十三話 僕が、どうしても欲しいもの
僕がルイに殴られた日、医務室から出て彼女を探したところ、リディア嬢は早退したと聞いた。
それから数日間、彼女はずっと休んでいた。寮ではなく、実家に帰っていると突き止めたのは、さらに三日後。
家にいるとなれば、余計な手出しは出来ない。婚約者でも無い男から、贈り物やら手紙やらが届いても、家族は不審に思うだろうし、リディア嬢も「こんな所まで」と不快に思うかもしれない。
――そんな風に、僕が足踏み状態に陥って二日後、リディア嬢の友達二人が、ある事を教えてくれた。
二人は、面識の無い僕相手に、勇気を出して来てくれたのだろう。緊張でガチガチになりながらも、リディア嬢が一週間近く戻ってこない理由を教えてくれたのだ。
リディア嬢は、現在実家に軟禁状態。
原因は、学園をやめて、さらには婚約も白紙に戻したいと父親に直訴したからだと。
話を聞いて、僕はさっそく探ることにした。
そしたら、とんでもない事が「事実」としてまかり通っていた。
まず、娘の突然の婚約解消。これが、切っ掛けだった。
“上手くやっている”と思い込んでいた父親は、親友の息子の何が不満だと激怒したそうだ。すると、なんと親友の息子の方も暴力沙汰で一週間の謹慎処分を下されたと耳にして、慌てて彼に連絡をとる。
そして、ルイの方から自分の娘が「ロランという貴族の遊び人に目を付けられた」と聞き出した。言い寄られて、耐性のないリディア嬢はコロリと参ってしまい、すっかり熱に浮かされた様子で、どれだけたしなめても聞かない。
とうとう、直談判を求めたルイだったが、リディア嬢や自分を侮辱され、殴り合いになった……と。
とんでもない「事実」だ。
彼女は決して、そんな不実な女性では無い。
ルイが、一番分かっているはずなのに。
僕が手に入れた情報を聞いたジョニーは、渋い顔をした。
「……で? 坊ちゃまは、どうするんです?」
「なに?」
「このまま静観して、ほとぼり冷めるのを待ちます? たかがゲームなら、深入りする必要も無いでしょう?」
「――……」
「どれだけボンクラ君が、好き勝手言っていても、実際立場はこちらの方が、上です。学園での信用度も、坊ちゃまの方が圧倒的に高い。……不当な噂で、大公家の嫡男を貶めたとして、圧力をかけることだって」
「もういい」
僕は、ジョニーの言葉を遮った。
「……もう、いい」
「いいって……。まさか、本当にいい人を気取って終わる気ですか? 待って下さい、坊ちゃま……! あの子は今、お家に軟禁状態なんですよね? ちゃんと、会いましょうよ。ゲームはまだ終わってないんだから!
このままじゃ、あの子、あいつに再洗脳されちゃいますよ!」
「もう、ゲームはいいんだ」
強い口調で、はっきりと伝えると、ジョニーは押し黙った。
「僕が間違っていた。……こんなくだらないゲーム、持ちかけるんじゃ無かった」
「……そんな、坊ちゃま……」
「卑怯な手段をとったから、彼女を傷つける事になったんだ。だから、ゲームはもうおしまいだ」
どうせ、端から負けが決まっていたゲームなんだ。
惜しむ必要は無い。
「ジョニー、父上に会うぞ」
「え?」
「今回の件、説明しておかなければいけないだろう」
父上に会って、説明して……――それから。
「父上の教えに背くと、お伝えしなければ」
「は? 教えに……って、どういう事です?」
「欲しいものは、どう誤魔化したって、欲しいんだ。……――僕は、たった一つを手に入れに行く」
ジョニーは首をかしげた。
察しの悪い護衛を、行くぞと促せば……――ジョニーは慌てて僕の後を追ってくる。
「あっ! もしかして……、もしかしてですか、坊ちゃま!」
「うるさい」
「さすが、うちの坊ちゃま! ヘタレ不器用な困ったさんだけど、やるときはやる男!」
「だから、うるさいって」
「いやー、かっこいい事言ってますけど、当のお嬢さんに“無理です、ごめんなさい”されないといいですねー!」
「…………お前、本当に黙れ」
ジョニーを思いきり睨むと、ようやく奴は静かになった。