六話 とある密談
「坊ちゃま、最近、雑草に入れ込んでいるそうで?」
図書館の二階、本棚の影になっている人気の無い席で僕が読書していると、見知った顔が近付いてきてそんなことを言い出した。
学園の女子生徒の制服を着用している、黒髪の……――整った顔立ち。
「雑草?」
「とぼけないでください」
ふぁさっと肩にかかった黒髪をはらうと、そいつは僕を見下ろす。
「婚約者に無下に扱われて喜んじゃってる、アイタタな女ですよ」
「……男のくせに女子生徒の制服を着て“自分可愛い”に酔ってるお前に、あれこれ言われる筋合いはないなぁ、ジョニー」
本を閉じて顔を上げれば、相手はひくひくと唇の端をひくつかせる。
「坊ちゃま、ジャスミンです」
「ジョニー」
「この格好の時は、ジャスミンでお願いします」
「まぁ、座りなよジョニー」
「……そこまで怒るくらい、気に入ってるんですか」
何を、と聞かなくても分かる。
僕は、代々騎士の家系に生まれながらも、ちょっと横道にそれている感がある幼なじみ兼護衛を睨んだ。
「逆に、お前は何がそんなに気に入らない」
「あー、アタシ、不幸ぶってる女って嫌いなの」
「…………」
「リディアちゃんだっけ? 彼女って、不幸な自分に酔ってる感あるじゃない?」
口元に人差し指を当て「うふ」と小首をかしげた男。僕は無言で奴の足を踏みつけた。
「~~っ!」
図書館で大声はまずい。
それを分かっているからか、ジョニーは悶絶しつつも声は上げずに耐えた。
「ふむ。やるな、お前」
「…………っ、ど、どうも、お褒めにあずかり、光栄、ですわっ……!」
「彼女は、自分に自信が無いだけだ」
「あら~、じゃあ坊ちゃまは、親切にあの子の自信回復に付き合ってあげるの? それで、自信を取り戻した雑草ちゃんと、先入観で目が曇って自分の気持ちも見えなくなっちゃったボンクラ君の仲を取り持って、めでたしめでたし? ……やだぁ、似合わなーい」
僕は無言で、もう一度足を踏みつけた。
「ぐっ~~っ!」
慌てて口を押さえて耐えるジョニー。
「……チッ」
「舌打ちしてんじゃないわよ……!」
「させているのは、お前だ。次、くだらない事を言ってみろ、足を踏むだけじゃすまないからな」
わかりました、と拗ねたように唇を尖らせたジョニーは、控えめに言っても気持ち悪い。けれど、コレに血迷う人間がいるんだから、世の中は不思議だ。
「坊ちゃま、しらーっとした目でアタシを見てますけど、今の貴方の状態だって傍から見ればかなり滑稽ですからね?」
「うるさい」
他人の婚約者に横恋慕しているなんて、それはそれは滑稽だろう。いちいち言われなくても分かっている。
「で? ホントの所は、どうなんですか? いい人、気取っちゃうんですか?」
「それは、彼女次第だ」
「へ?」
「勘違いするなよ、ジョニー。今回のゲーム、主導権は彼女にある。ゲームの勝敗は、彼女の心一つで決まるんだ」
リディア嬢の心が一切動かなければ、三ヶ月後なんて待つまでもなく、僕の負け。
ほんの少しでも、彼女の心をぐらつかせる事が出来れば……――。
「……後はこっち側に転がして、……僕が勝つ……!」
「…………やだぁ~。坊ちゃま、目が怖い~」
「気色の悪い声を出すな」
「気色悪いとか言わないで下さいよ……! まったく、もう!」
失礼しちゃうだとか、なんとか、わざとらしい女言葉を使いながら、ジョニーは後ろに体重をかけ、椅子を不安定な二本足にしてぐらぐらと揺れている。
「そんな不毛なゲームに興じて、何が楽しんだか」
「……うるさい、黙れ」
ジョニーは僕が睨むと、体勢を元に戻し、怖い怖いとしなを作った。
「坊ちゃまって、色々器用そうに見えるのに、その実、肝心なところで尻込みする駄目駄目ヘタレですよ、ねっ――!!」
学習しない幼なじみの足を、今度は本気出踏みつけた。
「……お前、もう本当に黙れ」
「あ、あし、……せめて、足を踏む前に忠告して下さい……!」
「知るか」
苛々しながら、僕は閉じていた本を手に取り、再読する。
痛みから復活したジョニーからは、しばらく観察するような視線を送られたが無視をした。
「……お子様」
するとジョニーは意趣返しのように、ぽつりと一言呟いた。僕は視線を向けない。本から目を離さないまま、机の下で思い切り奴のすねを蹴っ飛ばした。