七話 クッキーと甘い棘(リディア)
「鬱陶しい」
この言葉を聞くのは、何度目だろう。
「気持ち悪い」
こんな風に言われて、作った物を捨てられるのは何度目だろう。
「お前が作った物なんか、何が入ってるか分からなくて食べられない」
嘲笑混じりに吐き捨てられて、頑張って作ったお菓子は地面にたたきつけられた。
私なんかとは比べものにならないくらい華やかな女の子達に囲まれ、彼は行ってしまう。
(――片付けないと)
このままに、してはおけない。
そう思って、地面にしゃがみ込めば、小さな囁き声があちこちから聞こえた。
「……あれだけ態度に表しているのに、なんで同じ事を繰り返すのかしら?」
「これ、何度目だ……? あの子、頭が悪いのか……?」
きっとみんな、私を笑っているんだ。
そう思ったら、顔が上げられない。
恥ずかしくて、悲しくて、好きな人に振り返ってもらえない自分が惨めで、うっかり泣きそうになるのを堪えて地面にたたきつけられた袋に手を伸ばした。
「懲りないね」
呆れたような声がして、影が出来る。
顔を上げれば、困ったような顔で笑う、あの人がいた。
「ロラン様……」
「本当に、君は懲りないね」
言いながら、彼はしゃがみ込んで、私より先に袋を拾ってしまう。
「か、返して……!」
「ふーん、クッキーか。これ、ウサギ? ……耳が折れてるけど」
「なんでもいいでしょ……!」
落ちたせいで、クッキーが砕けてしまった。
ウサギに、猫、くま、ひよこ……。
子供の頃、母さんと一緒に作った動物の形をしたクッキー。
昔はよく一緒に遊んでいたから、ルイにも馴染みのあるクッキーだった。今朝、珍しく懐かしそうにクッキーの話をしてくれたから、頑張って作ったんだけど……態度が軟化するどころか、逆効果だった。
「可愛いクッキーだね」
「貴方に……っ、貴方なんかに言われたって……!」
ロラン様は、私の八つ当たりも気にせず、クッキーを一枚手に取るとパクリと食べてしまった。
「何してるんですか……!?」
「何って、食べてる」
「た、食べなくてもいいですよ! これ、落としちゃったやつだし……!」
「大丈夫。袋はちょっと汚れちゃったけど、中身は問題無い。……形はちょっと、崩れちゃったけど、味は美味しいよ」
「そういう問題じゃ無いわ!」
この学園は、主に貴族のための学び舎だ。とうぜん、この笑顔が胡散臭い人も貴族。いくら中身に問題が無いとしても、おちている物を拾って食べるなんて、そんな事させられない。そもそも、拾い食いなんて真似するとは思わなかった。
周囲からも、どよめきがあがる。
「やめて……! やめて下さい、ロラン様! そんな恥ずかしい真似!」
「恥ずかしい? どうして? これは、君が一生懸命心を込めて作ったお菓子だ。僕は、その真心を無下にする方が、よっぽど恥ずかしい真似だと思うけど?」
言いながら、またパクリ。
「うん。やっぱり、すごく美味しいよ」
人の目なんか、一切気にしないで、堂々と自分の意見を口にするロラン様。
彼は、私が一番聞きたかった言葉を、くれた。
ルイの口から、聞きたかった言葉を。
「僕は、好きだな、このお菓子。……優しい味がする」
とげとげしさなんて全くない、蜂蜜みたいな甘い笑顔だったのに、私の胸は棘が刺さったみたいに、ずきんと痛んだ。