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二話 嘘と本音と建前と

「やぁ、リディ。おはよう。今日も可愛いね」


 とぼとぼ歩く後ろ姿を見つけて声をかけると、彼女は驚いたように振り返った。

 そして、僕の姿を認めた途端、普段はとろんと垂れている目をつり上げる。


「馴れ馴れしく、リディなんて呼ばないで……!」

「そう? それじゃあ、リディアって呼ぼうか」

「だから、馴れ馴れしく……」

「――朝から、何騒いでるんだお前達」


 不機嫌そうな声が、僕とリディア嬢の間に割って入ってきた。

 怒鳴ろうとしていたリディア嬢は、ひゅっと息を詰めると、しおれた花のように勢いを無くし声の主を見上げた。

 僕は一切頓着せず、いつも通りにこやかに挨拶する。


「やぁ、おはようルイ」


 リディア嬢の婚約者で、彼女の好きな人。そして、目下僕の恋敵である友人は、朝の挨拶に対して舌打ちを返してくれた。いつもの事だ。どうやら彼は、まともに挨拶も出来ない人間らしいから、僕はいちいち怒らない。


「あ……あの、ルイ……おは、おはよう……」


 顔色をうかがい、しどろもどろな挨拶を口にするリディア嬢を見下ろしたルイは、不愉快そうに顔をしかめた。


「お前、挨拶もまともに出来ないのか」


 それ、君には言われたくないんじゃ無いかなぁ?

 僕だったら、お前が言うなよと思うけれど、ルイに一途な彼女はそんな風には考えないらしい。

 ますます顔を青くして、萎縮する。スカートを握る手には、どれだけ力が入っているのか、皺が出来ている。


「ご、ごめっ……ごめんなさい」

「その、どもりも止めろ、鬱陶しい」

「あ、あ、あの、ごめっ」


 おかしいな?

 僕と話しているとき、リディア嬢はどもらない。

 彼女と仲の良い友人達と話しているときだって、そうだ。

 彼女は何時だって明瞭に言葉を話す。


(……それなのに、どうして君は気付かないのかな、ルイ。リディア嬢がどもるのは、自分の前でだけだって)


 可哀想なほど項垂れているリディア嬢。

 それでも、ルイを想っているリディア嬢。

 踏みつけられてもしぶとい、野花のような人だなと思うけれど……――野に咲く花だって、庭の花と同じだ。


 水が無いと、枯れてしまう。

 しおしおと、元気の無い花。

 彼女の心は、もうすぐ枯れ果ててしまいそうだ。


「君はどうしていつも、彼女にキツイのかな、ルイ。もう少し優しく話しなよ。……心配なら、そう言わないと、誤解されてしまうよ」


 ルイのきつい視線が、僕に向けられた。


「……黙ってろよ、ロラン」

「それなら、僕が黙って見ていられる状況を作って欲しいよ。……君ときたら、女性の扱いがまるでなってない」

「女なら、誰でもいいお前に言われたくない」


 嫌味な笑みを浮かべたルイは、とんっとリディア嬢を軽く小突いた。


「よかったな、お前みたいな取り柄の無い暗い奴でも、ロランには一応女に見えるらしいぞ。そんな枯れ枝みたいな体でも、取り入る事が出来たんだな」

「る、ルイ……」


 明らかに貶める意図を持った発言に、顔を上げたリディア嬢の目が潤んだ。


「……ち、ちが、違う、わ、た、私、そんな」

「面倒くさい女。……ロラン、興味があるなら、貸してやるよ。どうせすぐに、つまんない奴だって気が付くぞ」


 片頬だけを上げて、歪な笑みを浮かべたルイは僕らを置いてさっさと校舎へ入って行く。

 それを、絶望的な顔で見送っていたリディア嬢は、ぎこちなく僕の方を振り返った。


「僕を引っぱたいていいよ」

「……え?」

「僕のせいだって、思っているんだろう? 当然だ。だから、君は僕を罵る権利がある」

「…………なに、それ」


 目に浮かんでいた涙を拭った彼女は、口を曲げた。


「貴方、変な人だと思ってたけど、そんな趣味まであるの?」

「いや、無いよ」

「じゃあ、どうして引っぱたけとか、罵れとか言うのよ」

「…………それは、だって……君が、傷ついたから……」


 いやに真剣な顔で見られて、僕は少しだけ言葉に詰まった。どうしてと聞かれて、ぽろりと本音が漏れてしまう。


「……嫌な事言われるのは、悲しいわ。だから、言わない」

「…………」

「貴方のせいじゃないから、言わないわ」

「……僕のせいだよ」

「違うわよ。私が、ちゃんとしてないからよ。だから、ルイが怒るんだわ」

「…………」


 早く行きましょうと、リディア嬢はスカートを翻し歩き出した。


「……リディア嬢」

「なに? もう、ふざけた呼び方しないの? あ、降参する?」


 無理矢理明るく振る舞う彼女に、僕は合わせるように笑顔を浮かべた。


「まさか。…………ただ、僕だって人でなしではないからね。――君が本当に嫌がることは絶対にしない、今そういうルールを設けただけさ」

「……貴方って」


 呆れとも、驚きともつかない表情で、リディア嬢が隣に追いついた僕を見上げる。


「…………優しいのか、嫌な人なのか、分からないわね」

「僕は嫌な奴だよ、リディア嬢。ただ、分別を弁えた嫌な奴ってだけさ」

「変な人」


 くすっとリディア嬢は吹き出した。

 その一瞬の笑顔に、僕は見惚れる。

 立ち止まった僕を不審そうに見た彼女は「遅れるわよ」と一声かけてくれた。

 嫌な奴だ変な奴だと思うなら、置いていったって構わないのに。

 だから、悪い男に目を付けられるんだ。


「……うん。今行くよ、リディア嬢」


 僕は、もう一度、大事に大事に、彼女の名前を音にした。

 

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