邂逅3
漆黒の王…漆黒の竜は突如変化した少女の気配に微かに身震いした。
先程まで戸惑いと恐怖を全身から感じさせていたはずなのに、今はまるで正反対だった。
「…主よ。気をつけろ…」
「なんだと?」
「…白銀の王が、零王が目覚める」
そう漆黒の竜が言った途端、辺り一面の空気が震えた。
肌に感じるピリピリとした明確な殺気、そして空気を震わせる程の覇気。
それは全て目前で手を重ね合わせている少女と白銀の竜から発せられたモノだった。
「セナ様、少し痛みますがご了承下さい…」
「大丈夫だから、気にしないで」
すみません…と言いながらリリィは最初に具現化させた鉤爪で自分の手のひらに傷を付け、そして私の手のひらに傷を付けた。
そして私に血が流れだす手のひらを上に向けて差し出した。
そして私はそのリリィの手のひらに自分の手のひらを乗せる。
直後私とリリィの足下に、二人を囲む形で魔法陣のようなモノが出現する。
合わさる手のひらからリリィの熱い血が私の中に流れ込むのを感じ、同時に私の血がリリィの中に流れ込むのを感じた。
ドクドクと心臓が脈動するがわかる、全身に力が漲るのがわかる。
ー…これなら負ける気がしない。
不思議とそう思いながらリリィを見れば目が合う、リリィも同じ気持ちなのかふわりとそれでいて勝ち気な笑みを返した。
「セナ様、ありがとうございます。これで今度こそ私は貴女を守る事が出来ます」
「リリィ、二人で勝つんでしょ?リリィが私を守るなら私がリリィを守る」
二人で勝とう。そう笑って見せればリリィは、はい!と嬉しそうに笑った。
「契約を交わしたか、だが付け焼き刃のような力で我々に勝てるのか?」
事の成り行きを見ていた漆黒の竜が声を掛けてきた、背中に真っ黒な翼を出現させている。
竜の主もそのすぐ横に立ち片手に剣を携えていた。
「勝てるか勝てないか、ではありません。勝つのです」
私達が。その言葉の直後リリィの背中から真っ白な翼が現れた。それはいつか絵画で見た天使のような翼、リリィらしい翼だった。
リリィは私の手に自分の手を添えて何か呟く、直後私の両手には白銀色の刀身を持つ剣が握られていた。
「…セナ様、心の赴くままに剣を振って下さい」
「…わかった、リリィを信じるよ」
「えぇ、セナ様なら大丈夫だと私も信じています」
「準備は終わったか?」
「バッチリです。後はそちらを倒すのみです」
「…ふっ、戯言を。後悔しても知らぬぞ。」
リリィと漆黒の竜を中心に銀色と黒色の風が巻き起こる。
それは空気を震わせる程の衝撃で、身体が吹き飛ばされそうになり思い切り踏ん張った。
漆黒の竜の主らしき男も同じらしく顔を歪めながら両足に力を入れて踏ん張っているのが見えた。
風が暫くして収まり二人を見ればリリィは白銀の風を鎧のように纏い、漆黒の竜も同じように黒の風を纏っていた。
「セナ様、一気に二人共片付けましょう」
「わかった。私はどうしたら良い?」
「心に従って下さい。貴女の心が感じたままにして頂ければ大丈夫です」
必ず。ハッキリそう言ったリリィに頷き目を閉じた。
心が赴くままに、心が感じたままに。
ゆっくりと深呼吸をして目を開き、剣を構える。
不思議と心は落ち着いているがわかる。
こんな場面初めてなのに。普通の自分なら逃げ出してしまいそうな状況でも私は酷く落ち着いていた。
「…行くよ、リリィ」
「はい。貴女に合わせます」
リリィを一度見て頷き合い、私は一気に飛び出した。
漆黒の竜は月が光り輝く空を見上げていた。
どうして。そう思わずにはいられなかった。
ー…どうしてこの俺がこんな事に。
負けるはずはなかった、確かに白銀の竜は強い。
全力を出せば竜の一族では頂点にいてもおかしくはない程の実力は持っている。
だが、それはあくまで全力を出せていた全盛期の頃の話。今の彼女はあの全盛期の半分の力を持っていない。
ー…なのにどうして俺は地面に倒れさせられているんだ…負ける要素はなかったはずだ。
何故?そう思い竜は唯一動かせる首を自分を捩じ伏せた相手へと向ける。
そこに居たのは悠然と佇む白銀の竜とその主である少女。
その顔は少し疲労感を滲ませているが安堵したように白銀の竜へと微笑みかけている。
その瞬間、漆黒の竜は敗因を悟った。
ー……そう、か…彼女か。俺に足りなかったのは…そういう事だったんだな…。
ふっと微かに口元を緩め、漆黒の竜はそのまま意識を手放した。
