39話:リスボンからポルトへクルーズ1
その翌日、オスロからリスボン行きの飛行機で、約4時間で到着する。その後、リスボンのホテルに、早めにチェックインして、床に就いた。 リスボンのカフェを楽しんで、夜はファドレストランで夕食をとり、ホテルへ。翌日は、特急電車でポルトへ移動して、きれいな川沿いの道を散策して、素敵なカフェで、休みながら、かなりの距離を歩き、丘に上がり、ポルトのきれいな街並みと、家と川のコントラストを見て、多くの写真をとり、素敵なレストランに入り、ゆっくり食事をして、早めにホテルに戻った。
ホテルのコンシェルジュにポルトのヨットクラブでカラマラン・クルーザーヨットを借りれるか聞くと、船舶1級免許を持っていれば、1日・24時間で500ユーロで、カラマラン・クルーザーヨットを借りられるというので、予約しておいてもらった。翌朝、9時にヨットクラブへ行き、カラマラン・クルーザーヨットの取り扱い説明を聞いて、近くを運転してから、お金を払い、契約書にサインして10時にヨットハーバーを出て、大西洋を南下して、コスタ・ノバをめざし、出港した。
お昼過ぎにコスタノバに到着し、以前、来たことがあるので、ストライプ模様のかわいい家を見て回り、写真を撮って、パンと飲み物を買って、午後1時に、進路を北にとり、ポルトをめざして、海津夫妻で、出発して、午後2時過ぎに、ポルトのヨットクラブに到着し、係員にカギを返しに行くと、こんなに早く帰ってきたのと、笑いながら言い、これなら、1日・24時間でなく、6時間契約で200ユーロでいいと話し、契約書を書き換えて、300ユーロを返してくれた。
彼にポルトガルのヨットクラブでは時間借りでカラマラン・クルーザーヨットを借りる人が多いのかと聞くと、大都市、リスボン、ポルトでは、借りる人のほうが圧倒的に多く、ポルトガルでも、海辺の村で、自宅にトレラーで、カラマラン・クルーザーヨットを牽引して行ける人以外、ほとんど、レンタルが多いと教えてくれた。その後、そのヨットクラブのレストランで、奥さんと一緒に、海を見ながら、早めの夕食をとって、タクシーでホテルに帰って、早めに床についた。
翌日、今田さんと彼の所属するヨットクラブへ行き、今田さんの友人の3人で、リスボンからポルトガル最南端、ファロへ行って、その後、北部のポルトへ行き、リスボンに戻る、2泊3日のクルージングの詳細を決めて、実行する事にした。その間、エレナさんと石津三千子は、リスボンで、待っていてもらうことを、お願いした。数日後、午前中に、男性3人が、食料品、水、飲み物、軽油を満タンにして、必要な物を全て、そろえて、昼には出発して、ファロの港を経由して、そのまま、北上して、リスボンを通り越して、ポルトへ12~15時間の長距離クルーズをして、帰ってくる計画で、出かけて行った。
昼過ぎにリスボン港を出港して、海は、それほど荒れてなく、順調に進み、インド航路を発見したヴァスコ・ダ・ガマの生誕地のシネシュを通り、ラゴスを抜けて、ファロへ到着したのが、夜7時で、カラマラン・クルーザーヨットの中で、食事して、軽油を満タンにして、食料品、水、飲み物を多めに補充してから、ベッドに入った。翌朝、日の出とともに起きて、朝6時前に、ファロ港を出て、一路、北上して、昼に、リスボンを通り、14時過ぎにペニシェ沖を抜けて、15時にナザレ沖を通り、17時過ぎに、コスタノバの沖を通り、夜19時過ぎに、ポルトに入港し、近くのレストランで夕食をたべた。
