表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

五話  歪んですれ違って、空回る (ルイ)

 ずっと自分に言い聞かせてきた。

 リディアが悪いんじゃない。アイツもまた、親の勝手に振り回されている被害者なんだと、自分に言い聞かせて耐えてきた。


 けど、それが間違いだと知ったのは、リディアがオレと仲が良かった女に手を上げた時だ。

 ぶたれたと泣く彼女は、オレが密かに好きだった女だった。


 咎めるオレに対し、リディアは鼻息荒く「その子が悪い!」と言い切った。

 なぜその子を庇うのだと癇癪を起こして言った。

 婚約者は、自分だろうと。なぜ、婚約者である自分を優先しないんだと。

 形ばかりの、名ばかりの、親同士の口約束。

 いろんな言葉で誤魔化してきた関係を、アイツはさも当然のように、口にした。


 ずっと、リディアのせいではないと自分に言い聞かせてきた。

 オレ達は、親の勝手に振り回されている同士なだけだ、と。

 事実は違った。


「リディアはルイを好きなんだから、ルイもリディアを一番好きになってよ! その子じゃ無くて、リディアを守ってよ! リディアとルイは、好き同士の婚約者でしょ!」


 甘ったれたところのある幼なじみが、急に気持ちの悪い存在に変わった。

 癇癪を起こして泣き叫ぶ顔が、もの凄く醜く見えた。

 途端、それまでのリディアの行動全てに、おぞましさを覚えた。

 いつだって、オレのあとを付いてきて、友達との間に割って入って……。

 仕方ないで許容していた全てを、許せなくなった。


「好き同士……? 寝ぼけてんのか、お前。婚約なんて、親が勝手に言ってる事だろ」

「なんでっ……? どうして、急に、そんなこと言うの?」


 泣いている顔が、気持ち悪い。

 そう思った時点で、オレとリディアの関係はがらりと変わった。

 一度抱いた嫌悪感は、どう頑張っても消せなかった。


 険悪になったオレ達に、親が気付かないはずが無い。

 それなのに、婚約関係は解消されなかった。

 両家の親は、むきになったように「婚約者」を強調するようになった。リディアも、それに乗っかった。

 あぁ、コイツは被害者なんかじゃ無かったと気が付いた時、オレの中に残ったのは自由を奪われたという恨みと、所有者のように振る舞うリディアへの嫌悪感だけ。

 

 どうやっても離れないなら、なにをしても離れたくなるようにしてやると、徹底的に冷たくしたのに、アイツはいつも伺うような――何かを訴えるような、上目遣いでオレを見てくる。


 手作りの弁当を押しつけられれば目の前で捨ててやった。

 他人より毛の量が多いせいで、横に広がるくせっ毛の髪にリボンを結んだときは、盛大に馬鹿にしてやった。

 名前も呼ばなくなった。


 そうしたら、面白いくらいにアイツの性格が変わった。いつの間にか、自分の事を「私」と言うようになった。自分が自分がと主張してこなくなった。


 けれど、その代わり、アイツはいつもいつも後ろから付いてくるようになった。

 そして、惨めに肩を落として、オレを見ている。常に、オレの顔色を伺っている。たまに、声をかければ馬鹿みたいに嬉しそうな顔をして、その顔が気持ち悪いと言ってやれば泣きそうな顔をする。物言いたげな表情も、気にくわない。どうしても、どこまでも、オレを苛つかせる。


 ――いっそ傷ついて、いなくなってくれればいいのにと思っていたら、友人の一人がアイツに興味を示した。


 女子生徒と茶を楽しんでいる最中にアイツの話題を平然と出す、性悪な友人。

 さすがに友達の女には手を出さないようだが、女には誰にでもいい顔をする男は、たまにはゲテモノでも食いたくなったのか、アイツにちょっかいをかけ始めた。

 

 あぁ、ちょうど良い。

 不貞を理由に、婚約云々はなかったことにしてやろうか。

 でも、女好きの友人がアイツに飽きる前に解消しておかないと、またうるさく縋ってこられる。


 あんな女、どうせすぐに飽きて捨てられる。

 女なら誰でもいい友人、ロラン。アイツが一人の人間に入れ込むなんて有り得ない。

 誰にでもいい顔をする男は、裏を返せば、誰にも無関心な人間という事だ。

 ロランは、他人を思いやる気持ちが欠落している。

 ――そんな奴が、アイツに興味を示してくれたんだから、期待した。


(貸してやるよ、ロラン。……せいぜいボロボロにして、捨ててやれ)


 罪悪感なんて感じない。

 最初にオレの人生を目茶苦茶にしたのは、アイツの方だ。

 オレの気持ちを裏切ったのは、アイツの方なんだから。


 ロランはきっと、いい具合にアイツを傷つけてくれると思っていた。

 傷つけられたら、アイツはきっとオレにすがりついてくる。

 それを足蹴にしてやれば、どんな顔をするだろう。

 

 その日が、とても待ち遠しかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