五話 歪んですれ違って、空回る (ルイ)
ずっと自分に言い聞かせてきた。
リディアが悪いんじゃない。アイツもまた、親の勝手に振り回されている被害者なんだと、自分に言い聞かせて耐えてきた。
けど、それが間違いだと知ったのは、リディアがオレと仲が良かった女に手を上げた時だ。
ぶたれたと泣く彼女は、オレが密かに好きだった女だった。
咎めるオレに対し、リディアは鼻息荒く「その子が悪い!」と言い切った。
なぜその子を庇うのだと癇癪を起こして言った。
婚約者は、自分だろうと。なぜ、婚約者である自分を優先しないんだと。
形ばかりの、名ばかりの、親同士の口約束。
いろんな言葉で誤魔化してきた関係を、アイツはさも当然のように、口にした。
ずっと、リディアのせいではないと自分に言い聞かせてきた。
オレ達は、親の勝手に振り回されている同士なだけだ、と。
事実は違った。
「リディアはルイを好きなんだから、ルイもリディアを一番好きになってよ! その子じゃ無くて、リディアを守ってよ! リディアとルイは、好き同士の婚約者でしょ!」
甘ったれたところのある幼なじみが、急に気持ちの悪い存在に変わった。
癇癪を起こして泣き叫ぶ顔が、もの凄く醜く見えた。
途端、それまでのリディアの行動全てに、おぞましさを覚えた。
いつだって、オレのあとを付いてきて、友達との間に割って入って……。
仕方ないで許容していた全てを、許せなくなった。
「好き同士……? 寝ぼけてんのか、お前。婚約なんて、親が勝手に言ってる事だろ」
「なんでっ……? どうして、急に、そんなこと言うの?」
泣いている顔が、気持ち悪い。
そう思った時点で、オレとリディアの関係はがらりと変わった。
一度抱いた嫌悪感は、どう頑張っても消せなかった。
険悪になったオレ達に、親が気付かないはずが無い。
それなのに、婚約関係は解消されなかった。
両家の親は、むきになったように「婚約者」を強調するようになった。リディアも、それに乗っかった。
あぁ、コイツは被害者なんかじゃ無かったと気が付いた時、オレの中に残ったのは自由を奪われたという恨みと、所有者のように振る舞うリディアへの嫌悪感だけ。
どうやっても離れないなら、なにをしても離れたくなるようにしてやると、徹底的に冷たくしたのに、アイツはいつも伺うような――何かを訴えるような、上目遣いでオレを見てくる。
手作りの弁当を押しつけられれば目の前で捨ててやった。
他人より毛の量が多いせいで、横に広がるくせっ毛の髪にリボンを結んだときは、盛大に馬鹿にしてやった。
名前も呼ばなくなった。
そうしたら、面白いくらいにアイツの性格が変わった。いつの間にか、自分の事を「私」と言うようになった。自分が自分がと主張してこなくなった。
けれど、その代わり、アイツはいつもいつも後ろから付いてくるようになった。
そして、惨めに肩を落として、オレを見ている。常に、オレの顔色を伺っている。たまに、声をかければ馬鹿みたいに嬉しそうな顔をして、その顔が気持ち悪いと言ってやれば泣きそうな顔をする。物言いたげな表情も、気にくわない。どうしても、どこまでも、オレを苛つかせる。
――いっそ傷ついて、いなくなってくれればいいのにと思っていたら、友人の一人がアイツに興味を示した。
女子生徒と茶を楽しんでいる最中にアイツの話題を平然と出す、性悪な友人。
さすがに友達の女には手を出さないようだが、女には誰にでもいい顔をする男は、たまにはゲテモノでも食いたくなったのか、アイツにちょっかいをかけ始めた。
あぁ、ちょうど良い。
不貞を理由に、婚約云々はなかったことにしてやろうか。
でも、女好きの友人がアイツに飽きる前に解消しておかないと、またうるさく縋ってこられる。
あんな女、どうせすぐに飽きて捨てられる。
女なら誰でもいい友人、ロラン。アイツが一人の人間に入れ込むなんて有り得ない。
誰にでもいい顔をする男は、裏を返せば、誰にも無関心な人間という事だ。
ロランは、他人を思いやる気持ちが欠落している。
――そんな奴が、アイツに興味を示してくれたんだから、期待した。
(貸してやるよ、ロラン。……せいぜいボロボロにして、捨ててやれ)
罪悪感なんて感じない。
最初にオレの人生を目茶苦茶にしたのは、アイツの方だ。
オレの気持ちを裏切ったのは、アイツの方なんだから。
ロランはきっと、いい具合にアイツを傷つけてくれると思っていた。
傷つけられたら、アイツはきっとオレにすがりついてくる。
それを足蹴にしてやれば、どんな顔をするだろう。
その日が、とても待ち遠しかった。




