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三話  野花は風に揺れる (リディア)


「貴方、自分の顔を鏡で見たことあるのかしら」


 失礼ね、毎日見ているわよ。

 三人の女子生徒に囲まれた私は、喉まで出かかった言葉を飲み込んで、私は黙って俯いている。


「ルイ様をお金で縛って良いようにしているだけでは飽き足らずに、ロラン様にまでつきまとうなんて……。身の程知らずもいいところだわ」


 女同士の嫌がらせは陰湿だ。

 特に、上流階級と呼ばれる人達は、いちいち私達庶民の心を抉るのが上手い。

 どうすれば、より効果的に傷つくかっていう専門教育でも受けているのかと思うほどだ。


 こういう時は、ただ黙っていればいい。

 何も言い返さないでおけば、飽きてどこかへ行ってくれる。

 それなのに、馬鹿な私はルイのことに触れられると、すぐにムキになって言い返してしまう。


「……お金でなんて……。ルイと私は、婚約者ですから」

「まぁ、婚約者ですって……!」


 大げさに驚いたふりをされた。

 まとめ役に合わせるように取り巻きの二人が、クスクスと笑い出す。


「貴方、ルイ様にどう思われているか、ご存じないの?」

「…………」


 やめて、と言いたかった。


「行く先々にあらわれては、いつも自分の行動を物陰から監視している、気持ちの悪い女――ですって」


 耳を塞いでいればよかった。

 でも、私の体は硬直したみたいに指一本動かない。


「付きまといに、覗き見。……毎日毎日飽きもせず、なんて……婚約者と言うより、異常者ですわね」


 だってそれは、お父さんが仲良くしなさいって言うから。おじさんが、仲良くしてくれって言うから。

 ルイの所に行ってくれって、いつも背中を押されるから、だから私は、二人をがっかりさせたくなくて、私なりに関係を改善したくて……。


 自分の考えがぐるぐる人頭の中を回るのに、上手く言葉に出来ない。

 悔しくて、なによりルイがそんな風に思っているって事が悲しくて。


「あら? なに、その顔。もしかして、泣いているのかしら? ……うふふ、ルイ様の言う通りですわね。……酷い顔」

「……っ」


 聞きたくない。

 暴力をふるわれるわけじゃ無い。

 大声で脅されたりするわけでもない。

 痛い事も怖い事も無い。


 何も無いはずなのに、体のあちこちが痛くて、心臓が捕まれたみたいにひゅっとなった。


 お嬢様らしい上品な笑い声なのに、ナイフみたいにグサグサと私を突き刺してくる。


「あぁ、ここにいた」


 誰か助けて。

 私の声に応えるように現れたのは、ルイじゃなかった。


「おしゃべり中申し訳ないけれど、ちょっといいかな?」


 いつだって、にこやかな笑顔を絶やさない人。


「ロラン様……!」


 でも、本当は恋愛をゲームなんて言ってのける最低な人が、いつも通りの笑顔を浮かべていた。


「ま、まぁ、ロラン様、どうなさいましたの?」

「うん、ちょっと貴方を探していたんだ」

「え? わたくしを、ですか?」

「教官が貴方を探していて、見かけたら教官室まで来るようにと言付けを預かっていてね。ここで会えてよかったよ。……前回の試験のことで話がある、と言ってたから」


 彼が一層笑みを濃くすると、それまで余裕だったお嬢様が青ざめた気がした。


「わたくし、失礼しますわ」

「うん。急ぐと良い」


 ぱたぱたと、三人が走って行く。


「いいのかな、あんな風に走って。いつも、はしたないって言ってるクチなのにね」

「…………ロラン様」

「はい、どうしました?」


 私を見る彼は、いつも通りだ。

 変わらない笑顔の……。

 変わらない? 本当に……?


「……ロラン様、あの、……何か機嫌悪くないですか?」

「機嫌が悪い? 僕が?」


 意外そうな顔をされて、私は自分の勘違いだったと恥じた。

 分かった風な口を利いた事が、恥ずかしかった。


「そんな風に言われたのは、初めてだよ」

「……ごめんなさい。私、勘違いを」

「よく分かったね、僕は今、もの凄く機嫌が悪い」

「え?」


 彼を見れば、やっぱり笑顔。


「こんなに簡単に見破られたのは初めてだ。表情を取り繕う事は、得意だったはずなのに」


 他人事みたいに自分の事を語るロラン様は、首をかしげた後、私に手を差し出した。


「でも、まぁいいか。見破ったのが、君だから」


 それは、どういう意味だろう。

 差し出された手と、言葉の意味を考えた私は、戸惑ったまま立ち尽くした。

 私が手を掴まないと気付いたロラン様は、苦笑交じりに手を下ろす。

 その時の顔が、寂しそうに見えた――のは、いくらなんでも気のせいだろう。


「助けてくれて、ありがとうございます」

「――いいえ」


 彼が優しいのは、これが彼にとって退屈しのぎのゲームだからだ。


「本当は、こうなる前に君を守りたかったんだけど、ね」


 だから、取るに足らない相手である私に、こんな風に好意的に接してくる。

 助けてと叫んで、助けてくれたからと言って、彼が私という人間を気にかけているわけではないのだと言う事を、忘れてはいけない。

 期間限定の、暇つぶしなのだから。

 助けてという声に応えるように現れた彼に、救われたような気分になったとしても、だ。

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