八話 優しい一時
ルイが捨てたクッキー。美味しいクッキーだったのに、結局はリディア嬢に取り上げられた。中身が汚れたわけでは無いのだから、いいだろうと言っても、やっぱり駄目だった。
ルイのために作った物だから、僕に食べられるのはいやだったのか……、そんな風に考えて落ち込んだ数日後、リディア嬢はクッキーを手にして僕の所にやってきた。
「これ、よかったら、どうぞ」
「僕に?」
「はい。お礼です」
「お礼って、……なんの?」
「何って、……その、色々」
本当に身に覚えが無くて尋ねると、リディア嬢は真っ赤になってもごもご呟いた。
「今食べてもいいかな?」
「は、はい」
袋を開けると、ふわっと甘い匂いがする。
リディア嬢は、なぜか固唾を飲んで僕の行動を凝視している。
「あ、色違いもある。星形だ」
「それには、紅茶を混ぜました」
「へぇー……」
口に運ぶと、サクッとした歯ごたえの後、紅茶の良い香りが口の中に広がる。
「これも、美味しいね!」
「本当ですか? ……口に合って、よかったぁ」
それで、じっと僕を見ていたのか。
安心したように笑う彼女に、僕も釣られて笑った。
「そんなに心配しなくたって、大丈夫だよ。君のお菓子は、とっても美味しい」
「いえ、でも……ルイには……」
ルイには、合わないみたいだったから。
悲しそうな呟きだった。
すぐ近くで項垂れている頭に、思わず手が伸びかけて……――押し留まった。
触れたらきっと、もっともっとと欲が出る。
だから、必要以上に触れてはいけない。
自分の行動を誤魔化すために、僕はわざと明るい声を出す。
「僕は、すごく美味しいと思うよ。他には、何が作れるの?」
「え? 簡単な物しか……。カップケーキとか」
「僕、それも食べてみたい」
「カップケーキですか?」
「君が作った、カップケーキをね」
大事なところだよと強調すると、リディア嬢は小さく笑った。
「なんですか、それ」
「君のお菓子が悪いんだよ、すごく美味しいから」
「……そんな、大げさですよ」
「大げさじゃ無い。すごく美味しいよ、また食べたいって思う。クッキー、ありがとう、すごく嬉しい」
感謝を込めて、本心から礼を言うと、彼女は戸惑った顔をしていたけれど、やがて笑顔で頷いてくれた。
そうやって、少しずつでいいから自分を取り戻して欲しい。
――ルイを前にしても、笑顔を浮かべられるくらいに。
(そしたら、僕はお役御免になるかもしれないけどね。……でも、やっぱり好きな人には笑っていて欲しいし……)
ルイが、リディア嬢を否定し続けるのなら、僕は彼女を肯定する。
無くした自信を、取り戻させる。
リディア嬢がルイを振り向かせる方法なんて、それだけでいい。
そうすれば、後は勝手にルイが彼女を追いかけるだろう。
彼は、リディア嬢が自分を追いかけてくる事を当然と思っている。
どれだけ貶めても、蔑ろにしても、かならず自分の所へ来ると信じて疑っていない。
無意識なのだろうけど、彼女の忍耐の上にあぐらをかいた、傲慢だ。
与え続けられることが、当然となっている彼には、分からないのだろう。与えられない側が、どんな気持ちになるか。
(彼女の意識が、外側にむけば、ルイは間違いなく危機感を覚える。自分の手から離れるかもしれないと思えば、取り戻そうと躍起になるはずだ)
無意識に、リディア嬢を自身の所有物と考えている節すらある男だ。
口ではいらないと言いながらも、彼女が自分から離れていく可能性は皆無だと思っている。
「あの……、迷惑じゃ無ければ、今度、カップケーキ、作ってきます」
「ほんと? 嬉しいな」
「そんなに喜ぶようなものじゃないですよ? 普通ですからね?」
慌てる彼女に、僕はうんうんと何度も頷く。
「それじゃ、約束」
「はい」
リディア嬢は、くすくすと笑っていた。
「なんだか、子供みたい」
ちょっとはしゃぎすぎたと恥ずかしくなったけれど、彼女が嬉しそうだったから……――笑った顔を見られたから、まぁ良しとしよう。