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そら音のイデア  作者: 金田悠真
序章 変わり始めた日常編
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プロローグ

はじめまして。読んで頂きありがとうございます。


不満だらけの現実と向き合って変えていこうとする5人のお話に、ごゆるりとお付き合い頂けますと幸いです。

 



 ふらふらと、ふらふらと人影が揺れる。

 人々が早足で流れる都会の波を、頼りない足取りで。

 明らかに人生を楽しんでない顔で

 ふらふらと、ふらふらと。


 背丈は160cmほどだろうか。何を見つめるわけでもなく生気の感じられない瞳を真下に向けながら足を動かしていく。


 ボサボサの髪、ところどころ破けた服。


 すれ違うだけで周りからはヒソヒソと嘲笑われるのに気付かずふらふらと。


 横に広い太った身体はすれ違う人達にぶつかる。


 そして、ぼそぼそと呟いてはまた人の波に逆らって

 ふらふら、ふらふら。


 そして怪しい様子で辺りを見回すと、

 幾許か死んだ瞳に灯をともし、裏路地へ消えていく。


 重そうなボストンバッグを4つも抱えて、

 ふらふらと、ふらふらと。








 この世界がどうやって出来てるのかは誰も知らない。


 哲学的な事を言っているのではなく、

 本当に誰も知らないのだ。


 分かっていることは、

 この世界に来れる人間とそうでない人がいる事。


 魔物と言われる凶暴な存在がある事。


 それに対抗するためか、

 魔法というものが当たり前である事。



 そして。


 この世界は都合のいい世界などでは無い。

 死んだらもう一回レベル1から、なんて事もない。


 この世界での死の概念だけは、現実と変わらない。






 人口が15万人程のイヤリスの街。そこで1番の人気を誇る酒場「ハニービーツ」には夜毎様々な客でごった返すのが日常の絵だった。


 一階は一般の客がレストラン兼酒場として利用し、二階はギルドに登録してある人間しか使う事が出来ない。


 今日も水曜日だと言うのにどちらも人で混み合い、空席は数えるほどしか見つからなかった。


 ただし、今日は二階だけがいつもと違う光景であり、本来様々な装備を見ることができる筈のフロアに座っている人間は皆一様に赤黒い甲冑を身につけていた。


 もっとも飲食の目的でここに居るためか、頭の装備は全て外されており、首元には赤ドラゴンのタトゥーが座っている人間全員に見ることができる。


 このタトゥーの意味はイヤリスの街で知らない人はいないだろう。



 この街のギルドに正式登録された討伐隊「龍演会」のシンボルマークだ。



 筋骨隆々な男から際どい格好をした女性までが50名ほど集まり、テーブルには木で作られたグラスと並々に注がれたビールが所狭しと並んでいる。


「今日の緑ドラゴン討伐を祝して!乾杯っ!!」


 フロアの中心に立つ赤髪の男がそう叫ぶと、酒場から割れんばかりの歓声が溢れる。


 次いで木のグラスがぶつかり合う音とあちらこちらから響く喧騒。




 トドメは俺の一撃だ。


 支援の魔法を使ったのはアタシよ。


 いや、それも全て俺の指揮だ。



 そんな武勇を誇るような声が四方から聴こえてくる。






 そんな中、二階の角の席に座る4人の若者がいた。


 その中の1人、魔女のようなサイズの合わない帽子を被った、見た目幼女の女の子ーー亜紀はテーブルに突っ伏しながら小さな手で両の耳を塞いでいた。


「も〜、よっぱらい、うるさい」


「はは、入店する時にガラガラだったから油断してたね」


 ジト目で龍演会を睨みつける亜紀の頭を撫でているのはストレートの黒髪を腰まで伸ばし、柔らかな笑みを浮かべる美少女。



 その髪の毛と同じように真っ黒な和服を身に纏う未来は、こう見えても男だ。


 チラリと見える鎖骨からは色気が出ているし、線が細くて女性的ではあるが、その身体にはもちろんあるものがある。


 間違いなく男だ。



「貸切でって言われてるのに受け入れてくれたのは龍演会とハニービーツの店長さんなんだから、そんなに睨んじゃダメだよ?」


 未来と亜紀の反対側に座り、聖母のような優しい笑みを浮かべ、落ち着いた年上の雰囲気を醸し出す女性は、瑠奈。


 未来とお揃いのような長く綺麗な黒髪を真っ直ぐに肩口まで伸ばし、その前髪は横一線に綺麗に切り揃えられている。


