26話:被災地に石油を送れ3
「おい、DE10を用意しとけ」。JR東日本の会津若松駅長だった渡辺さんが部下に指示を出した。DE10は中型のディーゼル機関車で、ローカル線の客車牽引の他、駅構内の貨車運搬などに多く使用される、予備的な機材だ。 山道で石油列車が動けなくなったら、後ろからDE10で押して脱出する。DD51の運行に合わせ、26日早朝から運転士を待機させ、暖機運転までしておけという指示だ。
今回の石油輸送は背景に政府の意向があるものの、基本的にはJR貨物の仕事だ。JR東日本は磐越西線のインフラを管理、提供しているにすぎない。1987年の国鉄民営化前は1つの会社だったが、今は違う。非常時とはいえ、それぞれの枠の中で分業すべきだ。JR東としては磐越西線の緊急修理などで既に十分な役割を果たした。JR貨物からの要請がない状況で、JR東が機関車を待機させる必要はない。しかし明日、列車が止まってJR貨物から要請が来てからDE10を用意すれば、運転士や整備士の確保など準備に丸1日かかる。被災地に石油が届くのが1日遅れるだけ。そうじゃない。非常時だからこそ、一秒でも早く届けろ。鉄道マンの魂がそう言っている。
明日の待機を運転士に告げるため受話器を握る社員の顔にも決意が宿っていた。26日午前4時過ぎ、会津若松駅のプラットホームを出発した石油列車。DD51を運転するJR貨物の遠藤さんには、窓越しにDE10が見えた。「ああ、準備しているのかな。そんな話はなかったけど」。遠藤さんのつぶやきに、同乗していたJR東日本の職員は何も答えなかった。会津若松駅を出てすぐ、みぞれが大きくなった。同日未明、日本石油輸送石油部の渡辺圭介さんは会津若松駅付近にいた。日本石油輸送は石油元売り最大手のJXTGグループなどが出資する石油輸送専門の企業だ。JXとJR貨物の間に立ち、被災地向けの臨時石油列車の機材調達などにも深く関わってきた。
渡辺さんはその日、震災後初めての休暇だったが磐越西線ルートでの石油輸送を自分の目で見届けたいと自費で現地に駆け付けた。目の前の踏切を予定時刻、通りに通過した石油列車初便を見送って、安堵のため息をついた。携帯電話のメールで、上司で石油部長の原さんに「今、列車が通過しました」と伝えた。メールに起こされた原さんは「了解」とだけ返信した。待っていた友人の車に乗り込む渡辺さん「次はどこに行く?」「猪苗代湖畔のポイントに先回りしよう」。曲がりくねった山道を四輪駆動の車が進む。山間部に入るとみぞれは雪に変わった。「タイヤはスタッドレスだよな」。渡辺さんの問いに友人は「そうだけど、あんまり積もると走れないからね」と顔を曇らせた。
会津若松駅を出発した石油列車は広田駅、東長原駅を通過。ようやく白み始めた空の下、目を凝らすと線路脇にはかなりの積雪が見て取れた。深い霧で視界が悪い。大粒の雪が舞い始めた。出発してまだ30分もたっていない。これから本格的な山道に入るというのに。磐梯町駅付近に差し掛かったとき、運転席の空転ランプが初めて点灯した。機関車の馬力が車輪とレールの摩擦を超えて空転し始めたのだ。遠藤さんはすかさずスピードを落としレールに車重をかけていく。戦いが始まった。猪苗代湖畔駅近くに先回りした日本石油輸送の渡辺さんが待てど暮らせど石油列車がやってこない。「止まったのかもしれない」。
その不安は的中する。
磐越西線を郡山へ向かう石油列車。磐梯町駅を通過すると上り坂の傾斜が増し、カーブもきつくなる。レール上で車輪が空回りしていることを知らせる空転ランプが何度も点灯した。速度を上げれば一気に登り切れると考えるのは素人の発想。正解は逆だ。運転士の遠藤文重さんは列車の速度を時速40kmから30km、25kmに落とし車重を使って車輪とレールの摩擦を稼いでいく。同時に砂まきも開始した。車輪の横に装着された小箱には10kg程度の砂が詰められており、ホースから車輪に向けて少しずつ砂をまきレールとのかみ合わせをよくする。
今回のDD51は九州など雪のない地域から集められている。砂まき装置には急ごしらえで凍結防止のヒーターが装着されていた。遠藤さんは、運転席の窓を開け耳を澄ます。空転ランプだけでは分からない車輪とレールの摩擦、砂のかみ具合を耳で判断するためだ。いつの間にか外は吹雪だ。吹きすさぶ風の音、ディーゼルエンジンの排気音に交じって甲高い金属音が聞こえる。「もっと速度を落とせ。砂をまけ」間もなく翁島の駅だ。急カーブが眼前に迫る。速度は既に10キロ程度まで落ち、それでも空転ランプは消えない。パワーを微調整しなんとか切り抜けようとした時、ひときわ甲高い音を立てて車輪は空転し、石油列車は前進をやめた。傾斜が落ちるカーブの出口まであとわずかだった。
遠藤さんは坂道をずり落ちないよう、ブレーキをかけた。まだ終わりじゃない。 列車が完全に停止したのを確認してから、再度ノッチ・アクセルを入れ、機関車、貨車のブレーキを少しずつ解除しながら脱出を試みる。自動車の坂道発進の要領だ。車輪はレールと激しくこすれあい、甲高い金属音がこだました。動かない。後退する前に再びブレーキをかけた。「これ以上は車体が傷む」。 同乗していた指導員が首を横に振った。ノッチを戻し、顔を上げた遠藤さん。辺りを見回すと、谷の様な地形に雪が積もり、急カーブが迫る景色が見えた。 昔、停車したあの場所だ。悪夢が再来した格好だ。同乗していたJR東日本の会津若松運輸区長が線路に降りて、現場を確認する。車輪周辺の雪がさびを含み茶色い。