その後、カラマラン・クルーザーヨットの軽油を満タンにして、すぐ、ポルト港を出て、夜間クルーズをはじめ、21時にコスタノバ、23時にナザレ、午前0時にペニシェ沖を抜けて、午前2時半に、リスボン港に入港し、無事、長距離クルーズをの成功を祝して、固い握手を交わし、3人ともの感激のあまり、涙ぐんだ。そのまま、寝て、朝8時に起きて、カラマラン・クルーザーヨットの内部を掃除して、下船して、石田健之助は、今田さんに、車でホテルへ送ってもらった。
ホテルにつくと、無事に帰って来た石田健之助を見て、石田三千子さんが、抱きついて出迎えた。その数日後、友人達に、別れの挨拶をし、2015年8月30日、日本へ帰っ行った。
2016年10月20日、成田からスペインのマドリッドへ直行便で14時間半かけて飛んで、数日、マドリッドを観光してから、リスボンへ、ポルトガル航空で1時間半でリスボン空港へ出かける計画を立てた。10月20日、朝7時半時に熱海を出て、東京に9時について、上野からスカイライナーで10時半に成田に着いて、12:20発のイベリア航空マドリッド行きの搭乗手続きを取って、しばらくして搭乗して、14時間強の長旅が始まり、最初は、石田健之助は奥さんと、話をしていたが、疲れて、眠りについて、途中の食事の時に起きて、やがてマドリッド空港に18時半に到着した。
空港のカフェで軽く食事を取って、朝食を食べに、カフェへ行き、クルーズの話をすると、興味深そうに聞いていて、次回、私たちも一緒に連れて行ってほしいというと、わかったといった。今回、リスボンにいる間に、半日間のクルーズに、今田夫妻とヨットクラブの友人の5人で、出かけようと言った。今回は、スペインのマラガからグラナダへ旅行へ行こうと言い、明日、チケットを取ろうと話した。今田さんに電話して、昼に、近くのレストランで会うことにした。
次に、銀行で1000ユーロを下ろして、レストランへ出かけ、今田さんに会い、費用を払うと言うと、500ユーロで良いですかと今田さんが言うので渡し、また、来週にでも、奥さん同伴で、5人で、リスボンからナザレまでクルーズしませんかというと、わかりましたと答えた。2016年4月19日、昼食を終えて、リスボンからマラガの航空券を買って、ホテルに戻った。グラナダのアルハンブラ宮殿は、前から一度行ってみたいと思っていたと、石田三千子さんが喜んだ。
4月21日、ホテルから、タクシーで空港へ朝6時半に着き、7:50分発、マラガ行きの飛行機に乗り、マラガに10時20分に到着し、昼食をとってから、タクシーで、アルバ公爵のブエナ・ビスタ宮殿の中にある美術館へ向かった。ここは、小さな美術館だが、絵画や彫刻など200点以上ものピカソの作品や親族による寄贈品が展示されていて、多くの絵や彫刻を見ることができた。その後、マラガの闘牛場を見学に出かけた。ここは、1785年に建てられたスペインでも最も古いの闘牛場のひとつで、初めて闘牛が
行われた場所。
闘牛博物館が隣接しており、闘牛の剥製や闘牛士の衣装などが展示されています。当時の活気が伝わってくるほど迫力のある闘牛場。最後にヌエボ橋という深い谷の上の橋へ出かけたが、石津健之助は高所恐怖症で、見られず、奥さんが知ったり見て多くの写真を撮った。短い時間だったが、タクシーを使って効率的に見て回り、明日のアルハンブラ宮殿の入場券も手に入れ、予約しておいたホテルにチェックインして、早めに床についた。
翌日の朝食後、7時半にホテルを出て、バスでアルハンブラまで行き、チケットを見せて、指定された10時の前にへネラリフェ、アルカサバを見学し終え、指定された10時から、ナスル朝宮殿の見学をはじめ、そのイスラム建築の素晴らしい彫刻や柱を見て感動したが、破損と修理を繰り返されたと書いてあり、激動の歴史を感じた。