その顔は先程とは違い何処か満足気な表情をしていた。
色んな漫画や小説でありがちなパターンだけど、気付いたら戦いは終わっていた。
無我夢中に剣を振り回し、何気に自信のある目で自分に振られた剣を避けていく。
本当にそれだけだった、あんまり覚えていないけどその他の事は全てリリィが引き受けてくれていた。防御は勿論漆黒の竜との戦いも全てリリィが引き受けていてくれたからこそ勝てた。
「ハンバーグは勿論ですがこの野菜炒めも凄く美味しいです!」
「そうかな?普通の野菜炒めだよ、肉入りだけど」
「いえ!普通の、ではありません!セナ様が作った野菜炒めです!」
「いや……うん。もういいや、美味しいならそれで…」
半ば諦めつつ食事時の恒例になりつつあるリリィの口元を拭い私はご飯を食べる。
もぐもぐと至福のご飯タイムを満喫しているリリィを見ながら戦いを振り返っていた。
戦いが終わったあの後、漆黒の竜(アーサーという名前らしい)とその主は暫く意識をなくしていた。
目覚めたアーサーは私達への襲撃の理由と一族について話してくれた。
アーサーは竜の一族の人間で言う分家の生まれ、対するリリィは本家の生まれらしく分家と本家は150年程前からある出来事から分裂し仲違いしているとの事、何かにつけてはいがみ合い戦闘を繰り返してきたとの事だった。
それは時が流れ戦う事が当たり前の事に変わっていった、お互いがお互いを見つけ戦う。それは当たり前の事になっていた。
「…今回もそうだ。君等が憎かった訳じゃない、ただ我々の近くに君等がいた。それだけの事」
勝てると思っていたんだがな…。
そう笑ったアーサーはどことなく寂しそうな顔をしていた。
「…白銀の竜、いや今はリリィか。リリィとは言えど今なら負ける事はないとたかを括っていたんだな…」
「アーサー…」
「セナと言ったか、君と一緒にいるリリィを見ていると昔を思い出すよ」
全盛期、白銀の王と呼ばれ零王と異名を付けられたリリィを…。
そう懐かしげに言ったアーサー。
アーサーの言葉の意味を聞こうとした時だった。
リリィからのストップがかかったのは。
「アーサー。お止め下さい、過去の話です」
「ふぅ…そうだったな」
「リリィ?」
「セナ、気になるとは思うがその話をするのはよしておくよ。べらベラ俺が話すとリリィに殺されかねない」
そう肩を竦めながらアーサーは立ち上がる。
カインも同じように立ち上がりアーサーの隣に並んだ。
「我々はここで退散しよう。もしまた機会があればお手合わせ願いたいな」
「お手合わせはお断りします」
「君は相変わらず手厳しいなリリィ。」
それじゃ機会があればお茶でもしよう。
そう笑いながらアーサーとカインは夜に消えていった、文字通りスッと。
多分ワープか何かなんだと思う…。
「セナ様」
「…ん?」
お風呂に入り手付かずだった宿題をしていた時、不意にベッドに腰掛けていたリリィが私を呼んだ。
振り向けば俯いてどことなく気分が沈んでいるみたいに見えた。
「…アーサーが言った事なのですが…」
「アーサーが?」
「白銀の王、零王と私が呼ばれていた事です…」
「ああ、うん。それがどうかした?」
リリィに向き直り聞く体制を取ればリリィは口ごもり話しずらそうな、出来れば話したくないという顔をする。
きっと、リリィにとって簡単に話せるような事じゃないんだと感じた。
今のリリィの顔を見れば私には無理に問い質す事なんか出来なかった。
「いいよ、リリィ。無理に話さなくても」
「え…?」
「リリィの顔見てればわかるよ。話したくないんでしょ?だったら無理に話さなくてもいいよ、誰だってそう言う事1つや2つはあるから」
「セナ様…」
「だからさリリィ。もし話しても良いって思えるようになって、私に話せるようになったら教えてよ。リリィの昔話をさ、どんな小さな事でも良いから」
いつか教えて?そう言えばリリィは蒼色の瞳を見開き次第に潤ませていく。
あ、ヤバイ泣かせた?そう思った時には時既に遅しで、次の瞬間リリィが私に飛び込んできていた。
「セナ様ッ…!」
「リ…リリィ苦しい…ッ!」
「セナ様ッ…セナ様!」
「ギブッ…!ギブだってば!」
ぎゅうっと首を締める腕を軽く叩きながら離してくれるように懇願するが無駄で。
私はその時三途の川を渡るかと思った。
…人の姿とはいえやはり竜の力は恐ろしいモノだと改めて思い知らされた。