がある。



 誰が母の行方不明を学校側に伝えたのか、だ。


 父はすでにこの世には居ないし、それから家に来ていた男性はそれに変わるような存在ではないはずだ。それは母の表情で痛いくらいに伝わっている。


 それに、香織が宮原に受けた仕打ちで学校に来ないとなるとまずいとして、宮原がついた嘘なら、何故わざわざ香織の母親を行方不明にしたのだろう。


 片親であることなどはもしかしたらわかったのかもしれないが、それにしても無理がある。


 母が行方不明だから学校に来れない。友達とも連絡が取れない。

 傷心であれば道理は通るのだが、それはあまりにリスクが高すぎる。友人が香織に連絡を取った時点でその嘘はバレてしまうからだ。



 宮原、もしくは学校側が香織と連絡が取れない事を分かっていたら?……本当に母が居なくなったのであれば、その理由を知っていたりしなければあり得ない。


 考えれば考えるほどに学校側の話は不思議なものだった。


 香織が現実と連絡が取れない事を知っていて、かつ母親が簡単に帰ってこない事を理解していないと出来ない話だ。



 香織は勢いよくベンチを立ち上がった。

 そのあまりの勢いに男子生徒は大きく体を震わせ、ベンチから身を仰け反らせる。


「ありがとう……っ!私、調べてみる!」


 考えてみても、より母親が行方不明だという事実が色濃くなっただけである。

 それでも、もしかしたら真実だけは分かるかもしれない。


 そう考えた香織の目は先程よりも輝いて、やる気に満ちていた。


「ねぇ、貴方の名前教えて?……私は、知ってるかもしれないけど1-C の五十嵐香織」


 そこまで一息で言うと顔を近づける香織。

 男子生徒は戸惑ったように顔を横に向けながらモゴモゴと口元を動かして、たっぷりと数分かけて言葉を紡ぎ出した。



「日高……ひだか、茜です……1-Bです………」


「男の子だけど、綺麗な名前ね!絶対にお礼をしに行くから!約束ね!」


 無理やり彼の右手を取った香織は、そのまま小指同士を絡め、大きく上下に揺する。



「じゃあね、あかね!また絶対に会いに行くから!」



 隣のクラスである事も分かった香織はそのまま大きく手を振りながら公園を後にする。

 衝動に突き動かされるままに走らせ、学校とは反対の方向、自宅のある方向へとぐんぐんその身体を進めていく。



 あっという間に小さくなっていく香織の背中を、茜はいつまでもぼんやりと見つめていた。

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