 豊満で女性らしい身体付きは、今日は真っ白なドレープの洋服に隠されていたが、普段の彼女を知っている龍演会の男がチラチラと離れたところから盗み見ているのはご愛嬌。



「そうは言うけど五月蝿いのは五月蝿い。緑ドラゴンごときであんなに盛り上がって恥ずかしくないのかしらね」


 そう低く呟く花蓮は、お腹と脚を惜しげもなく露出した動きやすそうな服装だった。


 よく言えばボーイッシュ、悪く言えば物足りない身体をしている彼女は、視線が瑠奈ばかりに行っているせいなのか、どこか恨めしげに目を細めていた。


「もー花蓮ちゃんまで…そんな事言っちゃダメだよ」


 向けられる視線に気が付かないのか瑠奈は、隠されたバストを揺らすように両拳を振って花蓮をたしなめる。

 

 布に隠されたそこが揺れるたびに花蓮の視線が厳しくなっていく理由が分からず、わたわたと慌てる様子を楽しげに見ていた未来がくすくすと喉を鳴らす。


 声も大きく、血気盛んな龍演会の打ち上げとは全く空気が違うそのテーブルは、二階の中でかなり浮いていた。


 物々しい剣や防具、杖といったものは誰も所持しておらず、遊びに来ているような装いの4人。

 そんな彼らの元へ酒場の店員である女性が申し訳なさそうに料理を持ってきた。


「FLATの皆さんすみません、今日は落ち着いて食事出来なさそうですよね」


 いつも見せる店員としての顔ではなく、苦笑しながら料理を置いていく彼女に、未来は優雅に手を振って言葉を否定した。


「貸切だと言うのにこうして食事させて貰えるだけでも有難いですから、気にしなくて結構ですよ」


 そう告げて可憐な微笑みを浮かべる未来に、思わず店員の頬が赤く染まる。それと同時に向けられる龍演会の女性陣からの視線。


 嫉妬や羨望が多分に含まれたソレを避けるように彼女は勢いよく頭を下げて走り去ってしまった。


「やめなさいよ無自覚タラシ。アイツよりタチ悪いわ」


「む、そんなつもりは無いんだけどね」


 拗ねたように唇を尖らせる美少女のような彼は、置いていかれた料理達をゆっくりと並べ始めた。


 まず亜紀の前にハンバーグプレートを。

 次いで花蓮の前に野菜スープとバゲットを。

 瑠奈の前にはカツの定食をトレーごと。

 自分の前にステーキを並べた後、和服の袖を抑えながらカルボナーラを持ち上げたままで首を可愛らしく横に倒した。


「そういえば…空、遅くないかな?いっつもこんなに遅刻しないでしょ」


 亜紀は勢いよく口元を汚しながらハンバーグを食べ始め、瑠奈もすっかり目を閉じて食事に夢中。ひとり呟いた未来に返すのは、花蓮しかいなかった。


「そうね、でも遅れるやつが悪い」


 そう言いながら未だ未来の手の中にあるカルボナーラを4分の1ほど持っていくと何食わぬ顔でパスタを勢いよく啜った。


「もう、怒られても知らないからね」


 呆れたように呟いた未来は、疲れた腕のせいだと言い訳をしながらカルボナーラを4人の真ん中に置いた。


 品のある仕草で手を合わせてから食べ始めると、しばらくテーブルには食器の音と未だ盛り上がり続ける龍演会の喧騒だけが響く。



 やがて一足先に瑠奈が食べ終えると、目の前のカルボナーラに首を傾げながらも迷う事なく手を伸ばす。




 その様子にまた未来が苦い笑顔を浮かべた時、テーブルに聴こえていた龍演会の喧騒がピタリと静まった。




 先程までの喧騒のせいか五月蝿い程に静寂が訪れた二階に、床を踏みしめる音が響き渡る。


「悪いな……未来。待たせたようで」


 やがて靴音がテーブルに近づくと男にしては少し高めのテノールボイスが聞こえてきた。


「……っつか何?今日。俺ら居ていいの?」


 勢いよく身体を投げるように席に座った声の主は少し離れてこちらを見ている龍演会をざっと見回した。

 黒い髪は耳あたりまでの長さで綺麗に切り揃えられており、切れ長の目と整ったパーツは誰が見ても格好良いと言うだろう。

 その向けられた視線と顔にはっと息を飲んだのはどの女性だっただろうか。


「龍演会の皆さんが貸切だったらしいんだけど、好意で食事だけさせて貰えることになったんだ。……それより、遅いじゃないか、空」


「仕方ないだろ、今日は例の物持って来たんだが…予想以上に重くてな、先にアジトに置いて来た」




 空が座り、未来と話し始めてようやく二階は喧騒を取り戻した。


 ーー彼が来る前より少しだけ抑えたボリュームで。


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